巨人族のちびっ子野生児(後編)
「いえ、前方の荒野にて、体長数十メートルの凶暴な原始恐竜と、教団の自律型巨重暴走戦車が激しく交戦しております! その余波で、周囲一帯が焦土と化している状態です!」
「へえ、怪獣映画の生放送か。それは賑やかでいいじゃないか。ポップコーンでも用意するか?」
「ロード、問題はそれだけではございません。その狂乱の真っ只中に……体長わずか六十センチほどの、小さな女の子が取り残されております!」
「なっ……嘘でしょ!?」
スネブが持っていたお盆を放り出し、パノラマ窓枠にすがりついた。
「あんなちっちゃい子が……恐竜と戦車に囲まれて、殺されかけてるじゃない!! ひどすぎるわ……!! あんな赤ちゃんみたいな子を襲うなんて!」
スネブは俺のボロ布団を両手で力任せに揺さぶり始めた。
「ちょっとスエド! 何ボサッと見てんのよ! 今すぐ助け出しなさーい!!」
「おいおい、揺らすな。キヌアがこぼれるだろ」
「キヌアなんかどうでもいいから! 早く!!」
「やれやれ……相変わらずお節介な奴だな、スネブは。……だが、ちびっこ相手に巨体や鉄の塊で襲いかかるとはね。そういう力に任せた暴力の行使ほど、愚かで醜いものはないよ」
「言い訳はいいから早く助けなさいよバカ!!」
「焦るなよ。防御や回避なんてものはね、力で突っぱねようとするから疲れるし、怪我をするんだ。相手の運動ベクトルそのものを重力の中に分散させ、無に還せばいいのさ」
俺は右目の『偏光グラス』のフレームを指先で数ミリ押し上げた。
――能力表示画面、起動。
視界に青と金の幾何学模様が広がり、戦車と恐竜の「軌道ベクトルコード」が真っ赤なエラー警告として明滅する。そして、その中心で泣き叫んでいる幼女のステータスを見た瞬間、俺は思わず動きを止めた。
(……ん? 待てよ……? なんだこのイカれた耐久値は……!?)
幼女のHPゲージと物理防御力の数値が、バグったようにカンストしてやがる。よく見れば、恐竜の鋭い爪が命中してもカチンッと弾かれ、周囲の爆風で舞った砂埃すら、彼女の肌には一切付着していないぞ……!?
(なるほどね。大声でギャーギャー泣いてるから被害者に見えるが、実質的には岩山が泣いてるようなものか。あの子、擦り傷ひとつ負ってないじゃないか。だが……まあいい。このまま騒がしいのも二度寝の邪魔だ)
「無駄な力ずくの行使? くだらないね」
俺は色眼鏡の奥の瞳を冷ややかに細め、ボソリと呟いた。
「俺たちの前には、最初から争うためのベクトルなんて存在しないよ」
『——言語コマンド【重力指向歪曲・身体機能最適化】を受理』
『——襲撃兵器および魔導生物の運動エネルギーを破棄。対象圏域の空間重力を最適拡散します』
キャンピング・パレスから白銀の光が波紋となって放たれた。直後、暴走戦車は自らが放とうとした砲撃の反動を処理しきれずに内部からメキメキと破砕し、機能停止。巨大な原始恐竜は、突如として重力の方向を見失い、アゴを外して尻もちをついた。そして、大きな尻尾をブワンブワンと巻きながら、一目散に荒野の彼方へ逃げ去っていった。
「ええっ!?」
スネブが目を丸くして窓の外を指差す。
「戦車が勝手に爆発して、恐竜が腰抜かして逃げていくわよ!? ……あ、あの子! 傷、ひとつもない……? あんな攻撃を直撃受けてたのに……!?」
「……なるほど! 巨人族の超絶なる肉体特性『鋼の守備力』でございますか!」
ヴァルカンが眼鏡をキラリと光らせ、興奮気味に叫んだ。
「縮小転生した巨人族は、質量が圧縮されることで無敵の硬度を誇るといいます! 彼女は最初から無傷……しかしながら、あまりの恐怖に怯えておられたところを、ロード・スエドの深謀遠慮によって完璧に救出されたというわけですな!」
「ただびっくりして泣いてただけじゃないのよーーーーっ!! どこまで強靭な赤ちゃんなのよバカ!! 心配して損したわ!!」
プシューッ、と自動乗降口が開き、外の乾いた空気が部屋に流れ込む。ぴたりと泣き止んだ幼女が、四つん這いで白磁の床を猛スピードで這い進んできた。
