第27話 愚王
(ザンブグルム魔導王国、首都シャングリア、王宮)
「殿下、スピリッツ殿下」
「なんだ朝から騒々しいな、ルビツ官相よ」
起きたばかりで眠そうに欠伸をしているゴルゴダの街の領主、スピリッツが不機嫌そうに答えた。
「ハア、ハア、ハァ」
「落ちつけルビツよ、息をきらして何事か、ファング帝国の兵は退けたのだ、もう何も憂いはないだろう。
新たになにか良くない問題でも起こったのか?」
「そ、それが殿下、一大事で御座います。
ゴルゴダの、ゴルゴダの街が獣人たちに襲撃されました」
「なに、街が襲撃だと?」
「昨晩の事で御座います」
「どういう事だ詳しく聞かせろ」
「はい、およそ5万の獣人の軍勢が突然ゴルゴダの街に現れ、街を取りかこみ襲撃した模様です。
申し訳ご座いませんがそれ以外の情報はとれておりません」
「なんということだ」
「知らせに参った兵は深い傷をおっており、話をして間もなく亡くなったと報告がありました。
確認のため、ゴルゴダの街へ斥候を出し情報を収集しております。斥候が戻り次第詳しい現状をご報告が出来ると思います」
「何と、何と言う事だ。ゴルゴダは俺の街だぞ、ルビツどうして、どうして起こった」
「はあ、私にはなんとも」
「やつらの目的は奴隷の獣人の解放が目的か、わが街には4万近くの獣人の奴隷がいるのだよな」
「そのとうりで御座います」
「俺が援軍として2万の兵を率いて王都へやって来た。
そのすきをついての事だな、街には5千名の駐屯兵しかいない。
5万の獣人の軍勢相手では、太刀打ちできず占拠されるのが目にみえてわかる」
「そうでありますな」
「しかしなぜだ、なぜ街を襲った。
われら人間には魔神獣ガイデアの保護の元にあるのだぞ、人間の街に手を出せばその報復を魔神獣ガイデアから受ける。
やつらはそれをわかっているのか」
「そうでありますが、事実、襲撃を受けたのは間違いない事です」
「このことはうそではないのだな」
「知らせに参った者に、私は面識がありました。彼がうそを言う事はないはずです」
「ファング帝国とのごたごたで王都に兵を寄こしたのは間違いだったのか、功を焦って俺自身兵を率いて来てしまったからな、手薄になった隙をついて仕掛けてきたと言うのはわかるのだがそれでもふにおちん。
こちらには魔神獣ガイデアがいるのだぞ、やつらはそれをわかっていてやっているのか疑問に思う。
俺はガイデアがいるのをあてにして兵を率いたのだからな」
「そうでありましたな」
「! まさかやつらの目的は奴隷の獣人の解放が目的ではないのでは?
獣人の国の情勢では今年は不作だと聞いている。
魔神獣ガイデアにいけにえとして渡す供給が足りないのか?
