6ー2
「とりあえず、ここまでだな」
「手際もいいし、上手いもんだね」
「そうか?」
「素人なりにはね」
「へいへい」
マダムに上げて落とされるが、適当に相槌を打って聞き流す。お湯を沸かし緑茶を二人分いれ、一つをマダムに差し出した。湯呑みが無くコップなのは風情がないが仕方がない。金が溜まったら自分用を一つ買うのもありだな。
「いいのかい?気が利くじゃないか」
「そこまで薄情じゃねぇよ」
「珍しい色だね。まるで薬草汁みたいだ」
「嫌なら飲まなくていいぞ。こいつは緑茶と言って遥か遠くの東国で飲まれてるお茶だ。輸入したばかりの高級品だぞ
「へぇ~~~そうなのかい……」
「美味い!やはりほっとする味だ」
「ふむ、なら女は度胸さね」
俺が飲むのを見て、不安ながらもコップに口をつけるマダム。一口飲むと、
「あら、爽やかで美味しいじゃないの。渋みが少ないくて、鼻に抜ける香りがいいね」
「だろ?この独特の風味がいいんだ」
「これは珍しいわ。それに何となく体に良さそうね」
マダムはコップを傾け、もう一口二口と緑茶を味わっている。俺も湯呑みがないのは残念だが、この異世界で緑茶が飲めるだけでも感謝だ。火の国、カンタロウさん、本当にありがとう。
「で、その見慣れない食材で何を作るんだい?まさか、この場で食べるんじゃないだろうね?」
マダムが先ほど出した食材に目を向けながら尋ねてくる。
「ああ、今晩食べるさ。ていうか、そのために借りたんだ」
「まったく、せっかちだねぇ。まぁ、いいけど。人の料理を見るのも悪くないね」
マダムは立ち上がる気配もなく、椅子を引きずって中央のテーブルの近くに座り直した。やけに熱心だな。食わせないぞと言ったのに。
「言っとくけど、本当に分けてやらないからな」
「分かってるさね。見るだけならいいって言っただろう。それに、料理ってのは作る過程を見るのも面白いもんさ」
そう言って、マダムは顎に手を当てて俺の作業を見始めた。変なプレッシャーを感じるが、気にしてはいられない。
まずは、米だ。水に浸しておいた米をざるにあげ、水気を切る。竈へ薪を追加し強火にして、鍋に米と分量の水を入れ、蓋をして火にかける。最初は強火、沸騰したら弱火にして蒸らす。前世の知識がどこまで通用するか分からないが、多分これでいいはずだ。
次に味噌汁だ。水につけておいた昆布を火にかけ、沸騰直前に昆布を取り出す。火から外し、削ったカツオ節をぱらぱらと投入。再び弱火にかけで煮出し、カツオ節が沈んだら漉す。これで出汁は完成だ。これを少しだけ別にして、鍋の方には塩抜きして戻しておいた乾燥わかめと適当な葉野菜を刻んでに入れておく。
(ああ~~~なんて良い香りなんだ)
今ならこの香りだけでご飯が食べられそうだ。
「そのスープは、優しい良い香りだねぇ」
「だろ?これが火の国料理の要なんだぜ」
マダムが鼻をくんくんさせている。少しだけ味わう優越感。
さて、焼き魚だ。酒をかけておいたソルジャーサーモンの切り身の表面の水分を布巾でしっかりと拭き取り、焼き網があったので、弱火で皮目からじっくりと焼きはじめる。パチパチと音を立てて油がたれ、煙が立ち、香ばしい匂いが調理場に広がった。
「ソルジャーサーモンは素焼きかい?不思議と匂いに臭みが無いね」
「下処理をして臭みは抜いたからな。ソースは好みであとがけするつもりだ」
感想や質問をしてくるが、マダムの視線は竈から離れない。ご飯を炊く鍋に、あとは味噌を溶くだけの鍋。そしてじんわりと焼かれるソルジャーサーモンの切り身。
ホワイトラディッシュ(大根)は皮をむいて、おろし金が無いのでチーズグレーターで代用し大根おろしを準備しておく。
そして、いよいよ卵焼きだ。コッコーの卵を割って溶き、煮詰めて冷ましておいた味醂と出汁と塩を一摘みだったか?。確か、入れすぎると失敗するから卵の量の三分の一程度だったっけ。
茶濾しでこしてから、フライパンでゆっくりと慎重かつ丁寧に焼いていく。あの四角い卵焼き器なんてものはない。丸いフライパンに薄く広げ四角くなるように折り畳むのを繰り返す。なんとか形にはなった。少し焦げたが仕方ない。『北風商店』に料理人っていたっけ?教わるのもいいが、是非プロの火の国料理を食べたいものだ。
米が炊ける匂い、といた味噌と出汁の香り、魚を焼く香ばしい匂い、そして卵焼きの甘い香り。調理場がとてつもなく幸せな空間になっていく。マダムも何も言わずに、ただじっと俺の手元を見つめていた。
「しょうがねぇな。もし食べたいなら、大銅貨三枚だ」
「ほらよ」
「即決かよ。初めての異国の料理だぞ?」
「こんな良い匂いをさせておいてよく言うよ。さっきの緑茶も美味しかったし、期待しかないね」
ご飯が炊けたようだ。火から下ろし、しばし蒸らす。この時間が待ちきれない。
これで全ての準備が整った。食器棚にあった皿に、ソルジャーサーモンの塩焼きと甘めのだし巻き玉子をのせホワイトラディッシュおろしを手で水気を搾り添える。
そしてお椀に味噌汁を注ぎ、海苔軽く炙って香りと香ばしさを出す。
「うわっ!」
「下手くそ、何やってるんだい!」
火との距離感を間違えて海苔一枚は炭となった。それを見ていたマダムから罵声が飛んでくる。くそっ、なんて勿体ないことをしてしまったんだ俺は……
慎重にリトライすると、海苔から磯の香りが立ち上がる。酒の摘みに炙った海苔もいいが、今日は酒より飯だ。次の機会に取っておく。
ようやく出来あり、目の前に広がる光景に思わず息と唾をのんだ。白くてつやつやのご飯。湯気が立ち上る味噌汁。皮目がこんがりと焼けた鮭。ふっくらとした卵焼き。真っ白な大根おろし。炙られ黒光りしパリッとした海苔。四角いトレイがあったのでそれっぽく並べると、まさに和定食って感じになった。
「…………完成だ」
俺がぽつりと呟くと、
「へぇ、これがアンタの言う火の国料理かい。見た目も悪くないね」
マダムが感心したような、それでいてどこか含みのある声で言った。
「悪くないだと!?俺にとっては最高の光景だ」
いざ、実食だ。マダムにはカトラリーを渡すが、俺は箸でいく。
「「いただきます」」
ドンッ
マダムと揃って挨拶をし、箸を伸ばそうとした瞬間、突然ドワーフのおっさんが調理場に入ってきた。そして開口一番怒鳴られた。
「わしが嗅いだことのない酒の匂いの元はここか!?出せ、酒を出せ」
久しぶりに人に対して殺意が湧いた……




