Episode24
「や。 久し振りティアレットちゃん。 元気してた?」
その男は俺とティアレットの前に立ち、片手をあげて言う。 慣れ慣れしい性格で、一見すれば善良な奴にも見える。 が、こいつは間違いなく俺のことを殺そうとした。
いや、ちげえ。 殺そうとしたのは――――――俺たちだ。 あのクナイには明らかな殺意が込められていた。 俺と、そしてティアレットを殺そうという殺意が。
「マスター、この人は違う。 今は、一時的に仲間だから」
「ああ、そうみたいだね。 知ってる知ってる」
言い、マスターと呼ばれた男は両手を広げた。 その動作に気を取られた瞬間、男は足を蹴り上げる。 地面を削り、俺たちに何かを飛ばしたのだ。 黒い影のような物がそこから飛び出し、俺とティアレットを貫こうと向かって来ていた。
「避けろッ!」
咄嗟にティアレットを押し飛ばす。 こいつは確実に反応できたはずなのに、避ける動作をしなかった。 そしてティアレットを押したその腕に、違和感を感じた。 顔は男に向けたまま、視線だけを一瞬腕へと俺は移す。
……仕込みナイフ、か。 クソ、俺は一体何をしているんだ。 ティアレットを庇わなければ確実に避けられた攻撃だった。 だというのに、無駄なダメージを負う羽目になっているじゃねえか。 思いながら、俺は腕に刺さっていたナイフを引き抜く。 そしてそれを放り投げると、そのナイフはすぐさまデータとなって消滅した。
大体……だな。 こんな奴、見捨てれば良いんじゃないのか。 仲間じゃねえし、もっと言えば敵だ。 今はただ、休戦しているだけだろうが。 俺は一体、何をしたいんだ。
「マスター? マスター、この人は違う。 ボクがドラゴンに連れて行かれたのを追いかけてきたんだ。 それで、今はクズレさんのところに戻る途中で」
「ああ、知ってる知ってる。 だからさ、殺しに来た。 殺しに、もうそろそろ良いかなって。 ほら、良い声してるし」
男は言うと、能面を取る。 ギルドの象徴でもある能面をあっさりと捨てたのだ。 そして、そこに居たのは切れ目の男。 右頬に傷があり、そして。
左側の顔には、笛を吹く骸骨。 こいつ、このマークは。
「どうもどーも初めまして。 ハーメルンの殺人鬼幹部、ギニョールと申します。 君は確かシンヤ君だったね、南部の方まで噂は来ているよ」
そうだ。 思い出した。 あの男……ビスクもそのマークを体に施していた。 ビスクのマークは首に、そしてこの男は顔に。
ハーメルン、幹部。 こいつが、ハーメルンの五人の幹部の内の一人か。 そうだな、会いたかった。
「あは、あはは」
笑ったのは、俺だ。 やべえよ、おい。 やべえやべえやべえ! 会いたかった奴の一人に会えた! ああ、嬉しくて嬉しくて狂っちまいそうだ! この日をどれだけ待ったか、どれだけ心待ちにしていたか。 ある意味で、幸せだ。
「なぁなぁなぁなぁ殺させろよ、俺にッ!!」
周りの風景が全て消え、その男……ギニョールだけが見えた。 ティアレットの姿も消し飛び、目の前に居るギニョールのみが見えた。 どこを、狙おうか? いやまぁ、とりあえずだな、とりあえずは。
そのまま俺は、直立状態のままで足に少しの力を入れる。 あいつを殺そう。 刺して、苦しめて殺そう。 俺のクリスは痛いんだよ。 知ってるか? 俺のクリスの痛みをさ。
距離は詰まる。 僅か十メートルほどしかなかった距離が一瞬で詰まり、眼前には敵の姿。 俺はクリスを腰から引き抜き、振るった。
「ッ! っと、ちょっとギニョールさん、せめて避けようとはしてくださいよ。 俺が大変じゃないっすか!」
「あ? あは、誰だお前。 邪魔すんなよ、なぁ」
二人目。 剣を持っていることから、騎士か。 良いや、こいつも殺そう。 どうせ仲間だ。 そうじゃなくても、別に良い。
「お、ティアレットさんまだ生きてたんすねぇ。 ははは」
「……宗馬」
ん、ああ、そういや聞いたな。 クズレが話した、騙してきた奴だ。 こいつが確か、クズレとティアレットを嵌めた張本人だったか。
「なんで。 マスター、どうして? ボクとクズレさんを助けてくれたのに」
「助けた? ああ、咲う名無しの会のこと? いいやそうじゃないって。 助けたんじゃなくて、飼っといたんだよ。 折角見つけたオモチャだし、まだまだ君もクズレも壊れそうだったから。 アーベルトが殺されて俺が受け継いだんだよ」
ギニョールはニタニタ笑い、続ける。 俺は一旦退き、ティアレットの傍まで下がっていた。 宗馬と呼ばれた野郎は防御メインって感じか。 で、対するギニョールが攻撃担当だな。 さて、どうやって隙を作ってどうやって殺そう?
