Episode27
「ボクさ、間違えていたのかな」
「さーな。 知らねえよ、んなこと。 自分で決めろ」
俺とティアレットは森を抜けた。 暗く長いガーラの森を抜けて見えてきたのは、見慣れた中部のフィールドだった。 草原とも表現できるそこが、今では少し懐かしくも感じてしまう。 そしてここからなら、真っ直ぐ歩けば今日中にはアルゴーラへと辿り着ける。
「自分で」
ティアレットは面を触りながら、俺が言った言葉を反復するように言う。 いろいろなことを思い出してでもしているのだろうか?
「そうだ。 俺はいつだってそうして来た。 正しいと思ったことしかしてねえ」
それが当たり前だ、当然だった。 かつてPKされた経験から、俺はあいつらを殺してやるのが正しいと思っている。 その目的の一部を果たした今、少しの達成感さえ得られている。 そしてそれを得られているのは俺だけではない。
きっと、ティアレットも同じなのではないだろうか。 だからこそ分からないでいるんだ。 ずっと一緒にやって来たクズレとは違う自分で、それに困惑しているのかもしれない。 もしもあの場にクズレが居たら、間違いなくティアレットのことを止めていただろう。 けれど、居たのは俺で、俺は止めない。 思うように、やりたいように、本当の自分を出せるRMTで、自分を偽る必要なんてない。 だってさ、ゲームで我慢なんて馬鹿らしいと思わないか? 好きなようにやって好きなようにしたい。 それが、俺が求めることのひとつでもあるんだ。
「でもボクにとって、みんなは大切なんだ。 みんな馬鹿だけど、ボクと一緒に遊んでくれる」
「そりゃな。 俺だって、ランカやロイフはそういうもんだ。 ……あいつらには言うなよ? 言ったら殺すからな」
「うん。 言わない。 くすくす」
「何笑ってんだよ……やっぱムカつくガキだなおい」
「ふふ。 シンヤでも、そういうことを言うんだなって」
知ったようなことを言うんじゃねえ。 俺の中には明確に、区別されているんだ。 ランカやローレイフという仲間と、ティアレットやクズレという無干渉すべき相手と、ギニョールや宗馬のように殺すべき相手が。
その他大勢は勿論「殺すべき相手」だ。 理由なんてものはない。 ただ、そこに居たら殺すべき相手となるだけ。
「あ、てかさ。 ひとつ気になったことがあるんだ」
俺の周りをくるくると回るように歩くティアレットに向け、俺は言う。 話しているときは横に並ぶから、そうして欲しいってのもあった。 周りをちょろちょろ動かれていては鬱陶しいことこの上ない。
「気になること? シンヤのことは気に入ったし、答えられることなら」
「勝手に気に入られてもな。 気になったことってのはあれだ。 ティアはさ、スキルをどんな振り方しているんだ? 普通、あんないろんな種類のサモンは出せねえだろ?」
系統をまるで無視した召喚術、それをティアレットは持っている。 思念系、神獣系、動物系に魔獣系、鳥類系にアンデッド系。 あの闇みたいな影は……俺ですら見たことがなく、そして見当が付かないサモンだ。 それほど多くのサモンを使い、そして一匹一匹は中途半端ではなく、マスター級の強さ。 それが信じられない。 普通に考えたら、起こることではない。 だとしたら、俺が知らない普通ではないことが起きているとしか考えられねぇ。
「どんな振り方……。 適当に、振れるのに振ってる」
「だから適当に振ったらあんな風にならねーだろ? スキルポイントも限度あるんだし、足りないじゃん」
俺が言うと、ティアレットは「なるほど」とだけ言い、その場で足を止めた。 俺はそれを見て、ティアレットより少し先を行ったところで同様に足を止める。 同時に振り返り、立ち止まるティアレットへと視線を向けた。
見ると、ティアはステータスパネルを操作しているようだった。 そして、俺の目の前にもパネルが表示される。
「パーティ申請? なんで今更」
言いつつ、俺はそれを受諾する。 というか、もっと早くこれは組んでおくべきだったな。 ステータスやレベルが見られるのは少しあれだが、そっちの方が確実にやりやすかった。 パーティを組んだ状態でしか使えないバフもあることだし。 俺もティアレットもそれをしなかったっていうのは、ちょいと間抜けすぎるな。
そしてパーティに入った俺の画面に、ティアのレベル、HP、MPが表示される。 丁度、視界の左端辺りにだ。
「……は? なんだ、これ」
俺のレベルは、百十。 今年の五月にレベルキャップが開放され、そこから上げた結果だ。 しかし、ティアレットのレベルは。
「百、三十二? おいティア、まさか……今年の五月にレベル九十九になったのって」
「ボク。 だからスキルポイントに余裕がある。 召喚士は、百を超えたら九十九までよりも多くスキルポイントが貰えるの」
