2.
程好く酔いが回って来た所で、恋の話題になった。
「沙織ちゃん、そろそろ付き合って3カ月だっけ?和宏君と」
「そうだよ~。もうすぐ3カ月。時が経つのは早いね!」
答えながら、そう言えば萌ちゃんは彼と同じバレーサークルでマネージャーをやっているっけと思い出す。
「じゃあ、そろそろ倦怠期だ」
「全然そんなんじゃありません」
美由紀の発言をからりと笑い飛ばした。実際、倦怠期のけの字もない。しかしながら、彼と私との間には燃え盛る恋情は当て嵌まらないとも思う。もっと穏やかな関係だ。お互いにゆったり落ち着ける。付き合い始め特有のふわふわと熱に浮かされた感じはないけれども、共に過ごす時間は心地好い…そんな感じだ。
「そういう美由紀だってシノと1年経つじゃんか。最近どうなの~?」
シノとは美由紀の彼氏の東雲雅貴のことだ。同じ学園祭実行委員で、二人ともよく一緒にいるなぁと思っていたら、付き合っていた。
「どうも何も別に普通だから」
「一緒に居ることが?」
「…普通の恋人同士ってこと」
少しうんざりした様に言われた。如何やら調子に乗り過ぎた様だ。私は「そっか」とだけ返した。
「大体、沙織と中岡の話だったじゃん」
「ごめん、ごめん」
美由紀の機嫌が下がりそうなので、苦笑交りに口にする。
「そうそう、私沙織ちゃんに訊きたい事があったの」
「訊きたい事?」
私は首を傾げながら、萌ちゃんを見遣る。
「うん。沙織ちゃんは和宏君のどこが好きなの?」
私は遂に来たかと思った。今迄避けていた話題。思考の淵に沈んでいた為、その後の「あんまりそういう事言わないで居たけど、気になっちゃって…」という言葉は耳に入らなかった。
私がこの話題を避けていたのは、上手く答えられないからだ。彼のことは好きなのに、いざ「どこ」と問われると答えに詰まる。不満も特にないのに、好きな所が言えない。しかし、この手の質問はよくされるものだ。乗り切る為の答えを考えてある。だから、他の友人に訊かれた時の様にそれを答えれば良いのに、何故だか躊躇われた。
「和宏の好きな所かあ…」
萌ちゃんは興味津々と言った表情で答えを待っている。美由紀も何処と無く知りたそうだ。知世は…と思い見遣ると物思いに耽っている様だ。
「うーん…声かなあ」
結局、私はいつもの様に答えた。それ以外に思い付かなかったのだ。すると、今迄会話に参加していなかった知世が口を開く。
「沙織、あんた…本当にそこなの?」
「えっ?」
「本当に中岡君の声が好きなの?そこだけ?」
知世の問い質す様な話し振りに、一瞬思考が止まる。何か可笑しな事を答えただろうか。
「付き合って3カ月。付き合う前も含めたら1年位一緒にいるでしょ?それで、声なの?」
ああ、そうかと思った。知世は内面を訊きたいのだ。私が彼の本質をちゃんと視ているか…。最初に外的な所を述べたとしても、その後に内面的な所を続けると思ったのだろう。けれども、私は言葉に詰まってしまう。賑やかだった場に沈黙が訪れた。空気が止まり、辺りのがやがやした音がやけに大きく聞こえる。
「まあまあ。好きな所は人それぞれだから、良いんじゃない?知世ちゃん」
萌ちゃんがしーんとした空気を変える様に明るい声で言った。それに対して、知世も「そうね…」と返し口を噤んだ。
「それにしても、声とは意外だったなあ…。中岡の声ってあんまり印象に無いし」
美由紀が首を傾げながら言った。
「そうかな?」
「うん。良い声なら結城純とか思い浮かべるけど」
「結城君?文学部3年の?」
「ついでに言えば演劇サークルでもある、あの結城な」
私は、結城君の声を思い出そうとした。しかし、思い出せない。
「…どんな声だっけ?」
「はあっ!?結城だぞ。去年の学祭のMr.美ヴォイスの!低めの艶やかな腰に来るセクシーヴォイスでかなりの女子票集めた奴だよ。つーか、沙織も実行委員じゃん」
美由紀が捲くし掛ける様に言う。しかし、残念ながら全く思い出せず、ぴんと来ない。ミスコンとミスターコンは思い出せるのだが。
学園祭では、普通のミスコンとミスターコンの他にMs.萌ヴォイスとMr.美ヴォイスと呼ばれる声のコンテストがある。何年か前に物凄い声フェチの人が実行委員にいて設けられたそうだ。
「ごめん、全然記憶にないや」
「マジか…」
「…結城君の声って鼻がむずむずしない?」
萌ちゃんが新たな情報を言う。しかし、益々分からなくなった。低めの艶やかな腰に来るセクシーヴォイスで鼻がむずむずする声とは一体…。結城君の声の良し悪しは疎か、想像すらも難しくなった。
「へえ、萌が結城を知ってるのは意外だったな」
確かに、美由紀の言う通りだ。萌ちゃんは交友関係が広い方では無いし、去年の学祭のMr.美ヴォイスをやった2日目は、バレーサークルは試合が入っていた為、そっちに行っていたのだ。
「うん…ちょっと、ね」
「何か怪しいな~。もしかして、好きとか?」
「もうっ…そうじゃなくて、そういうんじゃなくて、その、気になってるだけというか…」
そう言いながら頬を桃色に染め、あたふたと照れている様子は微笑ましい。
「萌ちゃんと結城君がねえ…いつの間に知り合ったの~?」
「そっそれは…」
「こら、沙織。あんまり困らせないの」
今迄考え事をしている様だった知世に窘められる。少し調子に乗り過ぎたかなと反省しつつ、それに「はーい」と答えた。
そうこうする内に御開きになった。案の定酔っ払った私は知世に連れて帰って貰う。因みに、知世はお酒に弱い為お酒を呑まず、いつも私の介抱役だ。申し訳無いなとは思うのだが、毎回御厄介になる。
「また呑み過ぎて…」
「ふふ~」
「…明日は二日酔い確定ね」
「ん~。ふつかよい~。やだあ」
「やだあ、じゃないわよ…まったく」
「ふふんふ~」
次の日、私は酷い二日酔いと断片的にしか無い記憶に悩まされる事になるが、今はまだ知らず、ふわふわと夢見心地だった。




