Episode25
「宗馬くーん、ちょいと気を付けようね。 少しさっきとは違う気がするよ」
「ういっす。 大丈夫っすよ」
宗馬とギニョールは天井に空いた穴から、それぞれが中へと入ってくる。 俺たちが居たホールはだいぶ開けているものの、少し暗いな。 距離はあって精々十メートル程度か。
「さぁてさてさて。 俺はやっぱそっちのシンヤ君とやりたいかな。 ってわけで、宗馬君はそっちの召喚士の方オネガイね。 良いかなそれで」
「分かりました。 元は俺が殺し損ねた奴っす、俺が殺ります」
その言葉を受け、宗馬はティアレットの前へと立つ。 俺も俺で、ギニョールの前へと立った。 二人の距離は開いており、それぞれが戦うには充分なスペースがある。 別々で戦う分には問題がなさそうな距離だ。 俺とギニョール、そしてティアレットと宗馬……ね。
「良いのか? 俺とサシで。 勝ち目ねーぞ、お前」
「ま確かにねぇ。 けど場数で言えば俺の方が上だし、余裕かなっ? くくく」
ギニョールは不敵に笑うと、服の内側から五本のクナイを取り出す。 使い捨ての武器をメインとしているのか。 基本的に威力は高えから、用心しておいた方が良いだろうな。 残数が分からない点では厄介だが、それが尽きれば有利な立場になるのは俺だ。
「あっそ、言ってろ」
さ、て、と。 俺は首を回し、宗馬を見る。 十、十二……十五メートルくらいか。 よし、あっちから殺そう。
「ん?」
俺が飛び出したのを見て、ギニョールは顔だけを向ける。 自分とは明らかに違う方向に飛び出したのを疑問に思ったのだ。 だが、その時点で反応は間に合わない。
「おら死ねクソガキ」
クリスを抜き、宗馬の首目掛けて振る。 宗馬は寸前でそれに気付き、回避した。 ……いや、多少は入ったか? だけど、浅いな。 これじゃあ出血ダメージも望めないか。
「っと! ちょ、なんすかそれ!? 別々で戦う流れだったじゃないっすか!」
「ああ? なに言ってんの馬鹿かよ。 対人でタイマンとか、コロシアムでも行ってろ。 ばーか」
誰がそれぞれタイマンするなんて馬鹿なことを容認するか。 PKにルールなんて存在しねーんだよ。 どれだけ逃げ回ろうが、どれだけセコい真似をしようが、最後に殺した奴の勝ちだ。 最後に殺した方が笑うだけだ。
「それじゃあ俺も」
後ろから声が聞こえた。 数メートルの距離ではなく、すぐそこからだ。 俺は咄嗟に宗馬の剣を弾き、後ろを振り向く。 すると、ギニョールは既にクナイを俺に放り投げていた。 距離が近すぎる、やべえな。
「ソート・サモン」
が、振られたクナイは俺の顔寸前で停止する。 目を凝らすと、そこには揺れる何かが居る。 まるで幽体のような……。
「思念か。 んー、面倒だね」
思念……そうか、思念系のサモンか。 ってことは、ティアレットのスキルだ。 あいつ、思念系も使えるってのはどういうことだ? 普通、召喚士は一系統のサモンを極めるのが基本だが……。 前に使用していた幻獣系のモンスターも相当なスキルレベルでしか出せない奴だったはずだ。
「余所見厳禁っすよ」
そして、次に振られたのは剣。 俺の背中目掛け真っ直ぐ振り下ろされるそれを、俺は見ずにクリスを構える。
「ハンデだよ、ハンデ」
甲高い音が鳴り響き、宗馬の剣が止められたのを理解した。 動きは素早いっちゃ素早いが、まだ感覚で抑えることはできるな。 って考えるとこの宗馬って奴はAGI重視のSTR型騎士か? 動きの軽快さ、そして一発の重みがそれを感じさせる。 宗馬だけなら正直目を瞑ってでも殺せる程度だが、厄介なのはやはりギニョールの方か。 場慣れしているという点で見ればこいつらは同程度ではあるが、圧倒的なレベル差は存在する。 そして、感覚だけで言えば俺も似たようなもんだ。
「っと。 良い振りだな、悪い騎士じゃねえ」
