第7話「開いてもらうまでが、遠い」
そして。 自分で物語まで書いている。
ただ、私が書いているのは、まだ書店の棚に並ぶ「本」ではない。
投稿サイトに、自分で書いた物語を載せるようになっただけだ。
書店で働いていた頃の私は、本を売る側だった。
毎日のように新刊が入荷し、それを棚に並べる。
表紙が見えるように置いたり、平台に出したり、場所を変えてみたり。
どうしたら手に取ってもらえるのか。
そんなことを考えていた。
棚に並んでいる本は、すでに誰かの手によって書かれ、編集され、表紙が作られ、印刷され、書店まで運ばれてきたものだった。
それでも、売れない本はたくさんあった。
棚に並べたまま、一度も手に取られない本もある。
返品することになる本もある。
それが今、自分で物語を書いて、投稿サイトに載せるようになった。
そして、初めて知った。
読んでもらう以前に、
「開いてもらう」
こと自体が難しい。
投稿したからといって、誰かが読んでくれるわけではない。
たくさんの作品が並ぶ中で、タイトルを見てもらい、あらすじを見てもらい、そこから一話目を開いてもらう。
まず、そこまで来てもらわなければ、物語は始まらない。
どれだけ続きを書いても、その入口を通ってもらえなければ、中身を知ってもらうことすらできない。
そのとき、ふと思った。
これ、書店にいた頃と同じじゃないか。
棚には、たくさんの本が並んでいた。
その中から表紙を見てもらう。
タイトルを見てもらう。
手に取ってもらう。
そして、ページを開いてもらう。
書店では、それが難しかった。
投稿サイトでも、やっぱり難しかった。
もちろん、同じものではない。
書店に並んでいたのは、出版社から出された本だ。
私が投稿サイトに載せているのは、自分で書いた物語だ。
それでも、
「そこに置けば、誰かが見つけてくれる」
わけではないところは、よく似ていた。
書店で棚の本を見ていた頃とは、反対側から同じ問題を見ることになった。
昔の私は、
「どうしたら、この本を手に取ってもらえるだろう」
と考えていた。
今の私は、
「どうしたら、この物語を開いてもらえるだろう」
と考えている。
立っている場所は、まったく違う。
それなのに、考えていることは、あまり変わっていなかった。
ただ、一つだけ大きく変わったことがある。
棚に並んだまま動かない本を見たときの気持ちが、昔より少しだけ分かるようになった。
書いた人が、どれだけ時間をかけたのか。
どんな気持ちで世に出したのか。
その中身を知らないまま、私は何冊もの本を棚から抜き、返品してきた。
それは書店の仕事だから、当然のことだった。
今でも、それが間違っていたとは思わない。
でも、自分が書く側になってみると、
誰にも開かれないまま、そこにある。
その寂しさだけは、以前より少し分かる。
売る側だった頃には見えなかったものが、
書く側になって、ようやく見えた気がした。




