聖剣の共鳴と炭酸の反逆(前編)
「うっ……やめろ……! なんだそのピチピチのピンク色Tシャツは……! 謎のポーズを決めながら、ハイテンションでプロテインを強要してくるんじゃない……っ!」
「ピヨッ!?」
「ガウ!?」
スエドのうなされる大声と激しい寝返りに驚き、スエドの胸の上で『鋼の重し』になって丸まっていたガウと、首元で丸くなっていたピヨちゃんが、跳ね起きるように同時に目を覚ました。
ガウは短い手足をバタバタさせて丸い瞳を見開き、ピヨちゃんは桃色の羽毛をブワッと逆立てて「ピヨピヨッ!?」と威嚇のポーズをとる。
はぁ……はぁ……っ! 冷や汗の滲んだ額を手の甲で拭いながら、俺は荒い息を整えた。
「……夢か。ピンクのTシャツを着た不気味なおじさんにスクワットを強要される悪夢なんて、熱力学的に見ても精神と睡眠の二重の無駄遣いだな……」
悪夢の余韻に眉をひそめつつ、心拍数を落ち着かせるために枕元の魔法結晶テレビへと視線を向けた——その画面の中では、ちょうど勇者らしき青年が台座に刺さった聖剣を『うおおおおっ!』と顔を真っ赤にして引き抜こうともがいていた。
「……ふむ。どうしてファンタジーの主人公ってやつは、わざわざあんな重そうな剣を地面から引っこ抜こうとするんだろうな。夢の中の筋トレおじさんといい、世の中の奴らは体を動かさないと死ぬ病気にかかっているのか。腰を痛めるだけじゃないか……」
「ピヨ……?」 「ガウ……?」
スエドの偏屈な独り言に対し、スエドの頭の上でナッツをつついていたピヨちゃんと、布団の上で『鋼の重し』として丸くなっていたガウが、まったく同じタイミングで「???」と首を「コテン」と傾げた。
「お前たちもそう思うだろ? 剣なんて抜かずに、最初から落ちている石でも投げれば済む話なんだ……」
荒い息のままボロ布団にゴロリと寝転がり直した俺は、あばら骨がミシミシと軋むほどのガウの重みを腹に感じながら、しみじみと画面にツッコミを入れた。
「……見ろよ、ピヨちゃん。あの勇者、全身の筋肉を硬直させて無駄なエネルギーを消費してる。
あんなに力んだら、抜けた反動で後ろにひっくり返るぞ。そもそも、剣が抜けないなら台座ごと持ち運べばいいじゃないか」
「ピヨッ!」
俺の首元で、ピヨちゃんが同意するように鳴く。器用に前脚を使い、ナッツをカリカリと音を立てて齧っていた。
「大体、あんな石の塊に刺さったまま何百年も放置されてた剣なんて、刃こぼれも酷いし、錆びてるに決まってる。物理法則を無視したロマンなんて、ただの自己満足だよ。
台座の石をそのまま鈍器として振り回した方が、遠心力と質量が加わって遥かに高い物理ダメージを叩き出せるのに」
「ピヨピヨッ!」
「それに、あの剣の装飾。無駄にトゲトゲしていて空気抵抗が大きすぎる。実戦であんなものを振り回せば、自分の服に引っかかって隙だらけになるぞ。
真の合理性とは、最も少ないカロリー消費で最大のエントロピーを引き出すことにあるんだ」
俺が熱くニート哲学を語っていると、腹の上で丸くなっていた質量の塊が身じろぎした。
赤ちゃんの二倍ほどのサイズ感の巨人族の幼女——ガウが、俺のパジャマの襟元を小さな手でぎゅっと握りしめている。
「むにゃ……にく、うまいガウ……。もっとくれガウ……」
出会った時は荒野でギャーギャー泣いていたくせに、実はかすり傷ひとつ負わない『鋼の守備力』を持つ無敵の幼女。今ではすっかり俺の万年床の重しとして定着してしまっている。
少し息苦しいが、この生あたたかい質量は湯たんぽ代わりにちょうどいい。
「それにしても、平和だな。このまま一生、布団の中で自己完結した生態系を維持していたいよ」
俺は枕元に隠してある『強炭酸』の缶から、冷たい水滴がポタッと落ち、カピカピに乾いたシーツの端に小さな丸い染みを作ったのを確認する。
「ふう……この喉を刺すガス圧の刺激だけは、唯一の精神安定剤だな」
缶に手を伸ばそうとした瞬間、部屋の重厚なドアがバァーンッ! と外れんばかりの音を立てて開いた。
「——スエド! また朝からくだらない屁理屈こねてアニメ観てるんじゃないわよ!!」
両手にお盆を抱えた同居人の美少女・スネブが、ドスドスと床を鳴らして踏み込んでくる。
その瞬間、刈り取ったばかりの雑草をそのままミキサーにかけて煮詰めたような、目に染みる青臭さが部屋の空気を一変させた。
「うっ……なんだその匂い。牧草地をまるごと圧縮したような凶悪な匂いがするぞ」
「失礼ね! これは私の特製『濃縮ケール酵素スムージー・キヌアボウル添え』よ!
これから最外殻の乾燥地帯に入るんだから、しっかりビタミンと酵素を摂らないとお肌がカサカサになっちゃうでしょ!」
「俺の肌より先に、精神がカサカサに乾燥しそうなんだが……。
大体、そのドロドロした緑色の液体は、すでに飲み物の限界を超えているぞ。スプーンが突き刺さったまま倒れないじゃないか」
「うるさいわね! 栄養素を逃さないために水分を極限まで減らした結果よ!
ほら、四の五の言わずに飲みなさい! スエドはだらだら寝てばっかりで、代謝が落ちてるんだから!」
匂いに反応して跳ね起きたガウが、鼻をつまんで俺の背中側へと素早く回り込んだ。
「ガウ! くさいガウ! これ、肉じゃないガウ! 草の匂いするガウ!」
「あはは、ガウちゃんはお肉が好きだもんね。でも、育ち盛りにはお野菜も必要よ?」
「ガウにこの青汁を飲ませたら、本能で毒だと勘違いして暴れ出すかもしれないぞ。
巨人族の膂力で暴れられたら、この可動式神殿の壁に大穴が開く」
「毒じゃないわよバカ!! 愛情たっぷりのスーパーフードよ!」
スネブがお盆を床にドンッと置いたとき、白衣に銀縁メガネの紳士、ヴァルカンが小走りで部屋に入ってきた。その背後の開け放たれたパノラマ窓の向こうの甲板では、白銀の半竜人——ゲオルグが腕組みをして微動だにせず、鋭い気配を周囲に放ちながら控えていた。
「——ロード・スエド! 本機は予定通り、最外殻の第3地区へ到達いたしました!」
(後編へつづく)




