ナイトメア·ブレイカー(後編)
その頃、最外殻の物陰に身を潜めていたのは、かつてバルナス王国が誇る最強の精鋭と謳われた——特務鎮圧五将と、彼らに付いて落ち延びてきた部下たちである。
「おい見ろ! 魔法国の刺客、『夢たぐりの暗殺者』だぞ! あいつとスエドがぶつかれば、まさに『両性具有』の戦いになるな!」
リーダーである五将の頭が、鼻息荒く身を乗り出して言った。
「頭、違いますよ! 『りょう』しか合ってません! それを言うなら『良妻賢母』です!」
すかさず二の将が、胸を張ってドヤ顔で修正する。
「バカ言え! 主婦の戦いになってるぞ! 『両家顔合わせ』だろ! お前ら勉強が足りんぞ!」
三の将が呆れ顔で鼻で笑うと、四の将が自信満々に割り込んだ。
「何を言っている、結婚の挨拶する気かよ! おまえらまじなバカなのか、それを言うなら『両生類』だ! 四文字熟語の基本だろうが!」
「お前ら全員間違っているぞ! カエルとイモリの戦いなのか? 文字数関係ないし! 互角の勝負という意味なら『相思相愛』に決まっているだろう!」
最後の五の将までが、大真面目な顔で腕を組んで頷いた。
——物陰で縮こまっていた一般の落ち武者兵士が、たまらず頭を抱えて絶叫した。
「あんたら全員間違っとるわ!!! なんで誰一人としてまともな言葉が言えねぇんだよ!! それを言うなら『両雄並び立たず』だろ!! どうして五将が揃いも揃って語彙力全滅してんだよ!?」
「っ……!! だ、だまれ! 落ち武者の分際で我ら特務鎮圧五将の語彙力に難をつけるな!」
「もう、元、じゃねえすか」
「ぐぬぬぬ……」
図星を突かれた五将たちが気まずそうに視線を彷徨わせる中、四の将がわざとらしく咳払いをして強引に話題を逸らした。
「いや、ここは『一触即発』のピンチじゃないすか? 俺たち、巻き込まれたら『木っ端微塵』ですよ!」
「落ち着けお前ら! こんな時は、息を潜めて『四面楚歌』の構えだ!」
「頭! それだと俺たちが全方位からボコボコにされる陣形になってますよ! 『傍観』とか『日和見』って言いたかったんですよね!?」
「頭! あの暗殺部隊長、目を合わせただけで相手を『愛人』にするっていう恐ろしい奴ですよ!」
「それを言うなら『廃人』だろ! なんで急に援助交際みたいになってんだよ!」
「それにあの男、足音一つ立てない『支離滅裂』の歩法を使うらしいですぜ!」
「『神出鬼没』だろ! 歩き方の意図がバラバラだったらすぐ見つかるわ!」
四の将と五の将のポンコツな会話に、頭はイライラと頭を掻き毟った。
「うるさい! とにかく、あの暗殺部隊長がスエドを倒せば、俺たちは『漁夫の利』として寝返る! 逆にスエドが勝てば、そのまま『知らぬ存ぜぬ』でやり過ごして『一日千秋』の勢いで逃げる! これぞ『馬耳東風』の完璧な作戦だ!」
「頭! ことわざの使い方が三連続で致命的に間違ってますが、言いたい作戦のクズさは痛いほど伝わりました!」
三の将が親指を立てて同意の合図をした時——神殿の扉から、ドサッと何かが吐き出された。
不可視化の術が解け、白目を剥いて泡を吹き、手足をピクピクと痙攣させた暗殺部隊長である。
「な、なんだと!? スエドの野郎、指一本触れずにあの刺客を倒したというのか!? まさに『手打ちうどん』の極み!」
「頭、それって『手練手管』とかそういうのですよね!? 見てください刺客の顔を! 泡を吹いてますが、なんて安らかな顔で『にどね……』と微笑んでいるんでしょう!」
「な、なんという恐るべき『睡眠不足』……!」
「それを言うなら『威圧感』だろ! なんで睡眠不足で敵が浄化されてんだよ! スエド様の圧倒的な安眠オーラに、刺客の精神が浄化されたんだ! しかもスエド様はかすり傷一つない『満身創痍』だ!」
「『無傷』って言ってください! 言葉の響きがカッコいいからってだけでスエド様をボロボロにしないで!」
「おのれスエド……! ここまで規格外だと、もはや『悪戦苦闘』するだけ無駄だ! 勝てるわけがない!」
