第5話「人には、それぞれ『見る棚』がある」
もしかすると、手に取るまでのハードルそのものが違うのかもしれない。
では、そのハードルを越えるきっかけがあれば、本は売れるのだろうか。
賞を取った本が、必ず売れるわけではない。
映画やドラマになった本が、必ず売れるわけでもない。
その一方で。
賞とは関係なく、とんでもなく売れる本が出てくることがある。
口コミで広がった本。
SNSで話題になった本。
テレビで紹介された本。
タイトルが気になって、思わず手に取りたくなる本。
表紙が目を引く本。
何がきっかけになるのかは、その本によって違う。
以前は、
「テレビで紹介されました」
というだけで、一気に問い合わせが増えることもあった。
『このマンガがすごい!』などで紹介された作品が、大きく動くこともあった。
けれど、それも必ずではない。
話題になっても、動かない本はある。
反対に、最初はそれほど目立っていなかった本が、口コミやSNSをきっかけに、突然売れ始めることもある。
本が売れる理由は、一つではなかった。
そして私は、レジに立ちながら、もう一つ気づいたことがある。
お客さんは、書店にある本を全部見ているわけではない。
当たり前のことなのかもしれない。
でも、毎日レジに立っていると、それが買い方にも表れていた。
雑誌だけを買う人。
漫画だけを買う人。
雑誌と漫画を一緒に買う人。
雑誌と文庫を買う人。
文芸書と文庫を買う人。
ライトノベルと漫画を買う人。
いろいろな組み合わせがあった。
けれど、私の記憶では、文芸書と漫画を一緒に買う人は、ほとんど見なかった。
もちろん、たまたま私が見なかっただけかもしれない。
それでも、長くレジに立っているうちに感じることがあった。
人には、それぞれ「見る棚」がある。
漫画を読む人が、必ず文芸書も見るわけではない。
本が好きだからといって、書店にあるすべての本に興味があるわけではない。
それは、お客さんだけではなかった。
書店で働いているスタッフも同じだった。
私が働いていた店では、文芸書を買うスタッフは少なかった。
一般文庫を買う人も、それほど多くない。
コミックを買うスタッフのほうが、ずっと多かった。
毎日、本に囲まれて働いている書店員ですら、読む本には偏りがある。
考えてみれば、当然なのかもしれない。
そんなことが、よく分かる場所があった。
レジ横だった。
レジ横は、会計をする人なら必ず通る。
だから、そこに本を置けば、多くの人の目に入る。
賞を取った文芸書が置かれることもあった。
「○○賞受賞」
大きな文字が入った帯。
ニュースでも紹介された本。
文庫や文芸書を買う人は、気づくことがある。
本を見たり、手に取ったりする。
けれど、漫画だけを持ってきた人は、そのまま会計をして帰っていくことも多かった。
ところが、レジ横に『ONE PIECE』のような人気コミックの新刊が置かれていると、
「あ、新刊出たんだ」
と気づいて、そのまま一緒に買っていく人がいる。
同じレジ横。
同じように目立つ場所。
それでも、反応は同じではない。
そこで私は思った。
目立つ場所に置けば、誰にでも届く。
――わけではない。
そこに本があることには、気づいているのかもしれない。
それでも、自分が普段読まないジャンルなら、そのまま通り過ぎる。
興味がなければ、目の前にあっても、手は伸びない。
これは、本のスリップを見ながら考えていたこととも、どこか似ていた。
目に入る。
手に取る。
開いてみる。
そして、買う。
その間には、それぞれ別の壁がある。
だから書店では、ときどき不思議なことが起こる。
高く評価された本が、棚に残っている。
その隣で、賞とは関係のない本が、次々と売れていく。
どちらが「いい本」なのか。
それを、売上だけで決めることはできない。
ただ、書店員として棚を見ていた私には、一つだけ分かったことがある。
「評価される本」と「手に取られる本」は、必ずしも同じではないのかもしれない。




