第2話『おだ』違い
「えっ!? ……ひたち?」
思っていたよりも小さいと感じた、清州城。
ひとっ風呂浴びて部屋に戻ると、俺を待っていたのは衝撃の事実だった。
「はい、常陸です」
「あの湖は、霞ヶ浦です」
ここは清州城でも、尾張でもなかった。
霞ヶ浦は知っていた。
関東に住んでいれば、天気予報の地図でおなじみの湖だ。
そう、茨城県である。
「尾張じゃないの?」
「尾張……。ああ、東海の……。」
「……なぜ、尾張?」
「いや、聞いているのは、俺だけど?」
だが、俺は織田信長だ。
どうして、信長が茨城県にいるのか。
その人生の躍進ぶりを考えても、信長が茨城県にいたエピソードなんてない。
ひょっとすると、若い頃は全国を放浪していたのだろうか。
しかし、この城の者たちの態度は、客に対するものではなく、身内に対するものだった。
「そうですが……。」
「やはり、頭を打ったせいで……。」
牡牛との死闘以来、付き従っている武士二人は顔を見合わせて頷き合った。
彼らは、俺の近習だった。
俺は、佐々成政だろうか、前田利家だろうかと期待していた。
どうやら、この分だと違うらしい。
「紙と筆を持ってこい!」
だが、俺は自分が信長の可能性を諦めきれなかった。
決定的な証拠を掴むため、俺は思い切り怒鳴りつけた。
******
「織田……。」
わら半紙のような、程度の悪い紙に筆を走らせる。
こう見えて、俺は書道三段だ。
嫌々ながらも、小学校を卒業するまで、書道教室に通っていたのだ。
「違います、違います」
俺が『織田』と書くと、近習の一人が立てた右手を左右に振った。
「小田、です」
もう一人が俺から筆を奪い、『織田』の横に『小田』と書いた。
つまり、俺は『小田三郎』になる。
「誰だよ、それ!」
思わず俺は怒鳴った。
もしかしたら、地元では愛されている大名なのかもしれない。
だが、確実に全国区の名前じゃない。
申し訳ないが、俺の記憶にはまったく引っかからない名前だった。
いや、大名ですらないのかもしれない。
一応、城を持っているから、『国人衆』と呼ばれる地方豪族だろうか。
「誰と申されても、三郎様の家です」
「やはり、頭を打ったせいで……。」
近習の二人が顔を見合わせ、頷き合った。
俺は両のこめかみを人差し指で揉みほぐす。
「今、何年だ?」
もはや、自分が織田信長でないのは認めよう。
次に問題なのは、今がいつかだ。
太平の世なら問題はないが、城までの道中、近習二人は最近の戦話で盛り上がっていた。
俺は、戦国時代の関東の大名といえば『北条氏』くらいしか知らない。
しかし、その北条氏を豊臣秀吉が討伐するまで、関東が荒れていたのは、なんとなく知っている。
「永禄2年です」
「知らんがな! 西暦で言えよ!」
ところが、近習から返ってきた答えは、判断材料にならなかった。
俺は、ちょっとだけ戦国時代に詳しい程度だ。
戦国時代博士ではない。元号で言われても困る。
「……せいれき?」
「やはり、頭を打ったせいで……。」
近習の二人が顔を見合わせ、頷き合った。
「お前らさー……。
俺のこと、本当は馬鹿にしているだろ?」
どうやら、織田信長とは『うつけ』の評判だけは合っているらしい。
近習二人の日常感漂う蔑みに、俺は顔を引きつらせた。
******
「何、これ?」
右手を枕にして部屋で横になり、将来について思い悩んでいると、膳が運ばれてきた。
だが、陽は高く、午後の半ばを過ぎた頃合い。
しかも、丼には山盛りを超越した、まさに富士山盛りときた。
ついでに言えば、おかずはなく、麦が混じった飯オンリーだ。
「何って……午後半ばの食事ですが?」
近習は湯呑に茶を注ぎながら、怪訝そうな顔をした。
「いやいや、午後半ばの食事って何だよ!
そんな言葉、初めて聞いたわ!」
俺は上半身を跳ね上げ、思い切り怒鳴りつけた。
「えっ!? いつも食べているじゃありませんか。
朝、午前半ば、昼、午後半ば、晩、就寝前と一日に六回」
「……嘘だろ」
もう一人の近習が手に持つお櫃には、丼と同じくらいの量の飯がある。
両方を合わせれば、確実に一升は超えている。
近習の言葉が正しいとすれば、俺は一日にどれくらい食べているのか。
その割に、まったく太っていない。
風呂で裸を見たが、むしろ細身で逞しかった。
「もしや、足りませんでしたか?」
「やはり、頭を打ったせいで……」
「それはもういいって! テンドンは三回まで!」
しかし、飯を目の前にした途端、腹が急速に減ってきた。
口の中に涎が溢れ、身体全体が猛烈に飯を欲している。
「……医者を呼ぼう」
「そうだな。その方がいい」
「分かったよ! 食うよ! 食えばいいんだろ!」
結局、俺は丼とお櫃の飯をぺろりと平らげた。
さらにお代わりをもらおうとしたら、オアズケを喰らった。