距離を二歩、三歩と飛び、距離を作る。 丁度、俺とティアレットで二人を挟む形となった。 やはり、殺しやすさで言えば宗馬の方だな。 あいつさえ殺ってしまえば、俺とティアレット二人でギニョールを殺るのも容易い。
「そりゃーどうもっす。 あんたも中々早くて面白いっすね」
「んー、テメェが遅すぎるだけだよ。 なぁ、ティア」
「ボクは戦ってるときにあまり話したくない。 黙って殺るの。 くすくす」
そこは合いそうにないな。 ま、元々あんま喋るタイプにも見えねえけど。
「召喚士ってのはさーあ。 物理にとっても弱いよね。 くく、なら先にあっちからだ」
ギニョールは言うと、ティアレットの方へと飛んだ。 俺は咄嗟にそれを追いかけるも、宗馬が立ちはだかる。
「通りたくば俺を倒せーって感じっすかね、これは」
「わりーが、通らせてもらう。 お前の相手はあとな、先にあっちを助けなきゃならねぇ」
地を蹴った。 同時に、速度を少し上げる。 全開の七割ほどの速度だ。
「ッ!? って、それ反則じゃないっすか!?」
「ならもっと鍛えとけ」
宗馬を完全に無視し、俺はティアレットのもとへと向かう。 つーか、宗馬の野郎あんなことを言いながらしっかり合わせて来やがったな。 振られた剣が、体を掠めそうになっていた。 あと一割でも落としていたら、捉えられていたか。
「グロウエッジ」
「取らせねえよ、そこは」
スキルを混じえて攻撃を加えるギニョールのクナイを、ティアレットの顔寸前で止める。 その攻撃そのものは軽いが、速さはやはり尋常ではないな。
「……」
その一連の出来事に対して一切動揺せず、ティアレットは次の行動へと移っていた。 サモンの詠唱だ。
ていうか、こいつ……俺が攻撃を止めるのが分かっていたのか? なんてことを思いながら、ティアレットのことをチラリと見る。 一切の焦りもなく、ティアレットは既に詠唱を終えようとしている。 ギニョールがティアレットの方へと向かった瞬間に詠唱を始めなければ、間に合う速度ではない。 そしてギニョールの攻撃をまともに食らえば、柔い召喚士じゃワンキルされることだってあり得る。 なのに、ティアレットは詠唱を始めていたのだ。 俺のことを信頼して……というわけじゃないな。 ティアレットは俺の速度を理解した上で、その詠唱を始めたのだ。
驚くべきはその理解の早さだ。 俺とまともに戦ったこともなければ、俺の早さを完全に見切れたわけでもないだろう。 なのに、ティアレットはほぼ正確にその数値を出し、間に合うと判断して無防備な状態へと移行しやがった。 まったく舐めた真似をしてくれる。
それに……この冷静っぷりはやべえな。 敵じゃなくて良かったよ、本当に。
「んー、参ったな。 攻撃がまともに通らないかぁ」
「デス・サモン」
「んあ?」
そして、ティアレットが詠唱を終え、地面に手を付く。 すると、現れたのは死神だ。 これがあの日、ティアレットが数十人を殺害したときに出したヤツか。 間近で見るのは初めてだが……大分ヤバイな、これも。
「くすくす。 殺しちゃおう、殺しちゃおう。 楽しい楽しい」
笑い、ティアレットは言う。 そしてその死神はギニョールへと襲いかかった。 独特な唸り声のようなものをあげ、鎌を振り上げ振り下ろす。
「あ、ら。 っと」
振られた鎌は俺が目で追うことすら難しいほどの速度。 それはギニョールとて同じで、反応しきれずに顔を切られた。
「うおーマジっすかこれ。 かっけー、俺も召喚士にすれば良かったって後悔っすよ」
「これヤバイね。 宗馬君、いける?」
ギニョールは死神と距離を取ってから、宗馬に声をかける。 すると、宗馬は「うっす」と返事をし、詠唱を始めた。
「……詠唱? 騎士が、か?」
騎士のスキルは通常、詠唱を必要とするものではない。 全てのスキルが即時発動型で、無詠唱で行われるそれだ。 だが、今宗馬は確実に詠唱をしている。 だとすると、スキルではない? なんらかのアイテムか?
