第1の扉:パーティーへの招待
「……ロンド……」
男は、小さく洩らした。
暗幕に、光をいっさい遮断された部屋のなか。彼は膝を抱えこんで、じっと"見えるはずの何か"に目を凝らしていた。
今日も、来ない。
暗闇という空間に、僕はいつも独りぼっち。広くて狭い場所で、息をひそめて待っている。
……君は、まだかな。
黒の支配下にある空間に、ふと光が灯った。
「おはようございます、ネル先生」
彼に声をかけたのは、望む待ち人ではなく、館の執事だった。
ネルと呼ばれた男は、少しばかりむっとして執事を睨む。
「何だ、君か。ノックもせずに」
刺々(とげとげ)しい雰囲気に眉ひとつ動かさず、執事は持っていた燭台をテーブルに置いた。
闇に隠れていた家具や装飾が、ぼんやり浮かび上がる。
「邪魔しないでくれ」
ネルは、置かれた燭台を鬱陶しそうに見つめた。
それから、微かな光でさえ自分の世界を壊すのだ、とでもいうように、目を細める。
「お身体を壊しますよ。さあ、朝食の席へいらしてください」
執事は、膝を抱えこんでいるネルの前にしゃがみ、蝋燭に照らされた彼の顔を覗き込んだ。
「食事など、摂らなくても死にはしないよ」
ネルは少しばかり声を低くして、相変わらず迷惑そうにしている。
「確かに仰る通りですが、たまには旦那様にお顔をお見せになっては、いかがでしょう?」
「ふん、やだね。僕はあんな訳のわからない奴を、主人だなんて認めてないよ」
その言葉に、執事は苦笑した。
貴方様だって、十分に訳のわからない方でいらっしゃると思います。
それを口には出さず、執事は立ち上がった。白い上質の手袋を填めた手で、彼は置いた燭台を再び持つ。
座り込んでいるネルの顔が、蝋燭の灯りを免れ、少し翳りを帯びた。
「仕方がありませんね。気が向いたら、いらしてください」
苦笑混じりの呆れた声に、ネルは機嫌を損ねるようすもなく、
「気が向いたら、ね」
と、勝ち誇ったように答えた。
全くいつものパターンだ。
「では、失礼いたします」
そう残して執事は去り、僕は光のない闇のなかでまた、君を待ち続ける。
今日も、その繰り返しの筈だった。
「──と、本来なら失礼させていただくところですが。今日ばかりは、そういう訳にもいかなくなりました」
執事は口元に微笑を浮かべながら、穏やかに、やや低い声で言った。
いつもとは違う彼の雰囲気に、ネルはぴくりと背筋を震わせる。執事の声は、穏やかながらも、有無を言わせぬ圧迫感を感じさせた。
「な、なんだって言うんだ?」
虚勢を張ろうとして失敗したネルが、掠れた声を出す。
執事は微笑を崩さずに、彼を見下ろした。まるで東洋の幽霊じゃないか、とネルは思いつつ、蝋燭の灯に浮き上がった執事の顔から目を逸らす。
不気味な演出で微笑みながら、執事は愉快そうな口調で言った。
「何せ、今日はハロウィンパーティーですから」
「…………は?」
ザ・東洋・ゴーストもどき、もとい、執事は、燭台を誇らしげに掲げた。
『──紅い月が笑う宵闇には、
君への招待状が届くことだろう。
さあ、黒に身を包んで出掛けるがいい。
僕はあの場所で待っている』
──ヴェルベット・アプリコット手記より
To be next door...