「まそうは言っても元を辿れば俺の指示。 けどそうした甲斐もあったよね? こうして、ティアレットもクズレも二回騙された。 う、くく。 滑稽すぎて、馬鹿すぎてお腹痛いよ」
「だま、した。 ボクを? クズレさんを? どうして」
ティアレットの言葉が理解できていないように、ギニョールは首を傾げる。 数秒そうしたあと、ようやく理解したのか、口を開いた。
「面白いから。 仕返しするべき相手を慕ってた君たちが。 たまたま路頭に迷っていた君たちの前に現れた俺。 ならば一緒にギルドを立ち上げようと提案する。 クズレはチケットをそのとき持っていたから、俺は復讐しようと提案する。 実に感動的な話だ。 くく、くくくく!!」
「……まただ」
ティアレットの呟きは、ギニョールには聞こえない。 宗馬にも聞こえていない。 その場に居て聞こえていたのは、俺だけだ。 俺はそこで、ようやく頭が一瞬にして冷えた。 だが、冷静でいられるかどうかはまた別の話。 もう一度剣を交えてしまえば、理性すら吹っ飛んでしまいそうだ。
「誰が悪いの。 ボクは悪くない。 クズレさんだって、悪くない。 なのにどうしてだろう」
「ずーっと、ずーっと俺の手の平の上で君らは踊ってた。 馬鹿だよねぇ、惨めだよねぇ。 君らほど騙し甲斐のある奴はいないよ。 騙されて、また騙されて、最後は殺される。 くくく、最高のハッピーエンドだ」
「……クズレさん、ボクはもう分からないよ」
ティアレットが言ったそのとき、俺は自分が死ぬと直感した。 あり得ないほどの殺気と殺意が、俺の体にまとわり付いた。 ゲーム内で、現実の死を連想した。 ティアから放たれたそれは、まるで死そのものだ。 このガキ、一体何をやる気だ? ティアレットが今から出そうとしているのは、なんだ?
だが、逆にそれが俺を冷静にさせた。 自分よりヤバイと認識できる奴が居るそこでは、逆にこっちは冷静になれる。
ティアレットは見境なく殺す気だ。 このままでは、あいつらどころか俺も死ぬ。 あいつらが死のうがどうでも良いが、俺が死ぬのは却下だ。
「……クッソ」
すぐにその場を離れるパターンを脳内に浮かべる。 が、俺はそれでも生きられない。 ティアレットの攻撃からは間違いなく逃れられない。
ならば、ティアレットを殺す。 それも間に合わない。 一撃で仕留められるとも思えない。 仮にもこいつは、ドラゴンに掴まれて相当なダメージを負ったはずなのに、生きている。 一撃じゃあ沈められない。
だったら、俺は。
「あら? 逃げるの?」
俺はティアレットを抱え、走り出した。 そのおかげで何かを召喚しようとしていた詠唱はキャンセルされ、ティアレットは何も言わない。
そして、後ろから聞こえる声を無視し、俺はティアレットを抱えたまま森の木々の中へと消えた。
「おい、さっき一体何を出そうとしたんだ?」
「……」
あれから俺はティアレットを抱えたままで森の中を全力で走り、ようやく見えた洋館へと姿を隠していた。 内装はボロく、いつ倒壊してもおかしくはなさそうだ。 俗に言う廃墟ってやつだろう。
「無視かよ」
言いながらティアレットを一瞥したあと、天井を見つめる。 大きく空いた穴からは、空の色が見えていた。 恐らくはティアレットの心情とは正反対な、真っ青な空だ。
ティアレットはひと言も喋らない。 ただただ、ボーっとしているだけだ。 その能面が多少ズレて口元が見えているというのに、気にしている素振りすら見せない。
「逃げ切るのは無理だ。 相手は二人で、両方ともAGI振り。 あの宗馬って野郎は雑魚だが、ギニョールって奴は相当つえーな。 俺と同じくらいの速さがある」
「……」
「……くっらいガキだなお前も」
