理なき感情
少し時間がたつとクラスに人が満ちた。
教師が入ってくるのに気が付くと、漫画を隠し、HRに望む。
いつもの面白くも無い自慢が始まり、皆が飽きた頃に担任が思い出したように告げる。
「今日は転校生が来てます、入って」
安い言葉を使うのは好きじゃないが……『運命』って奴か?
ぼんやりと、そんな事を考えながら教卓を、そこに立つ人を眺める。
「――と言う訳で、今日から皆と学ぶ事になった氷室 六花だ。宜しく頼む」
事務的な言い方で挨拶を済ませる六花。後ろの黒板にはゴシック体を思わせる字で彼女の名が書かれていた。
「うぉおおおおおおお!!」
裂けんばかりの怒号が響く。俺の所属する二年D組は明るいクラスだ。楽しい事があればクラス全体で楽しみ、嫌な事があればクラスの全てが一団となる。
《なのに集人さんは浮いてるんですね》
聞こえねぇなぁ……。
「おい! 折井あんな綺麗な子が来るって聞いてたのか!? おい!」
「だからテメェ今日は朝早く来てたのかよ!」
好き好きにクラスメイトが言う。俺が昨日休んだ事は放っておいてそう言う話はするのか……。
《根に持つタイプなんですね集人さん……》
少々自身が軽く扱われているような気がして寂しく思ったが、別にそれを顔には出さない。正直自分が向こうの立場なら同じように接していただろうからだ。
「ん? シュート?」
そうして騒ぎ立てるクラスの中、彼女は俺を見つけた。そうしやって俺を見つけた六花の表情はとても明るい物に見えた。
「よぉ」
少々の気恥しさから言葉が短くなる。
「おい! なんだよ折井!? お前等知り合いかよ!?」
「ざけんなよあんな可愛い子と知り合いとか!」
また好き好きにクラスメイトが言う。そんな調子を見ると担任が口を開く。
「なんだ、丁度良かった、集人お前の隣の席空いてるな? 彼女そこに入って貰うから」
事も無さげに担任が言う。
驚きだ。同じバス、同じ学校、同じ学年、同じクラス、そして隣の席、まるで――
「――まるで『運命』のようだな、シュート」
六花が言う。俺の心に浮かんだその単語を。
「そうだな……」
何か嫌な感じがする。背筋を走る汗の冷たさを感じた。
「あぁ! テメェだけ良い目見やがってよぉ!」
「やっちまうか! おい!」
そう言い、俺を囲み、技を極め様と絡むクラスメイト。むさ苦しい男の身体の熱さも感じた。
HRも終わり、一限目の授業が始まるまでほんの五分程度の時間がある。
転校生が来たのだ、それが普通の人間であれば放っておくのが「普通」。しかし彼女は美人であった。
すぐにできる人だかり。
それを尻目に逃げ込むようにしてトイレへと駆け込み、一限開始の鐘を待った。
他の奴らに何言われるかわからないし。面倒はゴメンだ。
どうせ次の授業なら、先生は鐘が鳴ってからでも間に合うくらいに来る。
一度溜息を吐くと、思考を始める。
(エイダ? わかるか? 通じてるか?)
《ええ、ずいぶんこっぴどくやられてますねぇ》
笑い声を隠す気も無く、馬鹿にしたような調子でエイダが語りかける。精神感応って奴だな。俺はそれを受け、痛む身体を少し撫でる。
(別に……この間の骨折に比べればあって無いようなものだ)
少々むすっとした調子で答えてしまった。またエイダはくすくすと笑う。
《あのくらいの技、簡単に抜けられるでしょう?》
(アキラから多少は護身術を教わったが、才能が無いらしくてな……)
そう言い、父親の言葉を思い出す。
『いーい? ぼくが教えたのは護身術だけど、使うなら確実に殺す気でねっ!』
殺さなければ殺される。昔の話をアキラはなかなかしようとはしないが、話の端々から理解した事が俺にも一つあり、それは「危険な生き方」をしていたと言う事だけだ。
まぁ地下闘技場でチャンピオンしてる奴だ。まともじゃない。
(それより、アイツ、氷室ってのはお前等の管轄か?)
《いいえ、違いますよ》
(本当だな!? 違ったらテメェ死ぬぞ俺は! アキラを殺して俺も死ぬからな!)
