五将の余計なお世話(後編)
スネブの落雷のような連続ツッコミに、五人衆は「ぐぬぬ……」と冷や汗を流して後ずさりした。
俺はボロ布団の中から怠惰に顔を出し、呆れたように深く溜息をついた。
「……やれやれ。走る部屋の中にまでノリの濃いーい奴らが押し寄せてくるとはね。これじゃあ静かにアニメも観ていられん」
「黙れニート! 命が惜しくば今すぐ降伏しろ!
さもなくばこの部屋ごと、我らの剣で『コマ送り』にしてくれるわ!」
「スロー再生してんじゃないわよーーーッ!!
あーもう、それを言うなら『細切れ』でしょ!!」
隊長が殺気を剥き出しにし、大上段に剣を振りかぶって踏み込んできた、まさにその時だった。
「——ロード・スエドの静寂を乱す不心得者が、何事か」
スッ……と、スエドの布団を護るように前に躍り出たのは、すでに彼に絶対の忠誠を誓っている強大な眷属たち——深紅の髪を持つ鬼人武者ルリ、白銀のエルフ技師アルト、そして巨漢の竜人武将ゲオルグである。
さらに、先日空き缶から受肉したばかりの白衣の魔人ヴァルカンも加わり、四人が放つ神話級のプレッシャーが謁見の間全体を物理的に押し潰さんばかりに膨れ上がった。
かつて世界を統べた英傑たちが、圧倒的な神威のオーラを纏ってスエドの布団の四方を取り囲んだ。
ドバアアアアンッ!!!
大理石の床が悲鳴を上げ、空気が異常な密度へと圧縮されていく。
「ヒッ……!? な、なんだこの化け物みたいな圧は……!?」
「あ、あの白衣の男……元・帝国の魔導工学総裁ヴァルカンか!?
それに、あの竜人は重装防壁のゲオルグ!? なぜそんな伝説の英傑たちが、あんなボロ布団のニートの配下に!?」
ガタガタと激しく膝を震わせ、剣を取り落とす五人衆。
俺はボロ布団の中から怠惰に顔を出し、掛けた『偏光グラス』の端を指先でくいっと持ち上げた。
――能力表示画面、起動。
色眼鏡の奥の瞳で、恐怖に顔を引きつらせる彼らを冷ややかに見つめ、フッ……と不敵な笑みを浮かべてボソリと呟く。
「襲撃? 降伏? わざわざ歩いて他人に刃を向けるなんて、熱量とカロリーの無駄遣いだよ。
お前たちも、戦うのが面倒ならそこに寝転がって二度寝でもしたらどうかな。他人の命令で動くなんてのは『普通という名の檻』に囚われている証拠だからね」
ただのサボりたい男の屁理屈。
ただの争いを避けるニートの戯言。
——しかし、世界を記述する基幹システムは、ボロ布団の中から吐き出されたそのただの減速拒否の言い訳を、決定的な精神構造改変コマンドとして誤認識した。
『——言語コマンド【自他分離の絶対境界】を受理』
『——対象の敵対意志を物理解明。強制的な戦意喪失の理を適用します』
ブワッ……!!!!
「「「「「ひえええええええっ!?!?!」」」」」
五人衆の頭上に、不可視の神威が絶対的な重圧となって降り注ぐ!
彼らの脳裏に、「この男に敵対することは、世界の理そのものに反逆することだ」という圧倒的な絶望と理解が、直接刻み込まれた。
次の瞬間——時間差、わずか一秒。
ズサアアアアアッ!!!!
「「「「「スエド様ぁぁぁーーーっ! 今日から命がけでお仕えいたしますぞーーーっ!!」」」」」
五人衆は一秒で誇りも武器も投げ捨て、大理石の床へ向けて一斉に全速力でスライディング土下座を敢行したのだ!