「シンヤ、あいつを止めて。 ふふ」
「ん、なんか不都合ってことか。 りょーかい」
背後に居たティアレットの声を受け、俺は宗馬へと向かい走る。 だが、その途中にギニョールが割って入った。
……こいつの場合は、さっきの宗馬のようには抜けねえな。 さて、どうする。
「ねえねえ君たちさ、うちへ入る気ない? 強いし、PK好きそうだし、傀儡さんも許可してくれると思うんだけどなー」
「良いぜ。 けど、全員俺の下へ付け。 その傀儡って野郎もな」
「くくく! それは無理な相談だね。 ざーんねん」
よし、行け、行け、行け。 ギニョールの背後で宗馬が詠唱し、そこへ襲いかかるのはティアレットの死神だ。 どうやらティアレットの狙いは、最初からこれだった。 俺を囮に使ったのはウザいが、結果的にこれは良い方向へと傾いている。
「くすくす」
ティアレットの笑い声とともに、死神の鎌が振られる。 それは曲線を描き、宗馬の首にかかる。
「――――――対魔法式発動。 うっはぁ、ギリギリっすね」
「……おいおい、やってくれる」
その直前に、宗馬が詠唱を終えた。 そして発動したのは、高級品である対魔符と呼ばれる物だ。 周囲数十メートルの範囲に存在する魔法物を消し、使用できなくするアイテム。 効果は数十秒だが、完全に対人用に作られたアイテムだ。
価格は一枚十万ルピル。 俺の約十ヶ月分の食費である。 無駄な金を使いやがって……気に入らねー野郎だ。
「魔法詠唱不可。 シンヤ、少しこれは部が悪いね」
「いーや、そうでもねーさ」
このまま競り勝てれば良かったんだけどな。 こうなったら仕方ねえ、手の内を晒す真似は最低限に抑えたかったんだけど。
「さ、どうする? そうだそうだ、シンヤ君。 そこに居るティアレットを殺してみる? そうすれば、君は見逃すよ。 くくく」
「あは……あははははははは! 面白いこと言うね、お前。 そういうのも悪くはねーが、残念ながら俺も最低限のプライドってのは持ってるんだよ。 それに、今この一瞬だけでもパートナーとして動いている奴を殺す真似なんて、しねえんだよ。 それに」
別にその案に乗ってやっても良かった。 ティアレットを殺すのに、躊躇いなんてものはきっとない。 最低最悪の状況の中で生き延びられるのなら、殺る価値だって確かにある。 だが。
「ここでティアを殺すより、てめぇらを殺した方が俺は楽しいんだよ」
「……くすくす」
俺の言葉を受けて、ティアレットは笑う。 それは今までのと何か、どこかが違うような笑い方だった。
それを聞き、俺はティアレットの前にしゃがみ込み、顔に視線を合わせる。 そして頭の上に手を置いて、聞いた。
「な? 笑うと楽しいだろ? こんな状態になっても、余裕で楽しいだろ?」
「うん」
言い、ティアレットは能面に手をかける。 そして、その能面を――――――外した。
一番最初に思ったのは、綺麗な目をしているということだった。 俺が見た中で、リアルでもRMTでも、ここまで綺麗な目をした奴は見たことがない。 髪と同じような暗めの彗眼で、真っ直ぐに俺を見つめていた。 吸い込まれてしまいそうな目というのは、こういうことを言うのだろう。
顔立ちは少し幼さが残るものの、整っていた。 ゲーム内だからいくらでもいじれはするものの、俺が感じた限り、決して作り出せないような顔立ちだったのだ。 人形のようで、命を感じる顔。 俺は思わず、息を呑んだ。
