第五話 チョコと不幸の香り
そんな騒ぎの中、授業開始のチャイムが鳴る。
今日チャイムに救われるのは二度目だ。
まだ二回しかなっていないのに、先が思いやられる。
初めての授業は数学だった、家で勉強していただけあって、授業の内容は聞かなくても大体わかるものだ。
一方隣の沙夜は教科書を僕に貸してすぐに寝てしまった。
起こす気もなかったので放置していると、寝ていたせいで先生に指されてしまっていた。
「花咲何寝てるんだ、寝てるくらいならこの問題くらいわかるよな?」
そう聞かれた沙夜は、眠そうに眼をこすった後、無言でこちらに助けを求めてきた。
……どうやら勉強はできないらしい。
だが、今日かけられた迷惑があったので、先生に見えないようそっと手を振り、見捨てた。
すると、案の定わかんなかったようで
「2……ってことで!いや知らんけど!」
「全然違うな、次寝たら宿題お前だけ2倍にするからな」
ごめんなさーいといい席に座り、こちらを不満そうに見る。
「ちょっとー!なんで助けてくれなかったのさー!」
「お前に今日かけられた迷惑の分だ」
ぶーぶーと何かを喚いているが自業自得なので放っておく。
―…―…―…―…―…―…―…―…―
2時間目は国語だ。
休み時間は、始まった瞬間にトイレに逃げて乗り越えた。
今回も教科書を見せてもらわなくてはいけないので、隣を見ると、絶望した顔をしていた。
あの沙夜が絶望することが何か、僕は気になったので聞いてみた。
「なあ、何をそんなに絶望してるんだ?」
「ノートの下お菓子の袋入れてたら……チョコ溶けて、べたべたになってた……」
「……は?」
「だから……ノー溶けチョコ」
「……って何そのネーミングセンス。滑ってるぞ」
「今のは上手いと思ったのに……」
ノートを広げて絶望を共有してくれた。
マジでバカだった、救いようのない。
「……それでそのノート使うの?」
「使うしかないじゃん……ほら、ページめくるとくっついてる音がする……べりっ」
確かに“べりっ”と聞こえた。ノートの一部がすでにチョコで接着されている。カカオによる永久保存版の完成である。
「というか、そもそも授業ちゃんと聞く気ないだろ」
「あるよ!? 一応……多分……そのうち……」
言葉がどんどん自信を失っていくのが面白くて、思わず吹き出してしまった。
すると、それを見た国語の先生がこちらに鋭い視線を飛ばしてきた。
「おい、そこの二人、何がそんなに面白いんだ?」
同時に、周りの男子から嫉妬の視線も同時に刺さる。
ヤバい、と思ったが沙夜はまるで悪びれる様子もなく、
「せんせー、ノートがチョコになっちゃって〜」
と、誇らしげにノートを見せびらかす。
教室中が一瞬静まり返り、それから爆笑が起こった。
「……アホか、お前は! 次からノートじゃなくて板チョコでも提出しとけ!」
「えー、先生、ミルクチョコがいいですか?ビターがいいですか?」
「ビターだ。甘すぎるとお前みたいになる」
「ひどくなーい!?」
教室がしばらく笑いに包まれたあと、ようやく授業が始まった。
僕はというと、真顔で遠くを見つめていた。
なんで俺、こんなやつの隣なんだろうと思ってしまった。
――今後が不安すぎる、なんて思ったが、案外、楽しいのかもしれない。
そんなふうに、少しだけ思えた二時間目の国語だった。
こんな感じで、残りの授業も滞りなく進んでいった。
沙夜はどの授業でもうるさかったが、みんなから愛されているのがよく伝わってきた。
そんなこんなで昼休み。
さっきまでのように逃亡してやろうと思っていたら、作戦を先読みしたのか、晴斗が扉の前に立っていた。
「何か用でもあるのか?」
「一緒にお昼食べようぜ!」
「……断ったら、通してくれるか?」
「いや、通さない」
笑顔で即答された。どうやら選択肢はないらしい。
「ほら、せっかくの初日だしさ。友達できるか不安だったろ? 俺、気が利くタイプなんだよね〜」
晴斗は自分で言って自分で笑っている。押しが強いのか空気が読めないのか、まだ判別はつかない。
「あと、沙夜からも頼まれてたんだよ。“放っといたら逃げるから、見張ってて”ってさ」
「……それは間違ってないかもしれない」
苦笑しながらそう返すと、晴斗はニッと笑った。