言いながら、俺はティアレットの前でしゃがみ込む。 ティアレットは一瞬だけ顔をあげたが、またすぐに降ろした。
「ゲームはつまんねーか? なぁ。 聞いたぜ、ティア。 お前病気なんだってな」
「……」
「それでつっまんねえゲームをこうしてやってんのか? リアルの病気を治すために。 つまんねーことで、つまんねー考えをして、つまんねー仲間と一緒にゲームやってんのか?」
「……うるさい。 クズレさんたちは関係ない」
「お、ようやく喋った。 なんだ、ショックで喋れなくなっちまったのかと思ったよ」
ティアレットは俺の顔を見た。 口元は、少し歪んだ気がした。 そして、ティアレットは地面に付いていた手で拳を作る。
「黙れ。 シンヤには分からない。 ボクのことも、クズレさんたちのことも。 今居る皆は、クズレさんが集めたんだ。 みんな、クズレさんのことを慕っている」
「でもさー、結局まーた騙されてるじゃん。 人を疑わねえからそうなるんだよ。 少なくとも俺ならあんな奴には騙されねえ」
笑って俺は言う。 それを見て、ティアレットは能面の位置を元に戻した。 何も感じず、何も思わず、何も表さないその素顔を隠した。
「その面も、クズレが考えたんだろ。 お前の表情を隠すために」
「……だったらなに。 ボクは、気に入ってる」
「別に。 ただ、後ろ向きだなって思っただけだ。 俺が知ってる奴は、自分が数年後に死ぬって知ってるのに前しか見てねえよ」
あいつは、そうだ。 決して後ろを見ない。 病気ってことが嘘なんじゃないかって思うほど、顔に出さなければ態度にも出さない。 ましてや、その病気を治すことをただの過程とさえしている。 目標ではなく、夢を叶えるための過程だと。
「ボクはそこまで強くない。 それはクズレさんも分かっているから、こうしているの」
「ふうん」
言い、俺はティアレットに笑いかける。 さて、どうしたものか。
俺は、別にこいつを助けるつもりもなければ救うつもりもない。 見ず知らずの、昨日今日知り合ったばかりのガキを助けるほど、人間としてできちゃいない。 俺がすんのは、いつだって自分本位で自己中な行動だ。 今回のこれだって、ティアレットが戦う意志を明確に持たねえと負けるからだ。 俺一人であの二人の相手は正直言って荷が重い。 何より、クリスの力を全て使う相手でもねぇ。 ここで全てを出し切るくらいなら、ハーメルンを殺すことは不可能だ。
――――だったら、俺も対価を払おう。
「俺は、親に捨てられた」
「……いきなりなに」
「ただの独り言だよ、聞き流せ」
もう一度、俺は笑う。 ティアはそれを見て「そう」とだけ返した。
「施設に居てな、世話になった人が居るんだ。 ま、兄みてえな感じだったかな。 俺が泣いたときとか機嫌わりいときとか、怒られたときとか理不尽な目に遭ったときとか、いっつも話を聞いてくれた。 そんで、こう言うんだ」
もう二度と会えることはないが、俺はその言葉を忘れない。 ひとときも忘れたことがない。 今までずっと、俺はしっかりと覚えている。
「笑えって。 そうすりゃ、悲しいこともつらいことも全部吹っ飛ぶ。 最悪なときでも、ドン底にいるときでも、笑うんだ」
「笑えない人も居る。 ボクは、笑えない」
「いいや違うね。 ティアは笑えないんじゃなくて笑ってないだけだ。 笑おうとしてねーだけだ。 俺にそれを教えてくれた人は、事故で死んじまった。 慕われてた人でな、葬式ではみんなワンワン馬鹿みてえに泣いてた。 けど、俺は笑ったぜ」
「神経を疑うね、そんなの」
相変わらず、言いたいことを言うガキだなこいつ。 頭を叩きたくなる衝動に駆られるが、ここは我慢。
