Episode23
「戻るか」
次の日の早朝、まだ外が暗いときに俺はベッドの上に寝転がり、ヘッドギアを着ける。 寝転がった姿勢で使用することを前提としているだけあり、頭に感じる違和感はない。 付けたままで寝るということを何度かしているだけあり、この格好にも慣れたものだ。
「メモリ三、スタート」
目を瞑り、俺が言うと機械の動作音が聞こえた。 そして次に、脳に声が直接聞こえる。 こうして技術が進歩し続けていけば、やがてはテレパシーなんていうのも機械で補えてしまうようになるのだろう。 超能力人間なんてのが現れるのも、そう遠くはないかもしれないと思う。
『ゲーム抽出……RealMoneyTrade作動確認……脳波異常なし……整脈異常なし……クリア。 起動します』
意識がふと、宙に浮く。 そしてその浮いた状態のまま数秒経ったあと、俺の体が起き上がる。 浮遊感と、周囲の景色が目を閉じたままでも変わっていくこの感じが結構好きだ。
次に地に足が付き、空気を感じる。 音、光、感覚が段々と実感に変わり、俺はそこで目を開けた。 まず最初に目に入った光景は。
「待ってた。 お帰り」
「うわぁああ!?」
笑う能面を付けた少女。 俺は驚き、その場に尻餅をつく。 同時に俺の腕が不快な音を立て、ブレていた。
「どうしたの?」
いやお前どうしたのってな。 人を驚かせるためだけに居たのか、それともなんだ、北部までの道のりが分からなかったか? つーか、そういうこと以前に……。
「ど、どうしたもこうしたも……なんでテメェがまだ居るんだよ!? 心臓止める気か!? あ!?」
詰め寄るために体を動かそうにも、ラグの所為で動かない。 なので俺は精々声を張り上げ、目の前に居るクソガキにそう言った。 だが、このクソガキは一切動じることなく、淡々と返す。
「気まぐれ。 一応はボクの所為でシンヤはここに居るから、置いてきぼりは良心が痛むの」
「良心なんてあったのかよ……ティア」
格好は依然として笑う面を付け、そしてその身にはローブを纏っている。 その隙間から見えるのは、緑髪だけだ。 声から感じられるものは何もなく、ただ小さく透き通るような声が聞こえるだけ。
「もちろんある。 少なくともシンヤよりは」
「そうかい、けどそれはあんまねーって言うんだよ。 クソ……なんでまだ居るんだよ……」
「でも嬉しそう」
「……おいおいおい、おいおい寝ぼけてんのかクソガキ。 お前やっぱりお前だわ。 クソガキだわ。 気に入らねぇ」
俺が、嬉しそう。 どこをどう見たらそう見えるんだ。 その面を付けている所為で前見えねえんじゃねーのこいつ。 もしも見えていてそれなら今すぐ眼科行け。 なんなら俺がその腐った目をくり抜いてやっても良い。
「はい、今日はボクの奢り」
俺はそんなことを考えながらため息を吐く。 が、ティアレットは言うと、昨日強制的に奢らされた菓子を出した。 俺はそれを乱暴に奪い、頬張る。 わりとうまいなこれ……じゃねぇ。 騙されるところだった危ない。 俺ってあれだよな、ピュアすぎて騙されやすいんだよな……気を付けよう。
「おいティア、それはそうとお前いつから待ってたんだ」
「朝の四時。 昨日は早かったから」
俺がログインしたのは朝の五時だから、一時間待ってたのか。 すげえ暇人だなこいつ。 俺ですら驚くレベルで暇人だ。 しかし、その忍耐強さはランカに分けてやって欲しいな。 あいつ、五分も待てねえ奴だから。
「……てかさ、さっきの菓子って結構高くなかったか?」
ふと思い、俺は尋ねる。 値段にして千ルピル。 リアルマネーにして千円。 ぼったくりも良いところな値段設定である。 が、ティアレットは俺の言葉に首を振る。
「そうでもないよ? 前は毎日五個くらい食べてた」
毎日五個、一日五千円か。 はぁ……。
