魔法少女を宅配便
「さて……どうしたものか……」
「酷いものですね」
嘆く俺に対しエイダが反応を返す。
俺たちの視線の先には、無残に折れた右腕が在った。それは肘の下、前腕の丁度真中にまた一つの関節を形作っていた。
「二重間接が最近のアクションフィギアだと基本なんですよねぇ、プラモデルでも」
「人間だ俺は。多重間接なんぞ腕には必要無い……」
痛みが無い事が何よりも恐ろしかった。エイダに尋ねたところ、魔法に依るものではなく余りの痛みに痛覚が馬鹿になったのだろうと言われた。
「残りの魔力は?」
エイダが訊く。視界内に、ポップアップウィンドウを出し算出させる。
「奇妙なインターフェイスだな。思考だけで自由自在って」
「魔法の力ですよ、でどんなものですか?」
「一%だとさ、時間で言えば0.1秒」
「なら持ちますかね……」
「モツ?」
尋ねる。
実時間とここでの時間。その進みがそれぞれ違った感覚で動いているのは理解した。残り時間がいくら短かろうと「持つ」に違和感は無い。
――問題は相手だ。
待って来て貰えるような相手は『一人』しか心当たりがない。
「一応救援信号は出してますんで、もうすぐ到着すると連絡が来てます」
「一応訊きたい、相手は?」
「えぇ~ん? それはやっぱ、会ってからのお楽しみと言いますかぁ~」
ニタニタ笑いで俺を見つめるエイダ。嫌な予感と言うよりは確信に近い形で、頭の中に一人の名が挙がる。
「俺帰るわ……」
もし予想が正しいのであれば、それは詰まる所、父親に対してのカミングアウトであり、親子仲良く魔法少女で御対面と言う状況。
俺にとって――いや、真っ当な思考能力を持つ人間であれば避けたい事態だろう。
「あ、そんな事言って、腕どうするんですか!? 真逆そのままで良いと!?」
「普通に医者に診てもらうよ……どうもテメェの物言いに嫌な予感がするんだよ……」
治るからと言ってそんな嫌な対面はしたくない、と言うのが考えだ。
「って何でですかー! 大丈夫です! 大丈夫です! 相手はかわい子ちゃんですよ!」
「相手がかわいいかどうかが問題じゃねぇンだよ!」
立ち上がり、家に向かう。そんな俺を止めようとエイダが叫びを上げる。
「うなッ!? あー、もー! お父様ですよ! お父様! 良かったですねぇ、パーパがお迎え嬉しいなっとくりゃよっと」
エイダのその発言に頭を押さえる。
それは間違いが無いとは思っていた。だが何かの間違いで違う人間が来てはくれないかと淡い期待を抱いていたのも事実だ。
「いや、マジ帰るわ、会いたくねぇよこんな恰好で」
そういった、俺の眼の前に姿見が現れる。
そこに映るのは血色の長髪、深紅の瞳、白い肌を燃えるメイド服で纏う女性の姿。知らなければ騙されるだろう。俺も慣れていない為、自分自身だとはすぐに気付けなかった。
「大丈夫ですって! ここまで似合っているんですよ!? 恥ずかしく無いですって!」
「ざけんな!」
似合う、似合わないと言う問題では無い。しかし俺にエイダは諭すように言う。
「大丈夫ですよ、その魔法少女の服には認識阻害の魔法が掛かっていまして、正体がばれないようになっています」
「マジか!?」
そんな事はつゆ知らずであった俺には、それは朗報であった。何せこの格好で戦って居ると、誰かにばれた日には生きてはいけない。
「あんまり知られると面白くないから言いたくなかったんですがね」
エイダが言う。が、どうも納得できない点が。
「認識阻害って?」
「あぁ! 眼の色が変わるとか、そう言う所ですね。貴方の御父上も眼の色が違って見えたでしょう? まぁ、そうした変化がいくつもあって気が付かないようになっているんですよ」
「……でもばれたよな親父は」
一瞬の無言。エイダが言葉に詰まった。
どうしたものか、そうだった、口にはしないが、見て取れるそんな表情。空気が固まる。俺はエイダを睨みつける。
「えぇっとですね……」
そうして、そんな刺すような視線を受けると、人差指を宙でくるくると振るいながら、俺と視線を合わせぬようにエイダは口を開く。
「あれはたまたまです、貴方はどうも体質が異なるようで」
「はぁ!?」
叫ぶ。エイダはその声に少々たじろくが、俺の右腕を見ると、表情を変え、言葉を紡ぐ。
