第3話「本は、置いただけでは売れない」
ドラマの楽しみ方も、少しずつ変わってきているのかもしれない。
そんなふうに、時代とともに変わっていくものがある一方で、今でも忘れられない言葉がある。
書店で働いていた頃、上司に言われた言葉だ。
「毎日本に触れてあげないと、本は死ぬの」
その上司は書店員歴が長く、老舗の書店から引き抜かれた人だった。
休みの日にも全国の古書店や個人書店を回るほど、本が好きな人だった。
本の扱い方ひとつとっても、他の人とは少し違っていた。
ブックカバーの折り方にも、その人なりのやり方があった。
――あの言葉は、本の置き方や扱い方だけを言っていたのだろうか。
私はずっと、その言葉が引っかかっていた。
当時の私は、「本に触れる」というのは、少しでも目につくように工夫することだと思っていた。
表紙が見えるように面陳する。
平台に置く。
飾りをつける。
場所を変えてみる。
POPをつけることもある。
誰かが手に取ってくれるかもしれない。
そんなことを考えていた。
私が働いていた書店では、本のスリップは後ろのほうに入れるように言われていた。
本を開いたときに邪魔になったり、破れたりすることがあるからだ。
もちろん、このあたりは書店によって違うと思う。
けれど私は、ときどき、あえて本の真ん中あたりにスリップを入れていた。
理由は単純だった。
誰かが本を開けば、スリップがずれるからだ。
翌日、棚を見る。
スリップがずれている。
――誰かが、この本を開いた。
手に取って、中を見てくれた。
でも、本はそこに残っている。
買ってはいない。
目に入った。
手に取った。
本を開いた。
それでも、購入にはつながらなかった。
反対に、それまでまったく動かなかった本が、置く場所を変えただけで売れることもあった。
棚に差してあるときには動かなかったのに、表紙を見せた途端に売れる。
だから、本の置き方は大切だった。
でも。
どれだけ目立つように置いても、売れない本は売れない。
私が担当していたのは、専門書全般と、サブカルチャー、コミックエッセイ、写真集などの売り場だった。
文庫やライトノベル、文芸書、コミックは私の担当ではなかったが、担当者が休みの日には品出しをすることもあった。
書店で働いていると、本によって「買う理由」が違うことが見えてくる。
専門書や実用書には、仕事や勉強、生活のために、最初から必要な本を探しに来る人がいる。
一方で、文芸書やライトノベル、コミックなど、楽しむために手に取る本もある。
そうした本は、「必要だから買う」とは少し違う。
だからこそ、
「面白そう」
「読んでみたい」
と思ってもらわなければ、手に取ってもらえない。
数え切れないほどある娯楽の中から、本を選んでもらう。
それは、とても難しいことだった。
その本に興味のない人には、そもそも目に入らない。
たとえば、漫画を買いに来た人が、専門書の棚を隅々まで見ることはあまりない。
好きな作家の新刊だけを探しに来た人なら、目的の本を手に取って、そのままレジへ向かうこともある。
同じ店の中に何万冊もの本が並んでいても、その人にとっては、最初から存在していないのと同じ本がたくさんある。
書店員ができるのは、
「ここに、こんな本がありますよ」
と、気づいてもらうところまでなのかもしれない。
書店で働いていると、
「本が売れる」
という一つの結果にたどり着くまでに、いくつもの段階があることが見えてくる。
だから私は、少しずつ思うようになった。
「いい本だから売れる」とは限らない。
面白い本でも、知られなければ手に取られない。
そして、知られたとしても、必ず手に取ってもらえるわけではない。
じゃあ、普通の面陳やPOPなんかより、はるかに強い「世間に知られるきっかけ」があったら?
たとえば――
賞を取った本なら。