「なんか、あれだな。 ゲーム内にも貧富の差って出るから嫌だな」
「そうなんだ」
ティアレットは良く分かっていない様子で言うと、その場でくるりと向きを変え、歩き出す。 よし、そっちに行くなら俺は反対方向へ行こう。 さらば。
そして、俺とティアレットは別れの挨拶もないままに今生の別れを遂げるのだった。
だった、さっきまで俺はそう思っていた。
「おいなんで付いてくるんだよ。 あっち行けよ」
街から出て、森の中を進む俺たち。 すぐ横を歩く何かがこの上なく鬱陶しい。 別にそれは俺が一人が好きというわけではない。 ある程度親しい仲なら適当な雑談をしていた方が暇をしなくて済むし、わりと無駄な時間だとも思わないからだ。 が、それはあくまでも「ある程度親しい仲」限定である。 そうじゃないと鬱陶しい。
「ボクとシンヤは目指す場所は同じ。 だから一緒に行動した方が賢い。 ゴミ三人が寄ればゴミの知恵」
「だいぶちげえからなそれ。 なんだっけ、確か……三人寄ればもんじゃの知恵とか、そんな感じ」
ちなみに俺は頭が悪い。 学校に行っていないから当たり前だ。 だから間違っていても責任は取らん。
「あ、久し振りにもんじゃ焼き食べたい」
「クズレに言えよ……」
「クズレのリアルは知らない。 シンヤはどこに住んでるの?」
「さり気なくリアル情報探ろうとすんな」
なんて馬鹿な会話をしながら、俺はスタスタと歩く。 今は森の中を進んでいるが、その横をティアレットは同じ速度で歩いてくる。 こいつ、俺と同じ歩行速度ってどんだけAGIに振ってるんだ……。 AGI型の召喚士とか聞いたことねえぞ。
「召喚士には足を早くするスキルがあるの」
「心を読めるスキルもあるのか?」
「それはない。 なんとなく思ってそうだと思っただけ」
頭を右へ左へ揺らしながら、ティアレットは言う。 それが機嫌が良いのか悪いのか、それともまた違う何かを表す仕草なのかが分からない。 クズレの奴は良くこんなのと仲良く出来るな……ある意味すげえ。 尊敬しちまうよ、あいつのこと。
「そう言えば、シンヤはボクの話を聞いたって言ったけど」
「ん?」
「どっちが悪いと思った? ボクとあいつら」
恐らくは無表情で、ティアレットは俺にそう尋ねてきた。 能面を付けている所為で分からないが、声色がまるで一定だったから表情にも変化はないのだろう。
にしても、どっちが悪いか……か。 また馬鹿げた質問だな、そりゃ。
「決まってんだろ、騙されたお前らが悪い」
どんな場合だったとしても、どんな内容だったとしても、騙される奴が悪いんだ。 それを見抜けなかった奴が馬鹿で、間抜けなだけ。 そんなのは昔も今も変わらない。 当たり前のことだ。
「クズレさんとは違うことを言うんだね」
ティアレットは言うと、俺より数歩先を歩き出した。 そしてそのまま俺の方を向き、後ろ歩きで会話を始める。 道は平坦では決してないのに、恐ろしいほど感覚が良い奴だな。
「第三者視点だしな。 結局は騙される奴が悪いし、弱い奴がわりいんだ。 正義は必ず勝つって言うだろ? つまり強い方が正しい。 殺される方より殺す方が正しいんだよ」
「暴論だけど正論かも。 そっか、ならやっぱりボクはあいつらを全部殺さないと」
「良い考えしてんなティア。 言っとくけど、クズレは逆のこと言ってたぞ。 あいつらは殺さなくても良いって」
そこで、ティアレットは足を止めた。 俺がそのまま追い抜くと、ティアレットはくるりと反転し、その場で俺に向けて言う。
「知ってる。 クズレさんは優しいから。 本当ならボクと一緒じゃ駄目な人なんだ」
余計なことを言ったかと一瞬思ったものの、それはどうやら違うらしい。 ティアレットはクズレの考えを知ってて、そうすることを選んでいるんだ。 そしてそのどちらも、間違ってはいない。
「……そりゃなんとも言えねえな。 あいつも結局はプレイヤーキラーだ。 俺となんら変わらねえよ」
