プラクティカル・マジック
「これは――どうやって戦えば良いんだ?」
エイダが聞いているだろうから、これで答えが返るはず。
《――武器は持たない、カラテだ》
「何言ってんだテメェ!」
ウソだろお前!
《お試し期間ですからね、幾つかの機能はロックされております》
「……それで死んだどうすつもりで?」
《……頑張りましょう!》
そんな話をしていると、『The END』と呼ばれソレは俺に狙いをつけ、その身をぶつけてくる。
黒いスライムのような弾性に富んだその身体はなにやら不快だ。触りたくない。
「うぉ、ばっちぃ……」
《うおッ!? 何してるんですか!?》
「何って、邪魔だから弾いたんだよ。あんまり触りたくなかったから……」
そう言い手に付いたその『The END』の残骸を払う。それはすぐさま風化し、煤に変化していく。一体どう言った生態なのだろうか。
《面倒な事を!》
だが、そんな思考はエイダの声で止められる。
「――面倒?」
そうエイダに訊こうとする。しかし――
「ギャイン! キャンキャン!」
――その答えは、叫びに遮られた。
そこに在ったのは、黒い粘液に飲まれる犬の姿だった。
いつから紛れ込んで居たのだろうか、悶え、呻き、侵食される痛みに耐えるその犬。みるみる内に、異形の姿へとその身を変える。
漆黒の外骨格を身に纏う、巨大なソレ。狼のように気高さと獣性を兼ね備えたその身は、部分的に欠け、内部からは歯車とシリンダーの駆動音が漏れる。生物らしさを失ったソレは化物と呼ぶにふさわしい姿だった。
《それが『The END』です――次元の知性、生命、全てを喰らい、己が身とする》
両の眼が俺を睨む。その片方はセンサーのように無機質な赤い光を放つのみだ。
「……あー、これは確かに面倒だ」
小さく呟く。
眼前には強酸性の唾液を垂らしながら、飛び掛かろうと身構える巨大な犬が在った。
獣は強い。人間と比べその在り方は戦いに向いて居る。そしてこの敵は四足で立っていると言うのに俺と同じ高さに瞳がある。
《縺ェ繧薙〒蜉ゥ縺代※縺上l縺ェ縺九▲縺溘・・・》
飛び掛る。その行為一つで力の差が見える。
その巨体が三つ分は有ろうかという距離。それをほんの一飛びで届かせる。
速さ×重さ――甚く単純なエネルギーの計算方法。人の一人は殺せるであろうエネルギーを持ちながら、その獣は俺に飛びかかる。
「――うぉ!?」
――視えた。
魔法の力だろう。俺の瞳には大地を蹴る『The END』の筋肉の挙動、体毛の震えるその様、全てがスローで認識できた。そうもなれば話は簡単だ。
飛び掛る獣の軌道を確認。着地点の横に体を置き、獣の体当たりを回転し受ける。
そうして獣を視界に。また来るであろう、衝突に備える。が、奇妙な違和感。
「――身体が軽い、どういう事だ?」
《こんな幸せな気持ちで戦うの始めて~とでも言いますか?》
「感覚がおかしくなりそうだ……気持ち悪い……」
《えっ?》
「体感としてはかなり軽い。だってのに全重量は以前の倍か?」
つま先の力だけでピョンピョンと跳ねる体。しかし、石切り場は軋み、ひびが入る。
《よ、よく気が付きましたね、今の貴方の全重量は百三十五キロです。ちょっと貴方の魔力が低すぎるもんで、ちょっと魔法少女のタイプを御父上とは変えてます》
エイダが答えると共に、視界の右半分に、ワイヤーフレームで描かれた魔法少女の三面図とカタログスペックが並ぶ。
《見ていただけば分かるかと思いますが、スカート部分のフリルは全てスラスター兼バッテリーになって居ます。貴方の微弱な魔力を食いつぶさないようにとの設計です。小さな力で繰り返し使う事でなんとか加速度を得て居ます》
「――魔力?」
また飛びかかってきた犬を何とか弾く。姿勢の制御が上手く、更に四肢も十二分に強力なのだろう、怯んだ様子も見せず、もう一度もう一度と『The END』は攻撃を続ける。
《取り敢えず、わかりやすいインターフェイスでも出しますか》
その言葉の後、左の視界の上部に格闘ゲームなどでよく見るゲージが現れる。バーの左上にはデジタル数字で「9」が示されていた。
「九?」
《そうです、実時間で見れば約九、八秒。それが貴方の、変身可能なタイムです》
よくよく見てみればバーはゆっくりとだが減っていき、端まで行き消えると、その下の色違いのバーがまた減る。つまり九段重ねの表示なのだろう。
「絶望って?」
《ああ。説明を忘れていましたね、時間切れ――即ち魔力切れを起こすと衣服が吹き飛び全裸になります》
「は!?」
先ほど、バーの動きの確認等、無駄な時間を過ごした為か残りのカウントは七を示して居た。背筋が冷めるのを感じた。
「な――なんか武器! 一発で落とせるようなの!」
《あはははは、かわいいですねぇ集人さん、さっき言ったでしょうにステゴロだって》
エイダこの野郎。慌てふためく俺の横っ腹に気持ちの良いタックルが決まる。
「――ぐッ!?」
獣に依るものだ。
勢いよく吹き飛ばされる体。強化された感覚と肉体、更には先のスラスターに依るサポートを受け、空中でくるりと姿勢を変える。
とはいえ、無傷とは言えない。単純に車やバイク等に当られたのと同じ、それどころか当った面積等を考えればダメージはこちらの方が上か。
《――不味いですね》
エイダが呟く。視界の端、残存魔力量を指示す数字が二へと変化していた。
《殆どノーガードで受けたのが問題ですね……痛みや衝撃を吸収したらこのざまですよ》
エイダの一言。俺は一息吐く。流石に魔法少女の恰好で死にたくは無い。
《このままでは戦線維持は不可能です。直ちに逃げてください。ルートについてはこちらで指示します。一応他の魔法少女にも……》
「実時間で二秒……体感時間なら?」
負けを認めて逃げろと言われると、沸々と怒りや闘争心が鎌首をもたげる。
男の子には、意地があるんだよ!
《――何を言ってるんですか!?》
「まだやれる!」
《逞帙>繧育李縺・h》
痺れを切らした『The END』が飛び掛かる。ならば、手は――
飛び掛かるその勢いを借り、俺も拳を叩きつける。
――カウンターだ!
魔力の使い方、皆目見当もつかない。だが、なんとなく、そんな感覚で動くのであれば、希望が在る。
「届けッ!!」
――スラスターが閃光を放つ。
真っ赤な鮮血の飛沫の様に紅い光が、スラスターから放たれ、先まででは感じられぬ程の加速、推進力が生まれる。それこそ獣の膂力を押し退ける程の力だ。
「うぉおおお!!」
魔力であろう光が眼を焼く痛みも忘れ、声を上げる。
――そして乾いた音と共に、俺の腕は圧し折れた。




