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スエドとスネブの異世界無双?!解明道中記 〜「普通なんて全部檻だ」万年床を愛する男と、キレッキレお説教の美容オタク美少女と、愉快な仲間たちの世直し旅〜  作者: 稲盛 皆藤
普通という名の檻

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闇市ポーション(後編)

 売り子が紫色の瓶を振った。液体の中で泡が弾ける。


「さあ、どうする? 買うのか、それとも這いつくばって帰るのか」


 俺はため息をつき、右目の偏光グラスを押し下げた。

 瓶の色が、視界の中で薄く剥がれていく。金色の液体は濁った泥水。青白い瓶には、ほんのわずかな治癒の術式しかない。紫色の瓶には、弱い治癒成分に加えて、飲み続けずにはいられなくなる成分が混ぜられていた。


 男の手首には、目に見えない細い契約紋が絡みついている。


「……スネブ」


『はい』


「この紫の瓶、薬の効き目を大げさに見せてる。余計なものまで混ぜてある。それに、契約紋が購入者を縛ってるぞ」


『そんな……ひどすぎるわ!』


「契約書にも、薬の代金だけじゃなく、暮らしや行動まで教団に縛る条件が隠されてる。ずいぶん悪趣味な商売だ」


『治療と関係ないじゃない!』


「関係がないからこそ、紛れ込ませたんだろ」


 俺は偏光グラスの位置を直した。


「買い手に何を押し付けてるのか、見えるようにしてやる」


『介入するなら範囲を限定して! 地区全体の仕組みは、まだ分かっていないんだから!』


「分かってる。全部は直さない」


『本当でしょうね?』


「俺を誰だと思ってる」


『今のところ、最も信用できない人の第一位よ!』


 俺は布団の中で寝返りを打ち、右目の偏光グラスの位置を少しだけ直した。


「……薬を買っただけで、余計な労働条件まで背負わされるのか。実に悪趣味で継ぎ接ぎだらけの呪式だね。契約の中身は巧妙に隠されてるし、薬の効き目も大げさに誇張されている」


『スエド、介入するなら地区全体の異常な契約構造から直さないとダメよ』


「却下だ。今回はこの瓶に関わる分だけでいい。地区全体に広がる術式の綻びなんて、面倒なものに手を出したら、どこに連鎖してしわ寄せが来るか分かったもんじゃない。俺の貴重な二度寝の時間が削られる」