「でしょ? じゃ、行こっか」
そうして僕は、逃げ場を完全に失ったまま、晴斗に連れられて昼休みの教室へ戻った。
自席に戻ると沙夜がクラスの男子に囲まれていた。
「あれすごいだろ?毎日ああなってるんだ、まあ、全員断られるのがおちなんだけどな」
晴斗がそう言うのと、僕が席に着くのとがほぼ同時だった。
沙夜は、わらわらと集まってきた男子たちに囲まれながらも、どこか飽きたような顔で頬杖をついていた。
「ごめんねー、今日のお弁当、チョコ味になっちゃってるから〜♪」
その場にいた男子たちは一瞬ポカンとした後、
「それはそれで食べてみたいかも!」
「いや、ネタでもきついだろ!」
「チョコ味ってどんなレベルだよ……?」
などと各々好き勝手に反応している。
沙夜は弁当箱のフタをちょっとだけ開けて見せた。
中は、たしかに茶色く染まった何かがあった。
「……お前ほんとにそれ食うの?」
男子たちの隙間からそう声をかけると、沙夜は小さくうなずいた。
「うん。でも、半分あげる。迷惑かけたお詫びにさ」
「いや、いらない」
「ひどっ!? 心を込めて溶かしたのに!」
「それ、お前の不注意でチョコが溶けただけだろ、てか、弁当にチョコ入れるなよ」
「うっ……言い返せない……」
僕がため息をついていると、横から晴斗が弁当をのぞき込んできた。
「……これはひどいな…こんなん人が食べれんのか?」
なんだかんだで一番ひどいことを言ったのは、こいつだった気がする。
「さらにひどっ!ていうか、二人でご飯食べるの?そうなら私も混ぜてよ!」
空気が凍り付いた。
晴斗は笑顔で承諾していたが、どうしてあいつが、みたいな声が多く聞こえてきて気が気じゃなかった。
「じゃあ、そこ二人で食べてくれ、僕は遠慮し」「だめだよ?」
まだしゃべってる最中だったのに沙夜に否定された。
周りの男子がおのおのの席に項垂れながら戻っていく。
その流れで、僕たちは机をくっつけて弁当を食べる準備をする。
もう断れる空気でもないのでおとなしく僕も手伝った。
「大人気の割にはほかの人とは」
「うーん、だってそのへんの男子と食べても面白くないんだもーん……男子ばっか群がるから女子は来てくれないし」
「じゃあ俺は?」
と、晴斗が手を挙げる。
「晴斗は……ギリギリセーフ。おもしろポイント57点ってとこかな」
「お、合格点か。……低くね!?」
「そして君は、45点」
沙夜はお箸で僕を指しながらそう言った。
「……なんの基準だよそれ」
「ツッコミ反応速度。眠い時の私を起こさなかったのがマイナス点です」
「勝手に寝といて勝手に減点すんな」
そう言いながら、僕も弁当を取り出した。内容は特に面白くもない、普通のサンドイッチだ。
「……あ、うまそ。ひとくちちょーだい?」
「なんで?」
「そっちのサンドと、こっちの溶けチョコご飯、トレードしよ?」
「等価交換って言葉知ってるか?」
「じゃあ……唐揚げ1個でどう?」
「サンドイッチにチョコの香りが移るからやめろ」
「心が狭いなあ〜、新生活なんだからもっと広く持たなきゃ!」
「広く持ってたら今頃、チョコご飯食べさせられてるだろうが」
この世の終わりみたいなものは僕も食べたくないと感じる。
絶対おいしくないのは食べなくてもわかる。
「花咲がそれ持って帰ってスイーツにでも料理しなおせばいいんじゃないか!」
晴斗がチョコご飯を消費する一番いい方法をあげたと思ったが、
沙夜は苦い顔をしている。
「私…料理できない……」
沙夜がそう呟いた瞬間、さっきまでの軽口とはちょっと違う、静かな空気が流れた。
「……あ、なんかごめん」
晴斗が気まずそうに頭をかいたが、沙夜はすぐに笑顔に戻る。
「ううん、いいのいいの。自分でも思うもん、女子力、壊滅的〜って!あ、そうだ!誠君料理教えて!」
「なんでそうなる」
なぜかこちらに飛び火する。
社交辞令であってほしいが沙夜は本気でやりそうだと僕は思った。
「誠君のお母さんがね、誠君は料理が上手って言ってたんだ!だから今日これ持って家行くね!」
……どうやら、学校が終わった後ももう一波乱ありそうだ
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