第6話「ハズレスキルと思ったメモ、思ったより使えるかもしれない件」
翌朝、目が覚めてすぐ視界の端を確認した。
【ステータス】
体力 84/筋力 69/敏捷 70/耐久 67
知力 82/知識 73/集中力 77/精神 89
器用 60/魅力 66
【スキル】
眼力/メモ
数字を眺めた。
2ヶ月前、体力72だった。今は84。筋力は58から69。知力は74から82。スキルが2つある。
「なんか、だいぶ変わったな」
声に出したら、なんか笑えてきた。
朝のランニングから始めた。
最近は、毎日違う道を走るようにしている。クエスト探しを兼ねているからだ。知らない路地、入ったことのない住宅街、通り過ぎるだけだった公園。とにかく行ったことのない場所を増やす。
走りながら、眼力も試した。意識を向けると、遠くの看板の細かい文字がはっきり見えた。木の葉の一枚一枚の葉脈が、やけに細かく見えた。
以前は、じっと見続けないと発動しなかった。でも最近は、意識を向けるだけで切り替わる感じがある。オンとオフが、少しずつ自分でコントロールできるようになってきた。
クエストは、今日も出なかった。
走り終えて、そろそろ体力か敏捷が上がりそうな気配はある。でも、まだ動いていない。もう少しかかるらしい。
学校に行く前に神社に寄った。
鳥居をくぐって、石畳を歩いて、本殿の前で手を合わせる。
いつも通りだ。
ふと思い立って、本殿に眼力を使ってみた。
木組みの構造が、細かく見えた。柱と梁の継ぎ目、金具の形、木の節の位置。じっと見ていると、修繕した跡が何箇所かあるのがわかった。新しい木と古い木の色が、わずかに違う。
それから、狛犬を見た。
細かい彫刻が浮き上がって見えた。鱗の一枚一枚、爪の形、目の彫り方。普段は気にしたこともなかったけど、相当な手間がかかっている。誰かが、時間をかけて彫った。
「へえ」
思わず声が出た。
毎日来ていた場所なのに、見えていなかったものがあった。
ありがとうございます、と声に出して言った。それから学校に向かった。
昼休み、柊斗が弁当を持って向かいに座ってきた。
「なあ、先週ゲーセン断った時、湖見るって言ってたよな」
「言った」
「湖」
「湖」
柊斗はしばらく俺を見た。
「毎日行ってたの?」
「2週間くらい」
「何しに」
「夕日を見てた」
柊斗は箸を止めた。
「夕日を」
「うん」
「2週間」
「うん」
しばらく沈黙があった。
「なんか最近、行動が読めないな」
柊斗が笑いながら言った。
「読めなくていい」
「まあそうか」
柊斗はそれだけ言って、唐揚げを口に放り込んだ。否定しない、深追いしない。いつも通りだった。
放課後、メモの研究を始めた。
まず場所への固定を試した。昨日の帰り道、電柱に「テスト」と書いた付箋を貼っておいた。今日、同じ場所を通ったら、まだあった。消えていない。場所に貼ったものは、そこに固定されたまま残るらしい。
次に、動くものに貼ってみた。
学校で、柊斗の背中に「柊斗」とだけ書いた付箋を貼った。柊斗は気づいていない。当たり前だ、見えているのは俺だけだ。
午後、体育の授業があった。グラウンドで全員がばらけた。
付箋を探した。
一瞬で見つかった。しかも、柊斗が走っても、方向を変えても、付箋がついてくる。
「……これ結構使えるかも」
人混みでも一瞬で見つけられる。待ち合わせで見失わない。地味だけど、確実に便利だ。
翌日、授業中に別の使い道に気づいた。
数学の授業で、黒板に公式が書かれた。それを見ながら、ふとメモを浮かせた。公式の横に付箋を置いて、自分なりの補足を書き込んだ。
テスト中も、これは見えている。
「……カンニングしたい放題じゃないか」
手が止まった。
しばらく、その事実を前に固まった。
使おうと思えば使える。完全に。誰にもバレない。答えを全部書き込んでおけば、どんなテストも満点が取れる。
手が、付箋に伸びかけた。
でも、止まった。
知力や知識を上げるために勉強している。カンニングで点数を取っても、数字は上がらない。それどころか、頭を使わない分、むしろ遠回りになる。
それに、なんか卑怯な気がした。
メモは禁断の実だ。カンニングには、手を出さないでおこう。
その日の放課後、図書館に寄った。
新書を2冊借りた。最近、読むペースが上がってきた。知識の数字が動くタイミングと、本の内容が頭に入った実感が、だいたい一致している。
読んでいて面白いと思った日に、上がりやすい気がする。そういうことらしい。
帰り道、早瀬と鉢合わせた。彼女も図書館から出てくるところだった。
「直哉も来てたの?」
「うん、本借りに」
「最近よく来てるよね」
「まあ」
並んで歩きながら、早瀬が何かを言いかけて、やめた。
口角が一瞬動いて、視線が少し下がった。
「どうかした?」
早瀬が少し驚いた顔をした。
「なんで気づいたの」
「なんとなく」
早瀬はしばらく俺を見てから、「最近、よく気がつくよね」と言った。「前は話しかけないと気づかなかったのに」
「そうか」
「うん。なんか、ちゃんと見てる感じがする」
俺はなんとも言えなくて、「そっか」とだけ返した。
早瀬が言いかけてやめたことが何だったのか、結局わからなかった。でも、聞かなかった。
夜、腕立てをしながら考えた。
眼力は、物の解像度を上げる。人の表情も読める。神社の狛犬の彫刻まで見えた。
メモは、空間に貼れる。人にも貼れる。場所にも貼れる。
2つのスキルが、少しずつ形になってきた。でも、使い道はまだよくわからない部分の方が多い。
ステータスも、スキルも、クエストも。全部、やってみないとわからない。最初からそうだった。
腕立てを限界までやって、床に倒れ込んだ。
視界の端を見た。筋力が、70になっていた。
そろそろ敏捷も上がりそうな気配はある。
その夜遅く、スマホに通知が来た。
柊斗からのLINEだった。
「ソラリス、うちらの地元でイベントするらしいぞ。一緒に行かないか?」
画像が添付されていた。告知のフライヤーだった。
ソラリス 全国ツアー 地元公演
センター 朝日なの
テレビで見た、空色の衣装の子だ。
俺はしばらくフライヤーを見てから、返信した。
「行く」
送信してから、なんとなく視界の端を見た。
クエストの表示はなかった。
でも、なんかそわそわした。
理由は、自分でもよくわからなかった。
(第7話へつづく)




