第2話 自分を追い込む修行が楽しすぎて、周囲に不審がられる件
翌日、また問題集を開いた。
昨夜は変わらなかった。
でも今日は違う。スマホも触らず、脇道にも逸れず、一時間きっちり集中して解いた。
それから視界の右上を見る。
【ステータス】
知力 74 → 75
「……おお」
思わず声が漏れた。
上がった瞬間、なんとなくわかった。
昨夜みたいに、問題集を開いたまま別のことを考えていた時間は意味がない。
ちゃんと頭を使って、集中して積み上げた時間だけが反映される。
やれば上がる。
ただし、ちゃんとやれば、だ。
走るのも同じだった。
なんとなく流して走っても変わらない。
息が上がるくらいまで追い込んだ日から数日すると、体力か敏捷が1動く。
腕立てもそうだ。
回数だけこなすより、限界の少し手前までやった日のほうが筋力が伸びる。
「集中してやった方が効率いい」
口に出すと、当たり前のことを言っている気がした。
でも数字で見えると、説得力が違う。
ステータス画面は、全部見ていてくれる。
それだけで、なんだか少しうれしかった。
⸻
放課後から夜まで、全部使えた。
もともと部活はやっていない。
時間だけはある。
走って、腕立てして、問題集を解く。
それが基本だった。
でも、せっかく項目が十個あるなら、全部試したくなってきた。
知識は、気になったものをすぐ調べるようにした。
通学路の古い石碑。授業で出てきた単語の語源。ニュースで流れた知らない国名。
その流れで図書館にも寄るようになった。
最初は検索して終わっていたことが、本棚を眺めているうちに新書を手に取るようになった。
全部読まなくてもいい。気になったページだけ読む。それでも十分だった。
図書館から帰って確認する。
【ステータス】
知識 67 → 68
「……よっしゃ」
小さく拳を握る。
知識まで上がると、なんだか世界そのものが広がった気がした。
⸻
器用は、地味な修行だった。
利き手じゃない左手で箸を使う。
最初は米粒ひとつ運ぶのにも苦労した。
母さんに「なにやってんの」と聞かれたので、「リハビリ」と答えておいた。
それから折り紙も始めた。
細かい角を合わせる作業を繰り返していると、指先の感覚が少しずつ変わっていく。
数日後、器用の数字が1動いた。
妙に納得した。
⸻
魅力は、一番わかりにくかった。
何をすれば上がるのか、基準が見えない。
とりあえず洗顔を丁寧にした。母親の化粧水を勝手に使ってみたり、
髪も少し整えるようにした。
服も、適当に掴むだけじゃなく、組み合わせを少し考えた。
正直、かなり気恥ずかしい。
でもある日、数字が1上がった。
まあ、そういうことらしい。
⸻
精神は、何もしなくても少しずつ伸びていた。
……たぶん、この得体の知れない状況を受け入れ続けているからだろうか
⸻
二週間ほど経った昼休み。
柊斗が弁当を持って、向かいに座ってきた。
「なあ直哉、鍛えるって言ってたの、続いてんだな」
「続いてる」
「最近、体育で普通に走ってるもんな」
「やっと普通かよ」
「そう」
柊斗はあっさり言った。
「でも、続いてるやつの動きだってわかる」
否定もしないし、変に持ち上げもしない。
こいつは昔からそういうやつだ。
「あと最近、図書館よく行ってない?」
「行ってる」
「何借りてんの」
「いろいろ」
「いろいろ、な」
柊斗は笑って唐揚げを口に放り込んだ。
「お前、最近なんか変だわ」
「変じゃない」
「変だよ。でも、いい変だと思う」
それだけ言って、次の唐揚げに手を伸ばした。
⸻
その夜、また走った。
数字が上がるのは、もう知っている。
でも柊斗に言われて初めて、現実のほうも変わっていると実感した。
ステータスの外側で、ちゃんと世界が動いている。
⸻
さらに二週間後。
数学の小テストが返ってきた。
96点。
前回は71点だった。
答案を見返していると、隣の早瀬が声をかけてきた。
「すごいじゃん」
早瀬凛。
クラスのことをよく見ている人、という印象がある。
悪口を言わない代わりに、余計なことも言わない。
「山が当たっただけだよ」
「山が当たっても、解けなきゃ点にならないでしょ」
「まあ」
早瀬は少し首を傾げた。
「直哉って、最近なんか変わったよね」
「そんな感じある?」
「ある。前は授業中、ずっとどこか遠いとこ見てたじゃん」
「ひどい言われようだな」
「でも最近は、ちゃんとこっちにいる感じ」
そう言って笑う。
「イキイキしてるっていうか」
「それ、ただ普通になっただけでは?」
「それがイキイキってことだよ」
悪い意味じゃないから、と早瀬は付け足した。
俺はなんとなく照れくさくて、
「そっか」
とだけ返した。
⸻
放課後、いつもの神社に寄った。
鳥居をくぐり、石畳を歩き、本殿の前で手を合わせる。
それからステータスを開く。
【ステータス】
体力 79 筋力 65
敏捷 66 耐久 63
知力 79 知識 68
集中力 73 精神 86
器用 57 魅力 64
一ヶ月前より、全部上がっていた。
数字が上がる。
現実も変わる。
柊斗には動きが変わったと言われた。
図書館に来ていると気づかれた。
早瀬にはイキイキしていると言われた。
テストの点も上がった。
バラバラだったものが、最近ひとつにつながって見える。
ステータスが上がると、現実が変わる。
現実が変わると、また上げたくなる。
そういうループだ。
本殿の前で、いつもより少し深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
誰もいない境内に、自分の声だけが響く。
そのとき、ふと思い出した。
来週から修学旅行だ。
三日間、神社に来られない。
……なんかドキドキしてきた
(第3話へつづく)
【ステータス】
体力 79 筋力 65
敏捷 66 耐久 63
知力 79 知識 68
集中力 73 精神 86
器用 57 魅力 64




