星と呼ぶべき少女
――結論から言えばそれは認められなかった。
エイダは組織の末端に過ぎない、また同じ言い方になるが『上』の決定を覆すだけの力は無い。
だが、妥協策は出た。
約一カ月、アダルトに至らない程度の方法で何とか視聴率を上げる、若しくは『The END』を出来るだけ多く倒す事。そのどちらかで何とか結果を出せば、アダルトへの移行を辞めると言うものだ。
――更に、その結果によっては俺自身、魔法少女としての出演を辞める事が出来るとか。
希望―――今まで感じた事のない程のそれ――を感じていた。
「まぁ……最初の問題はテストだがな……」
ぼんやりと迫って来た期末テストに思いを馳せる。
俺は確かに真面目では無いが、不良と言う程の悪でもない。毎度赤点ギリギリではあるが、何とか通って居る。それが終わってしまえば後は夏休み、動き安くもなる。
テスト勉強、視聴率、敵の討伐と色々やる事が多いが……まぁ、何とかなるだろう。
「行ってきます」
返事は無い。時刻は七時、何時もよりは早い時間だ。
アキラは珍しく仕事に行ったらしい。
《アキラさんのお仕事ってなんなんですか?》
「地下闘技場のチャンピオン」
《ぬかしおる》
飯代は置いてあったので、何か買って行けばいいだろう。
「朝はコンビニで買ってくか……」
ホームルーム前に食べれば良い。先ずはバス停と家の間のコンビニを目指す事にした。
「いらっしゃーせー」
やる気の無い店員の挨拶と入店時の音楽に歓迎される。商品を見まわすが、別段面白い新商品などは入って居ない。
「まぁ……はずれを選んでも辛いしな……」
そう考え、適当に焼きそばパンとコーヒー牛乳を手に取る。
身体とは資本であり、その身体を構成するのは食事である。良い物を食べ、良い身体を作る。格闘家としては当たり前の思考。俺もその教えは受けた。だが、アキラが料理を作る以上俺にはそれは余り関係の無い話だった――そう、アキラが作るから。
《え、ちょっと待ってください!? マジでチャンピオンなんですか!?》
パンを見るが、あんまり美味そうじゃない。失礼とは思いつつ、その口からは溜息が洩れる。
「まぁ良いか……っと」
雑誌コーナーに足を運び、お気に入りの週刊誌を一つ取り、レジへ進む。
「――あ、レシート要りません」
「あざーっしたぁ」
コンビニに寄ったとは言え、出発が早かった、何時よりも一本分早くバス停に着く。何時も乗る時には嫌になるほど人が多いと言うのに、この時間帯では自分しか居ない。
(明日からちょっと家でるの早くしようかな……)
そんな事を考えながら、バス停前のベンチに腰掛ける。
――そして出会った。
彼女を視界に入れたのは、本当にたまたまだった。だが、俺は運命と呼びたい衝動に駆られた。頭から爪先まで、電流が流れる様な感覚。
腰まで届く様な、濡烏の柔らかな髪。翡翠色の瞳は何処か冷たい印象を与える。スラリとした体付き、だが胸元には形の良いふくらみが見える。
正にパーフェクト。ストライクゾーンに百五十キロのストレートだ。まるで物語の冒頭の様な、面白味も無い日常からの急速な展開。目を奪われ、言葉を失う。
「――その制服」
小さくも紅いその唇から言葉が紡がれる。冷たく凛とした刃物のような言葉だ。
「あぁ、制服?」
自身の興奮を出来るだけ顔に出さないように答える。隠せてるよな……?
「その制服は、改世学園の物で間違いないな?」
まるで問い詰め、責め立てようと言う声色。それを聞き、ゾクゾクと興奮から来る震えに必死で耐える。
「お、おう、そうだ。まぁ、あんたは違うようだがな」
俺の通う改世学園の制服は独特なデザインをしている。夏の制服として指定されるズボン一つで、周りの人間がそこの生徒だと理解できる真っ青なカラー。『学園コスAVの制服』。酷い呼び名だが、男子生徒にはなかなか人気がある呼び方だ。
そんな恥ずかしい色をしたズボンを穿く俺。その眼に映る彼女の制服は、黒で統一されたセーラー服。ここら辺では見ないデザインだ。
何処の学校のもんだ? 出来ればお近づきになりたいんだが……。
《結構、似てますよね、御父上と》
おっと、つまらん話はシャットアウトだ。
「すまない、名乗りが遅れたな」
クスりと小さく笑う少女。それはしっかりと見なければ気が付けない程の小さな変化だった。だが、俺にはまるで花が咲いたように思えた。
「私は氷室 六花、転校生と言う奴だ」
そう言い、手を差し伸べる六花。白魚の様な細く美しい指先。
「転校生と言ったって、同じクラスだ、学年だとは限らないがな」
内心としては、クラスが違おうが、学年が違おうが、よろしくしたいと思っているが。少々素直になれない、そう言うお年頃だ。
そんな俺の言葉を聞き、六花はきょとんとした顔を見せる。そんな彼女の表情に奇妙な物を感じる。しかし、少しすると彼女はクツクツと小さな笑いを洩らす。
「……何だよ」
そんな彼女の笑い方がまた俺には堪らなかった。
自分の発言に何か問題があるかと必死に思い出す。握手を求めると言う事はそう言う意味だと、俺は判断したが真逆思い違いか、と少々心臓の動悸が早くなる。
「ああ、何か勘違いしているようだ。すまない」
いやらしさや不快感を与えない軽い笑い混じりに、六花は話を続ける。
「私はな、道に迷ってしまったんだ。迷子と言う奴だな」
「はぁ?」
先までの異常に尖っていた感情。途端に棘が取れ丸く変化する。
「少々早めに来いとは言われていたが、道に迷い、学校に辿り着けそうに無かった、そこで君を見つけた、と言う訳だ」
少々気恥しそうに言う彼女。少々気が抜ける。
「すまないが、送って行ってはくれないか?」
そう言い、またも手を差し伸べる彼女。俺はそれに対し、少々考えた後、手を握る。
「OK、送ってやるよ」
「すまないな……あー……」
「俺は集人、折井 集人だ」
気取るのも少々恥しい物だが、彼女と手を繋ぐ、それがまた俺には恥かしく思えた。
「シュート、うむ。悪くない、良い名だ」
「……今時、年寄りだってそんな台詞言わねぇよ」
その後、俺は六花を職員室まで送ると、螺旋階段を上り、自分のクラスへ進んだ。
クラスには既に何人かの人間が居り、彼らは一体どんな時間に出たのかと疑問を抱く。
それは俺を見たクラスメイトも同じだったようで、「早いね?」「どうしたの?」と軽い挨拶と共に訊いてくる。それに対し、「ちょっと訳ありでな」と、適当に返した。
流石に親父が地下闘技場でバトってるから何て言えねぇ……。
俺はコンビニの袋からパンと飲み物を出し、それを食べ始める。その時だ、視線に気が付いた。クラスの端に座る俺、朝の早い時間に居ると言う事がまず一つ、食事をすると言うのがまた一つ。
俺は今クラスメイト達に見つめられている。それに気が付くと、段々と周りの視線が気になる物で、少々急いで食べ終えた。そして残ったコーヒー牛乳を飲みながら、先ほど購入した漫画雑誌をを取り出し一人黙々と読みふける。それでもまだ視線は痛かった。
《ボッチですか、貴方?》
そうだとは、素直に言いたくない気持ち。分るだろう。