《んな事言う奴に嘘吐けるわけねぇだろが!》
脳をシェイクされる様な感覚。クラクラするが、その答えに満足する。
《朝から見てましたが……はぁ、あのドキマギしてますって雰囲気。それと今の「お前を殺して俺も死ぬ」ってお言葉を御父上にも出してあげればいいのに、喜びますよ?》
やれやれと、顔も見えないがそんな雰囲気が伝わって来た。
なので俺も同じように両の手を上げ、やれやれと小さく呟く。
(俺がわざわざアキラを喜ばせる必要はないだろうに)
《それはアレですか? 『俺と一緒に居るんだからそれを喜べ』と言う俺様的な……》
(ちげぇよ、俺がアイツを喜ばせても俺に得が無いだろうが)
《損得勘定でしか動けないんですか貴方は……》
丁度チャイムが鳴る。それを確認すると、トイレから抜けだす。
(俺好みの女が相手なら別だがな)
《マジサイテーですよね貴方》
だから友達居ないんですよ。エイダの一言が随分と痛かった。
チャイムが鳴り終わり、教室は既に静かになっていた――そう静かに。
「あ?」
転校生が居て、それに対する質問、賑やかし。このクラスであればあり得そうな事だと言うのに、多くの生徒は既に転校生に対して興味を失っているようだった。
「どうしたんだ?」
近くに居たクラスメイトに声をかける。
「あぁ、転校生? あー美人さんなんだけどさぁ……」
「ベッピンさんだよなぁ……」
「感情の起伏に乏しいと言うか、冗談言ってもあんまり反応がなくてさぁ……」
奇妙な話だ。俺からすれば六花は感情豊かに見える。
「あんま反応悪いんで、皆絡み難いと言うか……」
「大体わかった」
そう言い、軽い礼を伝えると、自らの席に戻った。
そして隣に座る転校生を見ると、先までと様子が違う。
「……ッ」
堪えていた。笑いを必死に堪える六花。あきれた調子で話しかける。
「……なんだ、楽しかったのか?」
「……ッ、シュートか。ああ、君は彼のものまねを見た事があるか?」
そう言い指差す六花。その先にはクラスメイトの一人、江川が居た。
彼の絶妙な切れで行われるアルパカのものまねはこのクラスにおいて定番ネタであった。
「あぁ、あれな」
「ははは、あれは本当に素晴らしいネタだ。思い出しただけで笑いが止まらない」
そうしてくっくっと堪える様に笑う彼女。やはり、奇妙に思う。
(何処が無愛想なんだ?)
《え!? こんな無表情なのに!?》
そうして驚くエイダ。俺には笑っているように見えているが、エイダからすれば一切そんな様子は見えないらしい。
(いや、全然。むしろ表情豊かだろ?)
そんなエイダに当然だろうと答える。皆何を見ているんだろうか。
「それでだ、すまないが教科書がまだないんだ」
「あぁ、わかった悪いが席を付けてくれ」
出来るだけクールに言う。その内心では慌てふためいていたが。
「迷惑をかける」
「気にすんな」
そんな会話を終えた頃、教師が部屋に入り、授業が始まった。
「――塩分と結合、血液の中を駆けめぐる。そして血中のチヌ第一物質が……」
《集人さんっ! お昼ですよ、お昼!》
(……何だ? まだ一限すら終わって……)
時計を見る。時刻は一二時二十分。残り五分で授業も終わる。
「はぁ!?」
思わず言葉が漏れる。
「おいおい、どうした折井? 悪いもんでも喰ったか?」
はははとクラスメイトの笑い声が聞こえる。恥しさから顔を赤く染める。
「ちょっと……寝ぼけてました」
「教師にそう言う事言うな」
呆れたように答える教員。そして時間を見ると、納得したような素振りを見せる。
「もう良いか、今日は此処まで、テストに出るからなコレ、ちゃんと復習するように」
そう言い、自らの私物を仕舞い、日直に号令を求めるとそそくさと出て行った。
(おい……どう言う事だ?)
《体感時間をちょっと操作したんですよ》
(魔法少女時間とかあれの仲間か?)
《大体そんな物です。楽しい時間はすぐ過ぎるって言うでしょう? まぁ記憶だなんだは薄いでしょうが、実際に時間は過ごしていますので、ノートは取ってあるはずですよ?》
その言葉を受け、手元のノートを見れば、先ほどの授業の内容が記述されている。
(これって問題ないのか?)
《こちとら商売なんで、つまらない場面はカットします》
(後で処理しろよ……)
そんな事を考えつつ、隣を見る。
クツクツと笑いを堪える少女、六花が居た。恐らく自分の先の失態を笑っているのだろう、そう考えると途端に先とは比べ物にならないほどの羞恥心に苛まれる。
「あ、あのな……」
「気にはしないよ……フフ、なんだ君はもっと近寄りがたい奴かと思ったが、お茶目な奴だったんだな。おっと笑ったら失礼だな。すまない」
「……もう良いさ」
「ああ、そんな不貞腐るんじゃない。折角の可愛いお顔が台無しだぞ、シュート?」
「お前良い性格してるよな!」
どちらともなく笑い合う。俺にして見ればほんの数時間にも満たない時間だが、なんとなく彼女を理解できたような、そんな気がした。
《んな、ポッと出のキャラとラブコメとか……集人さんもしかしてビッチですか?》
(お前も本当に良い性格してるよな……)




