3.
ズキズキする頭と胸焼けで目を覚ました。酷い朝だ。案の定昨日の記憶が所々ない。けれども、曖昧な記憶ながら「彼のどこが好きなんだろう?」と頭の中がぐるぐるしている。そして「本当に彼が好きなの?」とも。
昨日の女子会で、知世が皆の前にも拘わらず厳しく言った理由は分かっている。私の過去の恋愛を知っているからだ。悩む度に相談に乗り、傷付く度に慰め元気付けてくれた。そんな彼女だから心配だったのだろう。私がちゃんとした恋愛をしているかどうか…。
「うっ…頭痛い…」
呻き共に吐き出した痛切な言葉は一人暮しの物淋しい部屋に消えていった。まあ、二日酔いは自業自得なのだけれども。今日の講義が午後からなのがせめてもの救いだ。家を出るのにまだまだ余裕がある。
ベッドの上でうだうだしていると、スマートフォンが着信していることに気付く。誰からだろうと思い手に取ると、知世と萌ちゃんからメールが着ていた。二人共「昨日呑み過ぎてたけど大丈夫?」と気遣うものだった。知世のはそれに加えて「家に着いたならちゃんと連絡しなさい」とお説教もあったが。私は連絡を忘れたことを反省しながら、メールを返した。
汗を流そうとシャワーを浴びる。昨日は帰ってすぐに寝てしまったのだ。メークだけは落とした自分を褒めてあげたい。
「あ~、さっぱりした」
そう言いながらスマートフォンを手にする。またメールが着ていたのだ。今度は誰だろうと開いてみると彼からだった。
彼との待ち合わせの為、予定よりも二時間位早くキャンパス内を歩く。先のメールで「今日空いてる?」と訊かれ、お昼を共に過ごすことにしたのだ。二日酔いを軽く引き摺りつつ、待ち合わせ場所のカフェテリアを目指す。
既に中で待っているという彼の元へ急ぐ。確か、この辺にいるって言っていたと思い、キョロキョロしていると…いた。
「おまたせ」
そう言えば、いつも彼は私より先に来ているなと思いながら言う。
「ん」
梅雨の晴れ間の陽が注ぐ席にそよ風が吹くと同時に鼓膜を震わす彼の声。
「ごめんね、ゆっくり時間取れなくて」
申し訳なさそうに彼を見遣ると、こくりと頷く彼と目が合った。
今日は夕方からバイトが入っている。『満月軒』というお好み焼き店で、楽しく働かせてもらっている。
「遅いの?」
『満月軒』は午前十一時から午後十一時半まで営業しているのでラストまでだと帰りは深夜零時を超えてしまう。
「うーん…今日はラストまでだからちょっと遅くなっちゃうかも」
「…そう」
その声は少し心配している様だった。そして、黙ってしまう。私は安心させようと口を開く。
「大丈夫だよ~。なるべく明るい道通るし」
からからと笑うと、彼は長く息を吐いた。…後日この話を知世にすると「あんたの危機管理能力はどうなってるのよ」と呆れられるのだが今の私は知る由もない。
お昼を買って席に戻る。私は日替わりランチのハンバーグセット、彼はオムライスだ。
「和宏、それで足りるの?」
すると彼は鞄からパックを取り出す。
「えっと、それはお昼用に?」
このタイミングで出してそれ以外に何があると言うのだと自身でも思いつつ、つい訊いてしまう。彼はこくんと首肯した。一人暮しで自炊もそれなりにすると聞いていたが、お弁当を持って来るとは驚きだ。確か料理はあまり得意じゃないはずなのだけれども。以前頼んで食べさせてもらった時は、切って炒めて塩・コショウで味付けと言った大雑把なものだった。しかし、お弁当を持って来るなんて私よりも女子力が高い。
「作って来たんだ。珍しいね」
そんなに学食で一緒になることは無いのだが、それでもお弁当を持って来ているのは初めてだと思う。
「食材が余ってたから」
「そっかそっか」
「使い切れないと、もったいないおばけが出る」
「え~!?もったいないおばけ?もったいないおばあさんじゃないの~」
あははと笑う。彼の口から「もったいないおばけ」が出て来るとは意外だ。何だか可愛い。それに、こんなに会話が続くのも珍しい。彼はあまり喋らないので、必然的に私が多く喋っている。まあ、私はよく喋る方だし、そのことは気にしていない。最初の頃は「つまらなくないかな?」と思ったりしたが、彼はちゃんと聞いてくれていると思う。その根拠を訊かれると困るのだけれども。兎に角、彼はいつも私の話を穏やかに受け止めてくれている様に感じる。
食べ進める内にオムライスも美味しそうに思えてきた。隣の芝が青く見えるやつだ。それに、選ぶ段階でオムライスに惹かれていたのもある。
「沙織、ん」
あまりに物欲しそうに見てただろうか。気付いた彼がスプーンを差し出す。私はそれをぱくんと頬張った。ほぼ反射だ。口元に食べ物を持って来られると食べてしまう。
「ん~。美味し~」
もらったオムライスに顔を綻ばす。
「和宏~、ありがとう」
にっこりと満面の笑みで言うと彼の表情が少し柔らかくなった気がした。それは一瞬のことで。目の錯覚かと瞬きする間に、もういつもの無愛想な無表情に戻っていた。
バイト先で片付け作業をしていると、店長の太田さんが話しかけてきた。
「いやー。さおりんを見てると女は愛嬌だってつくづく思うよ」
「何ですか、藪から棒に」
「お客さんにもよく気に入られてるし。容姿は平凡なんだけど笑顔が飛切りなんだよなあ、うん」
「…それ褒めてるんですか」
軽く苦笑いしながら言う。全然褒められている気がしない。
確かに私の容姿は平凡だ。髪は有り触れたナチュラルブラウンに染めて緩めのパーマをかけたミディアムヘア。目は二重でくりっとしている方だが、それが童顔を助長させている。瞳は茶が強いため知世の黒い瞳の様な色気は無い。唇はややぽてっとしているし、丸顔だ。全体的に「どちらかと言うと」とか「やや」という言葉が付く様なパーツで形作られている。その上、下がり眉のため困り顔一番しっくりくるという具合だ。スタイルだって特別良い訳ではなく平均点だ…胸部を除いて。他人から「あー、うん、かわいいよ」とおざなりに言われるタイプで、自覚もしている。
「笑顔が良いって褒めてるんだよ。後は普通だけど」
「一言多いです。もう、奥さんに言い付けますよ」
「それは勘弁してくれ!やっと機嫌が直ってきたんだ」
太田さんはこんな風に軽口がきける様な気さくな人だが、いかんせん失言が多い。奥さんに何気なく言ってしまい機嫌を損ねる何てこと日常茶飯事だ。
そんなとりとめのない会話をしながらも作業を終わらせる。
「じゃあ、さおりん遅いから気を付けて帰って」
「はい。お先に失礼します。お疲れ様です」
「お疲れ様」
私は暗い夜道の中歩き出した。
家に着きシャワーを浴びた。ほうと息を吐くと、ふと目に入った姿見に映る自分。それは家を出る前よりも草臥れて見えて。
「わかってる。自分が平凡なんだってことくらい…」
その後に続く諦めの言葉は飲み込んだ。空しい空気が嫌で無理矢理笑顔を作る。困り笑顔の情けない顔と目が合った。
疲れた私はベッドに倒れこむとそのまま寝てしまった。彼からの「家に着いた?」というメールに気付かずに…。
目を閉じて、起きたらいつもの明るく元気な自分になれる、そう思い込みながら。