「貴方はどうも魔法に対する耐性が強いようで。あぁ大丈夫です、その腕を直すのはあの人の魔力量を考えれば無理はありません」
そうして、ここからだ。彼女のマシンガンを思わせる言葉の連射が始まるのは。
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「貴方の御父上は凄い人です。魔法少女の持つ魔力量と言うのは、大抵本人のかわいさを変換して生み出すのですが、あの人は三次元人だと言うのに、一次元から最高次元である十二次元に至るまでそのかわいさのパラメータが最高値、三次元内で変換すると、無限に近い力が産まれるんですよ! あの人のお陰で上位次元のエネルギー問題は全て解決! いやぁしかし鷹も鳶を生むんですねぇ、貴方の魔力量はお父様と比べれば酷い物です……。ほら、芸能人の家族と言うか子供とかが良く親の七光りでテレビに出るでしょう? そう言うのってたまに居るじゃないですか、親に似てない上に世間知らずでむかつく奴。あんな感じですよね、魔力量で見てもかわいさで見ても。ヤル気あるんですか貴方? 甘えてるんじゃないですか、親があんなかわいいからって、自分で自分の体調管理して、整えないと、親がいくら良い顔してても遺伝ったって限度がありますよ。遺伝子と言えば、実は私達の次元の人間って男と女ってののラインが大分曖昧でして。そう、御父上は、多分女性に成りたいわけでは無いんでしょうが、貴方に愛される為ならやるでしょうね、そこで私たちの技術力ですよ。もう産まれから女だったんじゃないかと思うくらいの完璧な性転換手術――と言うかもう存在改変が可能でして、どうです? あぁ手術と言えばですが、あなたこの手どうするんですか? 父親の金で喰わせてもらっておいて、変な怪我してしまって、御父上に直してもらえば貴方これ以上負担を掛けずに済むんですよ? あ、それによくよく考えれば、貴方右腕が動かないとか言ってみて下さいよ、きっと御父上は「あ~ん」だなんだと貴方の世話を焼くでしょうねぇ……あぁ脱衣、着衣、食事に排泄、風呂もそう、あぁ『夜の世話』ってのもけしかけてさせてみますか? あぁ、それは良いですね、率がとれそうです。あぁ、良いです帰りましょう。貴方、帰って医者に診てもらいましょう、良い考えです。何だ貴方ちゃんとこの番組の事を考えてくれているんですね。あぁ、素晴らしい、グッドアイディーアですよ!」
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「わかった、信じる、信じて待つわ」
長いし怖い。怒り心頭って顔だったのが途中からにんまり顔で俺の背中叩いて褒めてくる。
確かに待てば、こんな恰好を見られ辱めを受ける。
しかし、エイダの言った未来絵図と比べればまだマシだと判断した。
「そうですか、面白くない、っと来ましたね。噂をすれば、と言う奴ですか」
エイダの視線の先を追う。
――そこにいたのはまごうことなきてんしであった。
そんな戯言が、一切の御咎め無しに用いられる、それ程の美がそこにあった。
今の俺とて――そういう趣味では断じてないが――並大抵の女性が相手であれば決して劣る事は無い。寧ろ高く評価され得る自身がある。しかし、アレはそういうレベルじゃない。
白の長髪が風に揺れる。キラキラと光の粒子が髪の動きに合わせ煌めく。
キャンパスの如き服は、無数のフリルにより構成され、人形を飾る洋服を思わせる。
軟らかさを感じさせ、甘さを匂わせるその顔。理想少女とはこの様な者を指すのであろう。
この者こそが――無限に近い魔力を秘め、無敵に近い体術を持つ――魔法少女アキラ。その人である。
「ごめんねッ! 今すぐ治すからッ!」
凛とした、それでいて甘い声。可愛らしい、何処か舌足らずなその音色。
「ありがとちゃーん♪ アッキラ~ちゃん!」
その声に答えたのはエイダだ。一瞬――ただ一瞬とは言え、眼を奪われた、息を呑んだ。
そんな自分に絶望に近い感情を覚える。
「……よろしく、おねがいします」
だからこそ、視線を逸らし、弱弱しく言葉を掛けることしかできなかった。
「はーっい! 今すぐにでもッ! ――え?」
そんな俺に対し明るく答えるアキラ。しかし、言葉に詰まる。
「『え!』!?」
次に言葉を詰まらせるのは俺の番だ。先の言葉の詰まり、自らの正体の看破が理由であったら?
