第8話「本が生きている場所」
あのとき、上司に言われた言葉。
「毎日本に触れてあげないと本は死ぬの」
それは、書店の棚からなくなったときでも。
書店から返品されたときでも。
紙の本が手に入らなくなったときでもない。
その物語を読む人が、誰もいなくなったときなのかもしれない。
私が書くようになって、ようやくあの言葉の意味を、別の角度から考えられるようになった。
ずいぶん時間がかかった。遅すぎる、と自分でも思う。
紙の本でも、電子書籍でも。
本が生きている場所は、書店の棚だけではない。
読む形は違っても、そこにある物語は同じだ。
けれど、物語は、書いた人が完成させただけでは終わらないのかもしれない。
読む人がいる。
「この作品に出会えてよかった」と思う人がいる。
「この場面が好きだ」と思う人がいる。
内容を知っているのに、もう一度読み返す。
そして、前に読んだときとは違うことを感じる。
昔はこういう話だと思っていた。
でも、今読むと少し違って見える。
本に書かれている文字は、何も変わっていない。
変わったのは、読む人のほうだ。
年齢や経験、そのときの気持ちによって、同じ物語でも受け取り方は変わる。
だから、一つの物語には、書いた人が想像していた以上のものが生まれていくのかもしれない。
作者が「こういう物語を書いた」と思っていても、読む人が同じように受け取るとは限らない。
ある人には恋愛の物語に見えるかもしれない。
ある人には家族の物語に見えるかもしれない。
書いた本人さえ気づかなかったものを、読者が見つけることだってある。
そう考えると、物語は完成した瞬間に止まるものではないのかもしれない。
読む人の数だけ、少しずつ違う形で続いていく。
その間、本は生きている。
どれだけ時代が変わっても、物語を文章で読むという楽しみが、なくなることはないのかもしれない。
そして、これから先に新しい形が生まれたとしても。
誰かが物語を読み、何かを感じる。
そんな時間が、ずっと残っていてほしい。
私は今、そう思っている。