「楽しいよ。 本当に楽しい」
その顔で、ティアレットは笑う。 子供っぽく、無邪気に笑う。 それで我に返った俺は、もうひとつ質問を重ねることにする。
「んじゃもうひとつ。 PKは楽しいか?」
「もちろん。 くすくす」
口元を押さえ、ティアレットはまた笑った。
「良い返事だ。 そろそろ疲れたしな、とっとと帰るか。 俺もランカに怒られるだろうけど、ティアもクズレに怒られるだろうな」
「大丈夫。 クズレさんは優しいから。 ふふふ」
「あーあー、俺もクズレのとこが良かったよ。 まぁ、また違った楽しさもあるけどさ。 なぁティアレット、俺たちのところに来る気はねーか?」
「……それはクズレさんが許してくれないよ。 だから考えておく。 くすくす」
「そうかい」
言って、俺はギニョールと宗馬に視線を向けた。 こいつらがどうして俺に攻撃を加えてこなかったのか、どうして隙だらけの俺を攻撃しなかったのか。
「……何をしたんすか?」
宗馬は一歩後ろへ下がり、俺へ尋ねる。 ギニョールは警戒したように、俺のことを見続けている。
「なにって、やれば分かるさ」
言って、俺はギニョールとの距離を詰めた。 さっきよりも、数倍の速度で。
「ッ!?」
「すげえな、避けるのか」
本能的に、こいつらは俺に攻撃をしなかった。 俺がクリスのオプションをひとつ加えたことで、察したのだ。 動いたら殺られることも、逃げられないことも。
「参った。 これはこれは勝ち目がないね。 んー、逃げるのも難しいかな」
初めて声に多少の揺れが感じられる。 追い詰められ、手がない。 それを理解するのに数秒も要らなかった。
「どうするんすか、ギニョールさん。 このままじゃ殺られるっすよ」
ギニョールはまず始めに、天井近くへと駆け上がった。 そしてそこから、最初にティアレットに視線を向ける。
「二十……二十五か」
そう呟くと、次に俺を見た。
「ゼロだね、これはゼロ。 奇跡が起きて一ってとこかな」
再び呟き、そして最後に宗馬へと視線を向ける。
「八十か。 よし、ならそうしよう」
そしてそこで、視線が止まった。
なんだ、なんの数字だ? こいつは今、何を考えていた?
「シャドウモビリティ」
指先を動かし、ギニョールは言う。 それは行動を制限するスキル、影縛りと呼ばれるスキルだ。 その対象は俺でもティアレットでもなく、宗馬だ。
「へ? ちょ、ギニョールさんなにしてんすかぁ! この場面で誤爆はキツいっすよぉ!」
「ん、くくく、違う違う。 違うよ宗馬君。 二人じゃ勝てないし、かと言って逃げられない。 だから君には囮になってもらおうかなって。 そうすれば俺は生きられるでしょ?」
「……は、ちょ、なんすかそれ!? 俺が囮!?」
「うんそうそう。 最後のお仕事、ヨロシク。 くく。 シンヤ君、またいつか会おう。 次はどっちかが死ぬまで、最後までね。 それじゃあ、バイバイ」
そして、ギニョールは去って行った。 残されたのは、俺とティアレット、そして顔が絶望に染まった宗馬だけだった。
「追うのも少し面倒だな。 今別行動すんのは得策じゃねえ。 なら、仕方なしってとこか」
言い、俺は宗馬の顔を見る。 良いな、良い良い。 最高だ。
「あは。 俺らとイイコトしようか、宗馬くん」