「寝返りまで一秒ーーーーーッ!? 忠誠心がスエドの髪の毛より薄いのよバカ!!」
「俺は、ボサボサ髪なだけで、はげてはないんだけど」
スネブの悲鳴のようなツッコミが響く中、五人衆の隊長は床に額をこすりつけ、感涙を流しながら叫んだ。
「おおお……! 至高の主のお言葉『戦うな、寝転がれ』という尊い神託!
諸国連合の奴らの自滅は、まさに『事後おトク』という奴ですな!」
「ポイ活みたいなノリで言ってんじゃないわよ!! 『自業自得』でしょ!!」
「ははっ! これぞ時代の流れ!
我々も生き残るために『リンゴ応変』に対応したまで!」
「果物投げてどうすんのよ!! 『臨機応変』!!」
「布団から一秒も出ずに我らを屈服させるとは……まさに『全台未踏』の偉業!!」
「パチンコ屋の全台大当たりみたいに言うんじゃないわよ!! 『前代未聞』よ!!」
間髪入れず叩き込まれるスネブの怒涛のツッコミ。
しかし、スエドは色眼鏡を元の位置に戻すと、ボソリと追加の言い訳を呟いた。
「おい、床にペッタリ頭をつけるな。お前たちの汗や油で大理石が汚れるだろ。掃除するのは俺じゃないんだぞ」
「ははっ! 至高の主の美意識を汚すとは、大いなる失礼をいたしました!」
隊長は即座に部下たちへ命令を下す。
「全員! 主のお言葉に従い、床から五センチ浮かす『浮き土下座』を開始せよッ!」
「「「「おおっ!!」」」」
ズズズ……ッ!
五人衆は腕と腹筋の筋力を極限まで使い、床からきっちり五センチ浮かせた状態で体幹をピタッと静止させた。
筋肉が悲鳴を上げる、超高負荷な体幹トレーニング土下座である。
「浮き土下座までマスターしてんじゃないわよ!! なんなのよこの劇団みたいな連中はーーーっ!!」
「……ヴァルカン。この浮き土下座集団、邪魔だから関門につくまで自動運転のバンパー代わりにでもしておいてくれ」
「御意にございます、ロード!
日和見の輩とはいえ、主の安眠を守る肉体防壁として存分に役立てて見せましょう」
「ちょっとぉぉ! どこへ向かって爆走してんのよこの部屋ーーーーっ!?」
爆走するキャンピング・パレスの中で、スネブの叫び声と、浮き土下座でプルプル震えながら耐える五人衆の悲鳴がどこまでも響き渡っていた。
「ねえヴァルカン。毎回この巨大宮殿ごと爆走して移動するの、大ざっぱすぎて落ち着かないんだけど。目的地に着いたら俺の部屋だけポコッと切り離して設置できない?」
「おお……っ! なんという先進的かつ合理的な神託……! 主のおられるこの部屋こそが絶対領域の『主機』!
了解いたしました、直ちに『万年床型脱出・着艦コックピット構造』へとシステムを改修いたします!」
「万年床をコックピット化するんじゃないわよーーーっ!!」
俺の少しずれた偏光グラスの視界の端で、赤色の文字画面が静かに一秒刻まれた。
『——警告:|将来的な構造崩壊の可能性。世界の残存演算フェーズ、あと75』
「やれやれ……今度こそ、二度寝の邪魔をしないでくれよ」
俺はボロ布団を頭までかぶり直し、チップスをポリポリと齧りながら、再びテレビ画面へと意識を沈めていくのだった。
* * *
——同刻、走り去るキャンピング・パレスを遠く見下ろす大森林の巨木の支幹。
暗闇の中で、一匹の漆黒の黒猫——『メル』が、しなやかな長い尻尾を揺らしながら黄金の瞳を細めていた。
『……ククク。五将どもまで取り込むとは、相変わらず無自覚な巻き込み磁力だな……』
メルは前脚で拾ったナッツをピンと弾くと、闇の中へ向かって静かに、だが冷酷に告げた。
『——追撃隊の裏ルートを遮断。ターゲット、教団の暗殺部隊三十名。これより全自動清掃を開始する』
夜の闇の中へ、黒い影が音もなく滑り出していった。




