第8話「逃げた刃物男、姿を消せても貼られたメモからは逃げられなかった件」
翌日の午後、病室に向かった。
昨日、あいつにメモを貼った。近づけば見えるはずだ。それだけを頼りに、今日も動くしかない。
病室のドアを開けると、柊斗が起き上がってスマホをいじっていた。包帯を巻いた腕が、ベッドの上に乗っている。
「元気そうだな」
「元気だから、もう退院させてくれって言ってんのに聞いてもらえない」
「大人しくしてろ」
「腕一本動かないだけで全部ダメって、さすがに管理が厳しすぎる」
柊斗はスマホを置いて、俺を見た。
「昨日のあいつ、結局なんだったんだ」
「わからん。警察が調べてるはずだ」
「姿消えたよな、あいつ」
「だよな。俺も見てびびった」
柊斗はしばらく俺を見てから、「なんか、世の中おかしくなってきてるな」とだけ言った。
しばらくして、病室のドアがノックされた。
朝日なのだった。
マネージャーらしき女性と一緒に、少し緊張した顔で立っていた。私服で、帽子を被って、マスクをしていたけど、眼力を使わなくてもわかった。
「大丈夫ですか? 昨日は本当に申し訳なくて、どうしても来たくて」
柊斗が固まった。
「あ、ありがとうございます、全然大丈夫です」
「全然大丈夫じゃないでしょう」
朝日なのが柊斗の腕を見て言った。
「ごめんなさい、巻き込んでしまって」
「いや、こっちが勝手に動いたので」
朝日なのが椅子に座って、柊斗と話し始めた。最初はぎこちなかったけど、柊斗が普通に話しかけるから、だんだん自然になっていった。こいつは昔からそういうやつだ。誰とでも普通に話せる。
俺は窓際に立って、その様子を見ていた。
しばらくして、朝日なのがこちらを見た。
「昨日、すごく速く動いてましたよね。怖くなかったですか、刃物なのに」
「怖かったですよ」
「でも動いた」
「ライブの興奮でアドレナリン出てたんだと思います」
朝日なのはしばらく俺を見てから、「それだけじゃないと思いますけど」と言った。
「そうですかね」
「そうですよ」
柊斗が横から「こいつ最近ずっと修行してるんですよ」と余計なことを言った。
「修行?」
「走ったり、腕立てしたり」
「だから動けたんですね」
朝日なのが笑った。
「修行、続けてください」
そのとき、窓の外、視界の端に、メモが浮いた。
病院の駐車場の方向だった。
「いる」
声が出そうになって、飲み込んだ。
病室の中は、普通の会話が続いていた。朝日なのが柊斗に何かを話していた。柊斗が笑っていた。
「ちょっと電話してくる」
「え、誰に?」柊斗が聞いた。
「親」
「お前の親、そんな電話してくるタイプだったか」
「たまに」
廊下に出て、剣持の番号を呼び出した。
「剣持さん、昨日の男がいます。病院の駐車場付近に」
『場所を離れるな。裏口から入る』
電話を切って、廊下の窓から駐車場を見た。
人が行き来している。でも、姿は見えない。すでにハイディングを使っているらしかった。メモだけが、駐車場の奥の方向に浮いていた。
5分後、剣持と霧島が裏口から現れた。
「どこだ」
「駐車場の奥です。姿はもう消えています。でもメモが見えてます」
「メモ?」
「俺にしか見えない目印です。昨日、あいつに貼りました」
剣持が眉をひそめた。
「やれやれだ」
三人で駐車場に出た。俺が前に出て、メモの方向へ進んだ。
フェンスの手前。メモが止まっていた。
「そこです。動いていません」
剣持と霧島が広がって、逃げ道を塞いだ。
俺はメモに向かって走った。
見えない相手に、全力でタックルした。
手応えがあった。男の姿が戻った。地面に押さえつけた。
「離せっ、なんで位置がわかる」
「企業秘密です」
剣持が駆け寄って、手錠をかけた。
男に手錠がかかった瞬間、視界の端が光った。
【システム通知】実績解除システムが実装されました
「なんだ」
思わず声が出た。
霧島が俺を見た。
「どうかしましたか」
「いや、なんでもないです」
視界の端を確認した。
【実績解除】初めての能力者捕縛
体力 +2/筋力 +2/敏捷 +2/精神 +2/魅力 +2
合計10、一気に上がっていた。
でも、それより気になることがあった。
実績解除システム。
やれば上がる、はずっと知っていた。でも、これは違う。初めてのことをやると、別枠でボーナスが入る。そういうことらしい。
じゃあ、初めてのことを増やせば。
「やれやれだ。また能力者か」
警察に引き渡す手続きをしながら、剣持が俺に言った。
「お前、本当にどうやって見つけた」
「昨日、あいつに触れた時にマーキングしました。俺にしか見えない目印です」
剣持はしばらく俺を見てから、「霧島」と呼んだ。
霧島が近づいてきた。
「こいつ、能力者だ」
「知ってます」
霧島が俺を見た。
「最初から」
「なんで言わなかった」
「言う必要がなかったので」
剣持がため息をついた。
「やれやれだ」
それから俺に向き直った。
「お前、名前は」
「黒瀬直哉です」
「黒瀬。覚えておく」
剣持が言った。
「また何かあったら連絡しろ。お前みたいなやつが、最近必要になってきてる」
霧島が、最後にもう一度だけ俺を見た。
「困ったことがあれば連絡してください。こちらも、あなたに頼みたいことが出てくるかもしれないので」
それだけ言って、剣持の後を追った。
病室に戻ると、朝日なのはまだいた。柊斗と話し込んでいた。
「遅かったですね」と朝日なのが言った。
「ちょっと長くなって」
「お母さん、心配してたんですか?」
「まあ、そんなとこです」
朝日なのはしばらく俺を見てから、「そうですか」とだけ言った。
その目が、何かを感じ取っている気がした。
しばらくして、朝日なのが立ち上がった。
「そろそろ失礼します。お大事にしてください」
「来てくれてありがとうございました」と柊斗が言った。
朝日なのは一度だけ振り返った。
「本当にありがとうございました。また会えると嬉しいです」
そう言って、マネージャーと一緒に病室を出ていった。
柊斗が何か言いかけた。でも俺は窓の外を見ていた。
今回はうまくいった。ハイディングとメモの相性が、たまたま良かった。見えない相手を、見える目印で追えた。
でも、次の敵が同じとは限らない。
メモで追えない相手だったら。眼力が通じない相手だったら。そもそも、俺の体力や筋力が通用しない相手だったら。
ステータスを、もっと上げなければ。
(第9話へつづく)