そのためにファング帝国とのいざこざで手薄になったゴルゴダの街を襲い、住民をさらいかわりとしていけにえにする。
そう言う事なのか? そうでなければこんな無謀な襲撃をするはずもないだろう」
「まさか、そんな事はしかしやつらだったら考えられない事では御座いません」
「魔神獣ガイデアの目覚めの時期はまだあるが、やつらもせっぱつまっているのかも知れない。
今までの事があるからな、獣人の数も減ってきているのだろう。
絶滅寸前の種族もいて高値で取引されている、やつらは、なりふり構わずになってきたのか。
それに魔神獣ガイデアは我らの情勢などたいして気にしていない。
いやまったく感知していない。現在は眠っているのだからな。
やつは何であろうと餌があれば良いのだ。
どんなものでも例えそれが人間でも、関係はない」
「それは、そうですね」
「われわれなどその程度の相手としか認識していない。俺たちも契約をして保護にある分の餌の供給している。
足りない分はすべて獣人や他の亜人共がまかなっているがな、われわれ人間の事も餌を持ってくる都合の良い供給者としか思っていないのだろう。
あのバカな巨大亀はな」
「……」
「ルビツ、俺が連れてきた兵を戻すぞ、俺は今すぐ国王である叔父上に話を通す。
こちらへ連れてきた兵を戻し、ゴルゴダの街を守るのだ。おまえは兵団長に連絡し戻る準備をととのえておけ。
今すぐにだ戻るぞ、手にかかれ」
「ハハッ、わかりました」
くそう、獣人のやつら俺が居ない間のすきをついてやりやがったな。
今すぐ戻り目にもの見せてやろう。
! そうだ、大陸外から来ている風の勇者が滞在していると言う話を聞いたな。それに奴隷商人たちが連れている屈強なようへい団が幾人もいる。
5千名の駐屯兵しかいないが今すぐに戻れば間にあうかもしれん。
それに獣人の奴隷を盾として使えば、いかが5万の獣人の軍勢でも簡単に街は落ちないはず。
うまく駐屯兵の師団長が立ち回っているとしたら持ちこたえている可能性はあるだろう。
即刻、叔父上に話し許可をもらって戻らなくてはな。
王の間に急いでゴルゴダの街の領主スピリッツは駆けつける。
「父上、食が進んでおりませんね、体調がよろしくないのでしょうか?」
王の9番目の子であるジークフリード・ザンブグルムは話した。
「うむ、ジークよ、体調はすこぶる良いのだがな、アルテイシアの事を考えると食がすすまんのだよ」
「アルテイシア姉様の事ですか、それは失礼しました。
私も姉様の事は心配でなりません」
「ジークよ、アルテイシアはいまだに眠りについたままなのか?」
「はい、まだ眠ったままです」
「そうか」
「医者の話では体調はまったく問題がないと話されております。その内お目覚めになられるでしょう。
気を落とさずお食事をお取りください」
「そうか、そうだな」
「……」
「スピリッツ殿下、お待ちください。国王はお食事中です」
ドアの外で近衛兵と言い争う声が聞こえる。
「かまわん、急ぎの用だ通せ、急用だ」
スピリッツは近衛兵の制止を振り切り王が食事中の部屋の中へ入ってしまった。近くに居た聖騎士がやりを構え静止した。
「何事ですか、失礼ですよスピリッツ殿」
ジークフリードは席を立ち帯剣していた短剣の柄を握る。
「失礼、緊急な用事があり国王陛下にお目通りを願いたいのです」
「スピリッツ殿、緊急時でも無礼であるぞ」
「まあ良い、ジーク兵を下げろ」
「わかりました、父上」
ジークは聖騎士団の兵を左右に下げ、自らも国王の右後ろに立ちスピリッツを通すように促した。
スピリッツは国王と話せる距離まで近づき膝をつき礼を尽くす。ジークは殺気だった視線でスピリッツを見ている。
「スピリッツよ、わしの食事を邪魔するほどの事があったのか、申しでみよ」
国王はスピリッツに声をかけた。
「ハッ、叔父上、いやザングブルム国王陛下、緊急なご用件が御座いましてお耳に入れたいと思います」
「うむ、話すことを許す」
「昨日ですが、わが領内のゴルゴダの街に獣人達が襲撃を仕掛けたとご報告があがっております。
取り急ぎこちらに援軍に駆け付けたわが兵を戻したいと思いますがお許し願えませんでしょうか?」
「…… …… ……ならぬ」
「ハッ、なぜで御座いますでしょうか? 領内が獣人たちに荒らされているのですぞ。こんな蛮行を許すことが出来るでしょうか、すぐに私は戻りたいと思います」