「……冗談キツイな、これは」
俺よりレベルが上のプレイヤーに会ったのは初めてだ。 そして、この分なら……現在RMT内でもっともレベルが高いのは、こいつだ。 俺よりも更に上、それも二十二個も上だ。 次元が違うとしか言いようがない。
……ランカが腕相撲で負けたのにも、納得だな。
「まぁ、なんだ。 実力じゃ俺のが上だしな」
「負け惜しみ。 くすくす」
「だ、だってさ。 俺、ティアに腕相撲勝ったし。 だから俺の方が実力は上だ。 オーケー?」
「ノー。 ボクの方が上。 シンヤが勝てたのは、ただ雑魚を狩ってたから。 それがなかったらボクの方が強い」
「……あーそうか、そうかそうか良く分かった。 なら、今ここで決着付けんぞおい」
「それはそれで良いかも」
そして、俺はクリスを構え、ティアレットはサモンを召喚する。 結局はこうしてPKでしか分かり合えないのかもな、なんて思ったときだった。
「あー!! 居た居た! やっと見つけた!」
聞き慣れた声が、聞こえてきた。 なんだか懐かしくも感じるような、そんな声。
「……はぁ。 邪魔が入ったな」
「そうみたい。 ボクも、ちょっと悲しいかな。 くすくす」
能面を押さえて、ティアレットは笑う。 一番最初に見て感じたときなんかとは比べ物にならないほど、分かりやすいほど、ハッキリと笑っていた。
「ティアレット……無事で何よりだ……」
わざわざ歩いて出迎えに来たランカと共に、俺とティアレットはアルゴーラの街へと帰還した。 すると、そこには咲う名無しの会が全員待っていて、俺の場合はローレイフとランカが待っていて。
ティアレットの奴は、幸せそうに笑っていた。 まずそれに驚いたような声をあげたのが、クズレだった。
「……ティアレット?」
「クズレさん、面白い話がいっぱいある。 聞いて。 くすくす」
「ああ……そうだな……聞こう……」
ティアレットは嬉しそうに、あったことを話す。 俺と共に行動した二日間の出来事を。 途中で何度か睨まれたような気もするが、気の所為だと思っておこう。
「へえ、それじゃあハーメルンの奴を一人殺したんだ」
「まーな。 つっても、ただの下っ端だったけど。 あのギニョールって奴を殺し損ねたのは失敗だ」
クズレとティアレットから少し離れた場所で、俺はランカとローレイフにあったことを話した。 ハーメルンに関して得られた少ない情報も、クズレとティアレットの過去のことについては、なんとなく黙っておくことにして。
「それでね、シンヤは負けず嫌いで。 くすくす」
「……楽しかったか?」
「ふふ、うん。 面白かったし、楽しかった。 久し振りに、嬉しかった」
「……そうか」
ティアレットを囲っている仲間たちは、全員が笑っているようにも見える。 能面を付けている所為で正確には分からないけど、そんな雰囲気を受ける。 ティアレットが帰りたいと言っていた理由も……今なら分かるな。
ま、俺の場合は対して歓迎してくれねえ仲間たちだけど。
「クズレさん、笑うと楽しいんだ。 笑うと嬉しくて、幸せな気分になるんだよ。 だから、ボクは笑う」
「ああ」
クズレは、笑った。 それが俺には確信とも言えるくらいに分かった。 人はここまで、表情を見せなくても気持ちを伝えられるものなのか。 それが俺には少しだけ衝撃を与えて、言いようのない何かが燻った。
「ティアレット」
「なに? クズレさん」
そして、クズレはティアレットの頭に手を乗せる。 頭を撫でるような動作をして、クズレは続ける。
「今日を持って――――――――ティアレットを咲う名無しの会から除名する」
「……へ? クズレさん?」
「おい、クズレお前何言って……」
クズレの言った言葉の意味を、数秒経って咀嚼し、俺が柄にもなく首を突っ込もうとしたのをランカが静止する。 それはどうやらローレイフも同様で、俺の肩に手を置いた。
「ティアレット、お前には居るべき場所というのがある。 私たちのところもそうだが、もっとお前が笑える場所がある。 花のように、花が咲うような場所が」
俺が知るクズレの雰囲気ではなく、全く違った空気を出しながらクズレは言う。 もしかしたら、ティアレットが良く知るクズレはこっちの方なのかもしれない。 なんてことを思った。 こいつが過去、どんな雰囲気を纏った奴なのかは分からないが、そう思った。
「ボクは……」
「ティアちゃん、だーいじょうぶだって。 確かにギルドのアイドルが居なくなるのは寂しいけっどさ! 僕たちは咲うんだ! この面は、いつだって咲ってる」
ティアに向け、タラクモは言う。 調子よく、元気よく。
「んだな。 それにギニョールの奴が居なくなって、このギルドのマスターはクズレさんだ。 マスターの命令に逆らうんじゃねぇよ、ティアレット」
「……タラクモ、ヤコリ」