しかしながら、「どうも、世話になりますお父さん」等と言えようものか?
――言えまい。故のオウム返しだ。
そんな俺の気を知ってか知らずかアキラが口を開く。
「酷い……怪我だね」
アキラの視線の先には、明後日の方向を指し示す俺の右腕が在った。
「腕出して、治すから」
そうして、俺に腕を出すよう促す。
「その、その子を先に……」
あまり、口を開きたくない。そのためか言葉足らずになってしまうが、必死に目的を伝える。
「えっ!? これって」
犬が倒れている。『The END』に飲まれて居たあの犬だ。
思いっきり殴ったら元に戻っていた。しかし、体力が失われているのか、まともに動かない。
死んでたとしても仕方ないとはエイダは言っていたが、それで本当に死なれてしまっては夢見が悪い。
「今、治してあげるからねっ!」
閃光。そして、元気に吠える犬。うれしそうにアキラに尻尾を振っている。
俺見たらきゅぃんきゅぃんって唸るようにビビられた。殴ったけど酷くね?
「やさしいんだね、君は」
「そう、ですかね……?」
どこか他人行儀なお言葉をいただく。
今、頭の中では一つ、考えが浮上していた。
もしかしてばれてない?
もしそうであれば、こんなに嬉しい事は無い。
《だから言ったでしょうに、認識阻害の魔法が掛かってるって……》
魔法さまさまだわ……。そんな事を思いつつ、アキラの治療を受けようと、腕を上げる。
アキラは俺の腕に軽く触れると、怪我をなぞる。
「――ッ!」
瞬間、走る痛み。しかしその後を追うように、スッと痛みが引く。
アキラの小さく、柔らかなその指が、前腕の端から端までを行く頃には、骨は一つに、その腕の方向も正しい物に治っていた。
「これがモノを『治す』、っていう事です。言い変えれば、狂ったダイヤ」
エイダがしたり顔で言う。ちょっとイライラしたが、仕草や声でばれるのも馬鹿らしい。無視だ無視。
「と、これで終わりッ! でも後でちゃんと御医者様に診せて、安静にするんだよ?」
一仕事をした、と言った表情でアキラが言う。その言葉の通り、腕は既に元の形を取り戻し、痛みも無い。完治したと言っても過言ではあるまい。
「……あ、ありがとう……ござい、ます」
紅く染めた頬を掻きながら、お礼を言う。自分の父親が相手であるとは言え――否、そうで在るからこそ礼節を弁えねばならない。アキラが教えてくれた事だ。
「どういたしましてッ!」
そのお礼に対し、返答するアキラ。
だが、何処か引っかかる点が在るのか、首を傾げる。
「その声……何処かで……?」
瞬間、俺の瞳から光が消える――諦め、絶望、様々なマイナスの感情。
「おっと、アキラちゃん、他の『The END』の反応がッ!」
助け舟。エイダが口を挿む。その言葉を受け、アキラが反応する。
「本当!? 急がなきゃっ! じゃあまたねっ!」
そう言い駆けて行くアキラ。俺はその姿をぼんやりと見送った。
その影が完全に見えなくなった頃、体から紅い粒子が弾け飛び、同時に先の学生服にその姿を変えていた。変身が解けたのだ。
「学校……今日は休もう」
時計の針を眺める。急げば間に合うかもしれない時間。実時間で言えば数分も立っていない。
だが、俺はよたよたと家に向かい歩みを進めた。
途中でここが余りに家から遠い事に気が付き、タクシーに乗った。
どうにも辛いのだろう、意識を失っていた。次に眼が覚め、気が付けば、自分のベッドに運ばれていた。日も落ち始め、夕焼けの綺麗な空。
――これが俺、折井 集人の魔法少女としての初めての戦い、その顛末であった。