「ならぬ」
「! 叔父上、ファング帝国の兵を退け、近々他の領主の援軍も到着する予定に御座います。
国王軍の兵の数は少なく減りましたが十分な兵力が保たれてると私は思っています。ぜひともご再考を」
「ならぬ」
「? 安全は保たれておりますと思うのですがどうなのでしょうか。それにジークフリード閣下の指揮もあるので問題はないと思われます」
「ならぬ、バカかおまえはまだわしの安全は保たれてはおらぬ。
今、こちらに向かってくる援軍の者達も、私を狙い襲って来るかも知れぬではないか、何をバカな事をほざいているのだ知れ者め」
「え、ま まさか、こちらに向かっている兵たちはあなたの息子たちが率いているのが大半ですぞ。
何を恐れていますのでしょうか? 援軍なのでご心配なさらずとも良いのではないでしょう」
「どうだかな、おまえの兵を引けばわが軍は2万も満たない。今、援軍でこちらに駆け付けている兵は総勢5万はくだらないと聴いている。
その者たちが手を組んでわしを討伐しようとたくらめば余の命は危ぶまれる」
「そのような事はまさか」
「さきほどおまえが申したとうり、援軍に来た兵はジークフリードの指揮下に入っている。
わしの兵だ、おまえの兵ではないぞ、兵は寄こせぬ」
「何をおっしゃっているのでしょうか叔父上、ご子息です。
こちらへ向かって来ている援軍はザンブグルムの友軍です。
裏切る事などめっそうも御座いません」
「ふん、それはどうかな、それはおまえが思っているだけで他の者たちはわからん。
おまえが他の者たちと合流し、わしを撃つ算段を付けているのかもしれない」
「そんな事はめっそうも御座いません」
「どうだかな、この時期にいかにゴルゴダの街が手薄になったとしても獣人たちが襲うとはわしは到底思えぬ、わしとじかに契約をかわしている魔神獣ガイデアがいるのだからな。
それに街が襲われているなどの報告はわしは聞いておらん。
おまえと息子たちがでっち上げた策ではないのか。
わしの首を取るために、兵を下げる口実には盛って良い話だぞ」
「そんな事は絶対ありません、信じてください叔父上」
「貴様の言う事など信じられん。
それになわしの耳にはこのようなうわさが入っているぞ。
市中では国民を見捨て真っ先に逃げ出した愚王だとな、戦いに勝てたのはたまたま運が良かっただけではないかと」
「そんな話がお耳に」
「おまえの耳にもはいっておったか」
「いえ、めっそうも御座いません」
「わしはこの国の国王だ、バカにしおってからに、このような状況でなければ街の住民を皆殺しにしているわ」
「誰がそのようなうわさを、そのようなうわさを流した者を取り締まりたいと思います」
「ふん、別に良いわ、兵は出せぬ、それだけだ」
「そ、そんな叔父上、今兵を戻せばわが、わが民は助かるかもしれませんのですぞ、ご再考を、ご再考をお願いします」
「ならぬ、それよりスピリッツおまえ、そんな程度の事でわが食事を邪魔したのか、痴れ者め」
「そ、そんな事だなんて叔父上あんまりです。
25万の、25万の民がゴルゴダの街に居るのですぞ。
…… …… ……。
わ、私は今すぐ兵を引き連れ戻ります。
失礼します叔父上」
「ジーク、殺れ」
「はい」
ジークフリードは素早く動き帯剣していた短剣を抜き、スピリッツの背中へ突き刺した。
背中から心臓を一突きで貫く。
「ジーク、叔父上なんて事を ……愚かな」
そう言ってスピリッツは絶命した。
「愚かだと、きさまもバカにしよってからに」
「……スピリッツ殿、もう少しましなうそを付いては良かったのではないでしょうか?
いかにファング帝国とのいざこざがあっても、魔神獣ガイデアの保護下のあるわれわれを獣人たちがゴルゴダの街を襲う訳がないではありませんか、そんなこと子供でもわかるうそでしょう。
あの魔神獣ガイデアの恐ろしさは獣人たちが良く知っている。
報復の怖さを身に染みているのですからね、父上これで良かったのでしょうか」
「ああ、それでよい、ファング帝国の侵略にかこつけて謀反をたくらむ算段だったのであろう。
今から援軍に来る他の者たちにも気を付けておけよ」
「わかりました、父上」
「皆の者、スピリッツは突然の病死をした、間違いないな」
「ハハッ、国王陛下の仰せのとおりです」
ザンブグルム国王の臆病と無能さが露見した事件であった。