ティアは能面を押さえながら、二人のことを見る。 肩が少しだけ、震えたようにも見えた。
そして、そんなティアに向け、仲間たちは続ける。
「まあさ? ティアレットが居なくなったら俺様アイドルになれるし。 消えちゃえば俺様嬉しいし。 めっちゃ笑うし。 けど、けどね。 アルメリー泣きそう」
「……アルメリー」
くだらない。 くだらない会話だ。 こんなの、ただの馬鹿がする会話だ。
しかし、不思議と俺はそれを見ていた。 何も言うことなく、ただただ見ていた。
「何この流れ、うるさいな。 あたしは頭痛えんだって。 けどま、クズレさんが言うならそうしとけ。 あたしは前々からティアレットのこと嫌いだったからな。 死ぬんじゃねえよ」
「蓮火」
気付けば、ランカもロイフもそれを見ていた。 俺はもう、何を言おうともしなかった。 寒いはずのアルゴーラの気候は、今日に限って春のような陽気に思える。
「……」
こつんと、ミトはティアの頭を叩く。 それをティアは押さえ、肩で大きく息をした。
「くすくす。 みんな、馬鹿だ」
ティアは笑う。 笑って、咲う。 あいつは今、どんな感情になっているのだろう。 どんな気持ちで、笑っているのだろう。 それは、本人にしか分からない。 俺でもランカでもロイフでも、クズレでも他の咲う名無しの会の面子にも、それは分からない。 笑う本人にしか、それは分からないんだ。
「笑え、ティアレット。 私たちはいつでも居る。 どこにでも居る。 私たちは咲う。 花が咲くように、綺麗に咲う。 そうだろう? ティアレット」
「うん、うん。 そうだ。 ボクは、咲うよ」
それを聞き、ティアレットを除いた全員は背中を向けて歩き出す。 能面を付け、また新たな場所を目指して。
「んじゃ行きますか! 次の目的地はーサリュローザ! あそこは花が綺麗って有名だったよねヤコリ」
「だな。 花のサリュローザ、俺は一度も見たことねえから、この目で見ておきたいなぁ」
「ねぇねぇ、ここに花いるじゃん。 俺様超花じゃん。 って無視? アルメリー泣きそう」
「だから……お前らうるさいんだって……もう少し静かに歩けないのか……」
「いやいや無理無理! だってさ、だって今日くらいは元気出してかないと! ね! 蓮火ちゃん!」
「頭痛えつってんだろ……。 頭に響くんだから、静かにしろよタラクモ」
「ほら怒られた。 はっはっは! お前、そろそろマジでヤバイんじゃね? やられちまうぞ、蓮火さんに」
「基本処刑」
「基本処刑なの!? それ、ちょっと僕どうしたら良いのさー!」
馬鹿騒ぎをしながら、六人は歩いて行く。 最初に会ったときのように、騒がしく。
「……」
そんな背中をティアレットは見つめ、数秒そうしていた。 これは、あいつらなりの優しさだ。 変に別れを惜しむより、あっさりしていた方がティアも楽になれるから。 だから、あいつらはこうしている。 仲間との別れを笑って終えられるように。
まぁ、でも。 その相手がそうしたいかどうかなんてのは、また別の話だ。
「みんな。 みんな!! みんなありがとう!! みんなのこと、大好きだ!! クズレさん! ヤコリ! タラクモ! アルメリー! 蓮火! ミト! ボクはみんなのこと、絶対忘れない! だからまた会おう!!」
それは、感情を曝け出したティアレットの姿。 あいつはきっと、別れには向いてないタイプだ。 そんなことをしたら、ただ自分が辛くなるだけだというのに。
しっかし、どうしてだろうな。 類は友を呼ぶ、それはどこでもどんな場所でも、言えることなのかもしれない。 例え、ゲームの世界だったとしても。
「あーあーあ、もう最悪だよ! そんなことしたら、言われたら、このまま行くことなんてできないって!」
「……ほんと、まったくそうだよ馬鹿野郎。 クズレさん、俺無理だ。 クズレさんの命令だったとしても、俺はこのまま行くことはできねえ」
タラクモとヤコリは振り返り、ティアのもとへと駆けて行く。 そして、ティアレットの体を二人して抱き締めた。
「だからさ、花だったら俺様がいるってのに。 もう、ほんと信じられない。 あの馬鹿男たちと、それと、あの馬鹿ティアレット。 アルメリー泣きそうって、言ってるじゃん」
「チッ……頭痛えって何度言えば分かるんだ。 あたしは早くログアウトして寝たいって言ってんだろうが……まったく」
「……」
それを見て、アルメリー、蓮火、ミトもまた振り返る。 次々と、ティアレットのもとへと戻って行く。
最後に残されたのは、クズレだ。
「……馬鹿者どもが……私だけ行くわけにはいかないだろう」
その日、アルゴーラの街では盛大な宴会が開かれた。 それを知るのは、そのときアルゴーラに居た十人ほどのプレイヤーだけだという。
その宴会では、笑い声が絶えなかったそうだ。