「勿論すっげー怒られたけどな。 でも、気分は晴れた。 笑うと、楽しくなってくる。 面白くなってくる。 嫌なことも、そうじゃなくなる。 なぁ、ティア。 もう一度聞くぞ」
俺は笑って、ティアレットに尋ねる。 一番最初の質問をもう一度。
「このゲーム、楽しいか?」
「……楽しいよ、楽しい。 そうじゃなかったら、やってない」
「なら、笑えよ。 んなつまらなそうな顔してたって、面白くはならねーよ。 それを知ってるから、昔は笑ってたんだろ。 少なくとも今だって、俺は楽しいぜ。 強い敵が現れて、そいつと戦える。 こんなに嬉しいことはねーよ。 だろ? どんなときでも、笑っちまえば良い」
「どうして、ボクにそこまで構うの? ボクとシンヤは仲間じゃないのに」
「あ? そんなの決まってるだろ。 ティアがこのまま戦う意思出さないと俺まで死ぬからだよ。 俺ってほら、こんなところで死ぬ奴じゃねーし? ティアもそうだろ」
俺は続ける。 思ったことをそのままに、俺が感じることをそのままに。
「なぁティア。 PKは好きか?」
「好きだよ。 だからやってるんだ」
迷いがない口振りだ。 それを知っていて、それが好きだからやっている。 それが嫌いでやっている奴なんてのは、この世界には存在しない。
「ティアがどんな考えでやってんのか、どんな気持ちを受けたのか、んなのは知らねーけどさ。 俺たちプレイヤーキラーは他の奴らが笑えないところで笑うもんだ。 人を殺して笑うのが俺たちだ。 そりゃあもう一般的に見たらわりいことかもしれないけどさ」
だから俺は笑う。 いつだって、笑ってやる。 少なくとも、この世界に居るときだけは。
「他の奴らが笑わないとこで、笑えるのが俺たちなんだよ。 なのに笑わないなんて、勿体ないと思わねーか?」
俺の言葉に、ティアレットは立ち上がった。 俺を見下ろすような形になり、そして能面の隙間からティアレットの口元が見えた。 そして、その口元は――――――笑っていた。
「……くすくす。 そこまで本音を言うなんて、馬鹿だよ。 ふふ、ふふふ。 でも、そうだね。 勿体ない……か。 ふふ」
「なんだ、笑えるじゃんか」
俺も立ち上がり、ティアレットの頭に手を置いた。 ティアレットは口の辺りを両手で覆い、くすくすと笑う。 楽しそうに、嬉しそうに、面白そうに。
「クズレさんだったら、絶対そんな酷いことは言わないよ」
「そりゃそうだ。 俺は俺であいつはあいつだ。 で、どっちがティアらしいかを決めるのは、自分自身だよ」
「そうだね。 決めるのはボクだ。 楽しい……くすくす。 シンヤ、あいつらをやっつけよう。 面白いかな? それ」
「ったりめーだろ。 そりゃもうめちゃくちゃ楽しいぜ。 ティアも知ってんだろ?」
どういう道を辿ったとしても、プレイヤーキラーがひとつだけ思うことがある。 どんな奴でも、それだけは変わらない。
「うん、知ってる。 ふふ、やっちゃおう」
それが、対人の楽しさ。 PKの楽しさだ。 そこにはNPCと戦うには絶対に得られない面白さが、存在する。
「くすくす。 楽しみだよ」
そうだな、そうしよう。 久し振りのタッグ戦だ。 召喚士と一緒に殺るのは初めてだが、俺は特に問題とは思ってねぇ。
それよりも、こんだけ強い奴と一緒に殺れるってのが、楽しみで楽しみで仕方ないんだ。
「っと。 いたいた。 宗馬くーん、居たよー」
やがて、天井に空いている巨大な穴からギニョールが姿を現す。 ギニョールの声と共に、横にはすぐさま宗馬が姿を現した。
「お、本当っすね。 さすがギニョールさんっす。 俺、前やりますわ」
「うんうんよろしく。 俺もてきとーに参加するよっと」
さあ、殺し合いの時間だ。