「いいや違うよ。 クズレさんは優しい。 シンヤは鬼畜。 その違いはある」
「……殺されたいのかお前」
やっぱり、クソガキだこいつ。 確かに俺は一般的、常識的見地で見ればそうなのかもしれない。 だが、プレイヤーキラーという一括りで見たら俺もクズレも一緒だ。 つまり両方とも、ティアレットが言うところの鬼畜でしかない。 そうなってしまえば俺イコールクズレという式が成り立ち、ティアレットが言う「クズレさんは優しい」という言葉を加味すれば、俺イコール優しいというわけだ。 一般からの視点で見ればな。
「シンヤも優しいの?」
「ったりめーだろ。 俺はな、神楽の女神って呼ばれるほどに優しい」
「そうなんだ。 誰がそんなことを?」
「ん? 俺だよ」
「……そう、面白いね」
ティアレットは言い、再度俺のことを追い抜く。 おい待てガキ、お前絶対流しただろ。 俺のクッソ面白いシンヤジョークを流しただろ。 なんでこう、俺のジョークの面白さが分かる奴が居ないんだろうな。 変な世の中だ。
そんなこんなで、俺とティアレットは結局二人で歩いて行く。 やがて、ゲーム内時間は昼から夜へと移り変わり、辺りはすっかり暗くなってきた。 それでも歩みを止めない俺たちであったが、やがてティアレットが唐突にその足を止めた。
「何か居る」
「あ? 何かって……見てみるか」
こいつのこれは、正直馬鹿にはできないからな。 気配を完全に消していた俺たち三人を容易に発見した前科もあることだし。 それこそ召喚魔法、サモンを使ってのものだったが……確実に、ティアレットは勘が鋭い方だ。 下手をしたら俺よりも、よっぽど。 ランカのそれと同等程度のものをこいつは持っている。 少なくとも、その一点に置いては俺はこいつを評価しているんだ。
……昔あったことが関係しているんだろうな。 その所為で、人一倍敏感なんだ。
「サーチアイ」
言い、目を瞑る。 周囲百メートルにプレイヤーは……居ないな。
「おいティア、誰も居ねえぞ」
「ううん、居る。 こっちに向かってる」
なんかの動物と勘違いでもしてるんじゃないのか。 それとも、或いはモンスターか。 しかし、ここらに出てくるモンスターなんて精々ゴミみたいな奴ばかりだし……時折いる強いモンスターもノンアクだしな。 基本、フィールドに出現する強いモンスターなんて全てノンアクだ。
「……だから居ねえって。 こっちに向かってるプレイヤーなんて、半径百メートルに誰も――――」
一応、俺はサーチアイを続けていた。 だからこそ、助かった。 そのサーチアイに今この瞬間、一人のプレイヤーがかかったのだ。 そしてそいつは――――――目の前に、居る。
「ッ!」
俺は咄嗟にティアレットを抱え、後ろへと飛ぶ。 次の瞬間、俺とティアレットが居た場所には無数のクナイのようなものが降り注いだ。 暗殺師のスキルだな……つうか、反応ギリギリってことは相手は相当なスピードだ。 俺よりも少し遅いか、それとも同じか。
「避けた。 やるじゃん、すごいすごい」
手を叩き、男が目の前に現れる。 若い男……髪は茶色に染めていて、耳にはピアスが付いている。 そして、俺の思考を混乱させるものがひとつ。 俺はその男の顔を知っている。 いや、正確に言えば少し違う。 正しくは、こうだ。
その男は、能面を付けていたのだ。
「マスター?」
声をかけたティアレットの言葉を聞き、その意味を咀嚼。
こいつが、咲う名無しの会のギルドマスター? なら、待て……俺は、嵌められたのか? ティアレットがここまでドラゴンによって連れ去られたのも、計算の内だったということか? だから、ティアレットはわざわざ俺がログインするのを待っていた?
……違う。 これは、この状況は。
人生で最悪な、クソッタレな一日はこうして始まった。




