偽りの聖女(後編)
「スエド! あんた、あの可哀想な人たちをもちろん助けるんでしょうね!? 見てるだけでムカムカするわ」
「助けるも何も、俺は布団から一歩も出たくないと言っているんだ。わざわざ外に行って『俺が本物の凄腕だぞ』なんてアピールしに行くのは、あの偽聖女と同じくらいエネルギーの無駄だろ」
「じゃあどうするのよ!!」
「簡単なことだろ」
俺は『せんべい』を最後の一枚、口の中に放り込み、ゆっくりと噛み砕いた。
バリボリ、バリボリという間抜けた音が響く。
「あの女が『奇跡』とありがたがってるアレか。……面倒だが、眩しいと眠れないからな。少し照明を落としてやるか」
* * *
「ふぁ……あ」
俺は盛大にあくびを噛み殺しながら、右目の『偏光グラス』の位置をミリ単位でズラした。
右レンズの目立たない位置に入っている稲妻状の小さなヒビ傷を通して、広場を覆う光の波形を覗き込む。
「……なるほどな。光の屈折率を偽装して豪華に見せかけただけの幻影と、対象の脳内に『屈服感』を直接叩き込む下級の精神干渉魔法の合わせ技か。実に安っぽい張り子だ」
俺は布団の中で寝返りを打ちながら、適当な屁理屈を呟いた。
「チカチカして眩しい。安眠の妨げになるような光の乱反射など、空間設計の欠陥だ」
俺の言葉に反応し、偏光グラスの視界に透き通るような青と金の幾何学模様の光彩が滝のように流れ落ちる。
『——音声コマンド【光学的定義の正常化】を受理』
『——世界の記述システム、対象の波長を【偽装ホログラム解除の属性反転】と判定』
『——第12式『理の再構築』を起動。広域フィールド内の【偽りの奇跡】を強制消去します』
主機たる万年床型自走コックピットの屋根から、目に見えない無音の波動が、静かに広場全体へと伝播していった。
次の瞬間。
『——誇り高き神の光よ! この不浄なる民たちを清め……あ、あれ!?』
広場の壇上で、ドヤ顔で杖を掲げていた聖女ロッテリーゼが、突然すんごい裏返った声を上げた。
彼女の杖から放たれていた荘厳で神聖な黄金の光が、パチパチと不穏な火花を散らしたかと思うと、「ポップン!」というマヌケな音と共に一瞬で消え去ったのだ。
それだけではない。
ロッテリーゼが身に纏っていた、豪華絢爛でまばゆいばかりの純白と黄金のドレス。その表面を覆っていた光の欺瞞がボロボロと剥がれ落ちていく。
光が完全に散った後で現れたのは——ペンキがハゲ散らかった安物の布切れと、金メッキが剥がれて下地のプラスチックが丸出しになった、ペラペラの杖を持った、ただの厚化粧の少女であった。
『な……なにこれ!? 私のドレスが!? 私の神聖なオーラが消失してる!?』
ロッテリーゼがパニックを起こして悲鳴をあげる。
同時に、民衆を地面に押し付け苦しめていた重苦しい圧迫感も、きれいに霧散した。
『あ……体が軽い……!』
『苦しくないぞ!?』
『待て……あの聖女様の服、金メッキが剥がれてただの安物になってるぞ!?』
『騙されていたんだ! 奇跡なんかじゃなく、ただの仕掛けだったんだ!』
正体があからさまに露呈したことで、広場の民衆が一斉に立ち上がり、教団兵と偽聖女に向かって怒りの声を上げ始めた。
『ひっ……! ち、違うわ! これは悪魔の仕業よ! 私は何も知らないわ! 近寄らないでぇええ!』
全財産を騙し取られそうになっていた民衆の怒号に包まれ、偽聖女ロッテリーゼと教団兵たちは、身ぐるみを剥がされた格好で逃げるように撤退していったのだった。
* * *
「……ふむ。やっぱり張り子は剥がれるように出来ている。他人を踏みつけにして得る権力なんて、最初から中身スカスカの空き缶と同じだな」
魔導映写板で民衆が歓声を上げ、奪われた食料を取り戻している光景を確認しながら、俺は満足そうにあくびを一つ噛み殺した。
「ガウー! 悪い奴ら、逃げていったガウ!」
「ピヨピヨッ!? ピヨッ!」
ガウとピヨちゃんが、窓に張り付きながら嬉しそうに小さな手をパチパチと叩いている。
「……よし。外の騒音も収まったことだし、俺の『二度寝』を阻害する要因はすべて排除された。
ヴァルカン、このコア・コックピットは巡礼広場から離脱して、次の静かな景勝地へ移動する」
『はっ。畏まりました、ロード・スエド。どうぞお気をつけて』
コアに内蔵された重力エンジンが静かに駆動し、万年床型コックピットは滑るように荒野を走り出した。
「ちょっと待ちなさいスエド!!」
事件が解決してほっとしたのも束の間、スネブが再び鬼の形相で俺の布団に迫ってきた。
「何よ『二度寝の阻害要因を排除した』って! あんた、自分のあくびや屁理屈で事件を解決した気になってるんじゃないでしょうね!?」
「滅相もない。俺はただ、光の物理的定義について少し独り言を呟いただけだ」
「相変わらず意味不明な屁理屈ばっかり言って!! ほら、二度寝する前にこのキヌアとアボカドのサラダを食べなさい! 一口でも残したら、今日一日中あんたの耳元で美肌ストレッチの理論を音読してあげるわよ!」
「くっ……それは拷問よりタチが悪い……。分かった、一口だけ食べるから、頼むから静かにしてくれ……」
俺は降参して、スネブが差し出してきたスプーンから、緑色のアボカドサラダを一口口に含んだ。
……相変わらず草の味しかしないが、レモンの酸味だけが妙に胃を刺激して二度寝を妨害してくる。悔しいが目が覚めてしまいそうだ。
「よし! 偉いじゃない! さ、食べた後は消化を助けるために、食後三十分は横になっちゃダメよ!」
「しかし無理だ。眼輪筋はすでに限界を迎えている……」
俺はスネブの制止を無視して、頭からボロ布団をかぶった。
ふんわりとした綿の温もりが俺を包み込む。
(……フッ。これでようやく、平和な眠りが訪れる……)
そう思った瞬間。
俺の意識の底、闇の深淵から、あの不快な声がうっすらと響いてきた。
『——さあ! 素晴らしい二度寝の準備運動だ! 今夜は三人組でペアスクワット千五百回行くぞぉおおお!!』
(……やめろ……。ピンクTシャツのおじさん……頼むから俺の夢に出てくるな……ッ!!)
俺の密かな悲鳴を乗せて、主機たる万年床型自走コックピットは今日もどこまでも広がる異世界の荒野を、爆走していくのであった。