 スエドの極めて自己中心的な屁理屈に、偏光グラスの視界が反応する。

 視界の端で、青と金の幾何学模様が静かにうねり始めた。


『——言語指示【不当契約の暴露および添加物の分離】を受理』

『——世界の理、対象の波長を【誇大広告の排除および局所的な浄化】と判定』

『——第15式『理の再構築』を起動。対象の瓶に結びつく【偽りの理】を強制修正します』


 隠されていた細かな文字が浮かび上がり、効能を飾り立てていた偽りの文句が剥がれ落ちた。薬液の中では濁った沈殿物がゆっくり分かれ、紫色が薄れていく。


 指先に、ピリッとした感触が走った。


『……それだけじゃ、根本的な治療にはならないわよ』


「分かってる。地区全体の仕組みまで手を出したら、どこにしわ寄せが来るか分かったもんじゃない。俺の二度寝が削られる」


『本当に自分のことしか考えてないわね……』


「騙されずに済む人が一人でもいるなら、今はそれでいい」


 売り子が瓶を取り落とした。


「な、何だこれはぁっ!?」


「表示されていた成分と、実際の成分が違っていただけだ。契約の隠し条件も見えるようにした」


「誰がこんなことを!」


「さあな。割れた瓶にでも聞いてみろ」


「ふざけるな!」


 男が売り子へ詰め寄ろうとした。少女がその腕を両手でつかむ。


「おじさん、待って!」


「だが、こいつら……!」


「まず薬を見て。さっきと色が違うよ」


 男は足元の瓶を見つめた。透明になった液体の底には、黒い沈殿物が溜まっている。


「これが……奇跡の薬?」


『治癒の術式はごくわずかに残っているわ。でも、これで病気が治るわけじゃない。治療を受ける必要があるわね』


 スネブの声が、外へ漏れた。


 俺は操作盤を見た。音声を切り忘れていた。


「誰だ! 今の女の声はどこからした!」


「ただの説明だ。気にするな」


「気にするに決まってるだろ!」


『スエドォォッ! 音声を切りなさいよ!』


「うっかり忘れてただけだ」


『それを世間では隠す気がないって言うのよ!』


 俺は慌てて音声を切った。

 契約紋は完全に消えたわけではない。男の手首に絡んでいたものは薄くなったが、その奥には別の黒い筋が残っている。監視塔の向こうへ伸び、こちらからは先を見通せない。


「……スネブ。これ、見えるか」


『ええ。契約紋をたどった先に、治安維持軍の保護管理とは別の、隠された仕組みがあるわ』


「何のためのものだ?」


『そこまでは分からない。今の介入だけじゃ、詳しい役割も、誰が関わっているのかも特定できないわ』


「末端の薬売りが、勝手に用意したものとは限らないってことか」


『そうね。でも、まだ断定はできないわ』


「なら、記録しておけ。後で調べる」


『もう記録してあるわ』


 市場の奥で、誰かが叫んだ。


「おい! 薬の看板の文字が消えたぞ!」


「こっちの契約書にも、説明されてない条件が書かれてるぞ!」


「こんな話、聞いてないぞ!」


 露店の前に人が集まり始めた。売り子は瓶を隠そうとしたが、今さら追いつかない。看板を蹴り倒し、逃げようとする者もいる。


 男は少女の手を握ったまま、深く息を吐いた。


「……危うく、買うところだった」


「うん。おじさん、もう無理して買わないで。ちゃんと安全なところで診てもらおう」


「そうだな。そうしよう」


 俺は視線を外した。

 病気が治ったわけじゃない。悪徳商売が消えたわけでもない。今回、俺が触れたのは一つの瓶と、そこに結びついた不当な契約だけだ。

 それでも、あの二人は自分で選び直せる。


「スネブ」


『はい?』


「記録を残せ。あの黒い仕組みも含めてな」


『分かってるわ。調査対象にしておく』


「よし、帰るぞ」


『ちょっと待って! まだ周辺の被害を確認してないわ!』


「十分だ。これ以上いたら、売り子に説明を求められる」


『やった張本人なんだから、説明する義務があるでしょ!』


「俺は説明が苦手なんだ」


『契約紋を勝手に変えておいて、よく言えるわね!』


「勝手じゃない。不当な隠し事を見えるようにしただけだ」


『薬の中身まで変わってるじゃない!』


「だから帰るんだよ」


* * *


 コアユニットが待機区画へ戻ると、スネブが腕を組んで待ち構えていた。


「おかえりなさい。現地でのこと、確認したわ」


「ご苦労。じゃあ、今日の仕事は終わりだな」


「終わってないわよ! 病気の原因は未解明だし、教団の契約の仕組みも残ったままじゃない!」


「その通りだな」


 スネブは深いため息をつき、俺の前に小皿を置いた。

 乾燥芋と無添加ナッツ。いつもの組み合わせだ。


「今日はこれで我慢しなさい。スムージーは、あとでたっぷり飲んでもらうからね」


「あとで、って具体的にいつだ」


「あんたが二度寝から起きた直後よ」


「永遠の眠りにつけば回避できそうだな」


「無理やり叩き起こします!」


「権力の横暴だ」


「正当な健康管理よ!」


 俺はナッツを一粒つまんだ。カリッと香ばしい味が広がり、鼻の奥に残っていた薬の泥臭さが少し薄れた。

 操作盤には、第七地区の地図が残っている。露店の印は一つ消えた。だが、監視塔の向こうへ伸びる黒い筋は、まだ消えていない。


「スネブ」


「はいはい、何?」


「次もコアだけで行く。パレス本体は絶対に動かすなよ」


「了解。次の調査候補地は、渓谷沿いの密売ルートね」


「……もう次の仕事が入ってるのか」


「事件はあんたの都合を待ってくれないの!」


「俺の二度寝だって、新鮮な時間を待ってくれないんだが」


「二度寝は逃げません!」


「逃げるぞ。起きたら三度寝になって価値が下がる」


「訳の分からない相場を作らないで!」


 俺はボロ布団を頭まで引き上げた。


「よいしょっと。スエド、ここの窓ガラス、拭いちゃうね」

 

 いつの間にか部屋に入ってきていたタグリが、木製の脚立を抱えて向きを変えた。

 

「ああ、頼む」

 

「たーったったー……わっ!」

 

 ゴァッーン!!

 

「うわっ!?」

 

「ごっ、ごめんガウ! 見えてなくて!」

 

 布団越しの足裏にビリッと微かな振動が伝わり、鼻の奥を埃っぽい濡れ雑巾の匂いが掠めた。

 俺の枕元で、驚いたピヨちゃんが羽をバサリとすり合わせる。

 

「おい、今の衝突音はヤバいだろ……」

 

「絶対大泣きするわ! スエド、鼓膜防御《ガード》よ!」

 

 俺とスネブは一斉に両耳を塞ぎ、顔を引きつらせて身構える。

 

「……」

 

「……ん?」

 

「にどへー、にどへー♪」

 

「……は?」

 

「にどにど、にどへー♪」

 

 赤く腫れた額のまま、ガウが短い両手を上下に振ってご機嫌に歌い始めた。

 

「……いや、なんで笑ってんだよ」

 

「あの子の頭骨、規格外(オーバースペック)すぎじゃない……?」

 

 歌いながら、ガウは足元から這い上がり、いつものように俺の胸へ頭をドスンと乗せる。ずしりと重い。

 ピヨちゃんも俺の袖口から顔を出し、ナッツの皿を物欲しそうに覗き込んだ。

 

「ピヨッ」

 

「一個だけだぞ」

 

「スエド、ガウにもお肉ガウ!」

 

「今、肉の在庫はない」

 

「じゃあ寝るガウ。にどへー……むにゃ……」

 

 ガウは短い手足をばたつかせたあと、すぐに寝息を立て始めた。


「切り替えが早くて助かるな」


 スネブが小皿を片付けながら、最後に釘を刺した。


「次に現地へ行くときは、勝手に飛び出さずに事前に相談しなさいよ!」


「前向きに検討する」


「その返事、絶対にやらない人の定型句じゃない!」


「よく分かったな。立派な大人に成長したじゃないか」


「褒めて誤魔化しても許さないからね!」


 俺は目を閉じた。

 黒い筋は、まだ監視塔の向こうへ伸びている。

 まあいい。線があるなら、あとで面倒くさがりながら辿ればいい。

 とりあえず今は寝る。


「ちょっとスエド! せめてスムージーを飲んでから——」


「法律全集、第十五条。睡眠に入ろうとする者に、不快な緑色の液体を勧めてはならない」


「そんな法律、聞いたことないわよ!」


「たった今、俺が制定した」


「即座に却下よ!!」


 スネブの声が、布団の向こうで響く。俺はナッツをもう一粒噛み砕いた。

 カリッ。

 うん。こっちは裏切らない。

 俺は布団を鼻まで引き上げ、二度寝に戻った。

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