「頭! さっきの『魔法国に取り入る』作戦はどうするんですか!」
「バカ者! そんな寝言を言った覚えはない! 俺は最初から、スエド様こそが我らの『飼い主』だと信じていた! 俺たちの忠誠心は『多重債務』のように強固だ! まさに『君子、豹変す』だ!」
「頭! 忠誠心が借金まみれになってます! でもその見事なまでの手のひら返し、一生『一攫千金』の精神でついていきます!」
「『一蓮托生』だろ! よしお前ら! 迷わず『五体投地』で寝返るぞ! スエド様こそが我らの『終身刑』だ!」
「『終身雇用』でしょーが!」
「「「応!!」」」
掌を反転させた五将と落ち武者たちが、可動式神殿の前に雪崩のようにひざまずき、涙を流しながら万歳三唱を始めた。
* * *
——同刻、騒ぎ立てる五将たちから少し離れた岩山の陰。
暗闇の中で、一匹の漆黒の黒猫——『メル』が、しなやかな長い尻尾を揺らしながら黄金の瞳を細めていた。
『……ククク。三夜連続で主の二度寝を妨害するなど、命知らずにも程があるな。
無自覚な巻き込み磁力で、またあのポンコツ兵士たちを寝返らせるとは』
メルは前脚で拾ったナッツ——主が布団の端にこぼした星型の座標マーカー——をピンと弾くと、闇の中へ向かって静かに、だが冷酷に告げた。
『——追撃隊の裏ルートを遮断。ターゲット、魔法国の暗殺部隊長。これより全自動清掃を開始する』
夜の闇の中へ、無慈悲な黒い影が音もなく滑り出していった。
* * *
「……ねぇスエド。外がすごいことになってるんだけど」
母艦の自室。壁の水晶に映し出された外の映像——涙を流しながら「スエド様万歳!」「二度寝万歳!」と絶叫し、神殿に向かって拝み倒している五将たちの姿を見て、スネブが引きつった笑顔で言った。
「あのバカ共、俺が追い払った落ち武者たちよね? なんで一瞬で『スエド様こそわが主!』って拝んでるのよ」
「俺が知るかよ……」
俺は掛け布団に顔をうずめたまま、薄焼きせんべいを齧りながら心底ウザそうに呟いた。
「あいつらの『強い方に一瞬で流される雑草精神』は何なんだ。以前には国を裏切り、今は俺を拝み、明日はその辺のノラ犬でも拝んでるんじゃねぇか?」
「あんたの『なんでも適当な空気』が伝染したからでしょ!
敵の刺客を放置して寝たせいで、あのバカ共が勝手に『戦わずして悪を救済された』って大勘違いしちゃったじゃない!」
「俺はただ二度寝がしたかっただけだっつーの……。なんで静かに寝てるだけで、外のポンコツ兵隊が倍増してんだよ」
俺がボヤくと、スネブはフフンと胸を張って、手に持っていた『自家製コンブチャ』のグラスを俺の枕元にドカンと置いた。
「文句を言う暇があるなら、ほら! この発酵茶を全部飲み干しなさい!
外の人たちも、あんたのその情けない二度寝姿を見て勝手に救われてるんだから、あんたは体調を整えてまたダラダラする義務があるの!」
「ダラダラするのに義務とか持ち込むなよ……。それにこのコンブチャ、酸っぱすぎて一口飲んだだけで目が冴えちまうぞ」
『——ロード・スエド、スネブ様』
騒がしい室内へ、ヴァルカンの落ち着いた声が再び割り込む。
『最外殻での熱狂および、魔法国の暗殺部隊長返り討ちの報告は、既に『中層』の教団本部ならびに異端審問局へと届いた模様です。
これにより、中層の統治機構はスエド様を『最重要危険思想分子』と認定し、さらなる大規模な介入を開始するものと思われます』
「……はぁ」
口の中に残る発酵茶の酸味に耐えながら、俺は深く、深く溜息をついた。
「教団も、外のポンコツ共も、揃って働き者すぎるんだよ……。もっと肩の力を抜いて、万年床でゴロゴロしてりゃ平和になるってのに……」
「そんなこと言ってると、また新しいお説教と健康食を追加するわよ!」
スネブのキレのある声を背景に、俺は再び布団の中へと深く潜り込んだ。
遠くで、「スエド様万歳!」と叫ぶ五将たちの歓声が、まるで子守唄のように響き続けていた。