「ガウ! ハラへったガウー! 肉、肉ガウー!」
「きゃあっ!? 入ってきたわよ!?」
スネブが悲鳴を上げる間もなく、幼女——ガウが、俺のボロ布団の上にドスン! と飛び乗ってきた。
「ぐはっ……!」
見かけは赤ちゃんサイズだが、質量は圧縮された巨人族。
「布団の重しとしては最高だが……胸骨がミシッと鳴ったぞ……」
「ガウ! これ、うまヤツガウ! くわせろガウ!」
ガウは俺の胸の上に乗ったまま、涎を垂らして俺の持っていたお菓子の袋を指差した。
「ほらよ。ナッツと干し芋だ。赤ちゃんなのに食えるかな? 肉はないが、これで我慢しろ」
俺がナッツと干し芋を差し出すと、ガウは小さな口に放り込み、ポリポリと力強く噛み砕いた。
「あまい、うまガウー!!」
ガウの丸い瞳がパアッと輝き、小さな手足をバタバタさせて大喜びする。そして、俺のダボついた服の裾を小さな手でぎゅっと掴み、ボロ布団へゴロゴロと頬を擦り付けてきた。
「ガウ、お兄ちゃん好きガウ!」
「……急になつかれたな」
「スエドって言うガウ?」
「まあ、そう呼ばれてるが……」
俺がボロ布団の中から気怠そうに答えると、ガウは俺の胸の上にどっしりと体重を預け、短い鼻息を鳴らして言い放った。
「スエドの布団、今日からガウの重しにするガウー!」
「勝手に俺の布団を拠点にするな」
「ピヨッ!? ギニャーッ!?」
俺の袖口からピヨちゃんが飛び出し、縄張りを荒らされたとばかりに前脚でガウの頬をペシペシと叩く。しかしガウは全く痛がる素振りも見せず、逆に嬉しそうに笑った。
「あはは! 羽さん可愛いガウー!」
そして、ピヨちゃんをぎゅっと抱きしめ、頬ずりし始めた。ピヨちゃんは白目を剥いてぐったりしている。
「ちょっとスエド! なんでこの子、あんたに一瞬でめちゃくちゃ懐いてんのよ!? 野生児みたいなのに!」
「フッ……野生の直感というやつさ。この子は本能で分かっているんだよ」
俺は偏光グラスを押し上げ、誇らしげに言った。
「俺からは野心も殺気も威圧感も、一ミリも出ていないということをね。無害な背景の置物と同義だからこそ、落ち着くのさ。言うなれば、俺は動く安全地帯だ」
「ただの自堕落ニートの置物宣言でしょーーーーっ!! ちょっとは威厳を持ちなさいよ!!」
「んふ〜……スエドの布団、あったかいガウ……ナッツ、もっと食うガウ……」
ガウは俺の胸の上で丸くなり、すっかりくつろぎモードに入ってしまった。俺の偏光グラスの視界の端で、赤色の文字画面が静かに一秒刻まれる。
『——警告:|将来的な構造崩壊の可能性。世界の残存演算フェーズ、あと70』
「やれやれ……ますます賑やかになりそうだな。これじゃあ、二度寝も一苦労だ」
俺はため息をつきながらも、ガウの頭をぽんぽんと撫でた。
* * *
岩影の奥。黒猫のメルが、前脚で拾った素焼きカシューナッツをピンと弾いた。
『……ククク。鋼の肉体を持つ巨人族の幼女まで引き寄せ、あまつさえ布団の重しにするとはな。相変わらず、理屈の通じない無茶苦茶な主だ』
メルは黄金の瞳を細め、遠くの荒野を見つめる。
『——荒野の陰に潜んでいた教団の追撃隊三十名。ナッツの座標特定は完了した。主の安眠を脅かす害虫ども……これより全自動清掃を開始する』
夜の闇の中へ、無慈悲な黒い影が音もなく滑り出していった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
「この先の展開が楽しみ!」「二人の掛け合いをもっと読みたい!」と少しでも思っていただけましたら、【ブックマーク追加】や、評価の星(☆☆☆☆☆)を押して応援していただけると、今後の執筆の大きな力になります!
【毎日 18:10】に最新話を更新しております。 果たしてスエドは無事に二度寝を守り切ることができるのか——!? どうぞお楽しみに!
【お時間のある方へ】
稲盛皆藤の他の作品でもどうぞお楽しみくださいませ。
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