Episode22
「……ん、あー死にてぇ」
目を開け、ヘッドギアを外す。 時計に目を移すと、時間は午後の十一時だった。 ぼやけた視界の中でそれを確認し、俺は現実に戻ったのを実感しながらため息を吐く。
気だるさ、憂鬱感、頭痛、眠気、それらが俺の体を襲ってくる。 現実へ引き戻されたという認識を嫌でもさせられ、またそれに嫌悪感さえ抱く。 いっそのこと、現実とRMTが逆転してしまえば、どれだけ楽なものか。
RMTでいくら強くても、いくら人と話せても、現実の俺はこれだ。 今では甘楽千雪というたった一人の知り合いは居るが、それだけだ。 シンヤとは比べ物にはなりやしない。
「そうだ」
ベッドの上に寝転がったまま、俺は呟く。 ランカと連絡を取らないと。 九割ニートの俺がリアル用事なんてのはあるわけがなく、あのままぶっ続けでログインしていても問題はなかった。 が、なんというか……俺と同じような境遇だったティアレットに、早くクズレのもとに行って欲しかったという気持ちがあったのだ。
ただの気まぐれで、ただの気分。 結論だけを見越して、その方がランカとローレイフと合流できるのが早まると判断しただけだ。 その過程に多少、そういう気持ちがあったのは否定しないけどな。
「……の前になんか飲むか」
部屋は乾燥していて、喉がベタついている。 加湿器の出番はまだ先としても……さすがにそろそろ暖房器具を使わないと寒くもなってきたな。 だから冬は嫌なんだ、電気代がかかりすぎる……。
俺は日本の四季のひとつ、冬に文句を並べながら冷蔵庫を開ける。 昔懐かしい手動冷蔵庫だ。 最近の自動開閉室温湿度管理式冷蔵庫……というなんかの暗号みたいな冷蔵庫は電気代が馬鹿にならない。 そろそろ飲み物程度ならベランダで冷やす時期だしな。 中には人工知能が搭載された喋る冷蔵庫なんてのも存在するが、俺はこのアナログな冷蔵庫で充分だ。
「水……」
と言いながら、俺は水のペットボトルを取り出す。 この水道水ではなく市販の水を飲むという、ちょっとした贅沢がたまらなく嬉しい。 リッチだ。 なんて話をローレイフに前したら「俺のところでは美味い酒が飲めるぞ」と言っていたっけ。 酒なんて、生まれてこの方一度だって口にしたことはない。 何より俺は未成年だ。
そんな益体もないことを考えながらキャップを開き、そのまま冷たい水を喉に通す。 硬度〇・二の水は気持ちいいほど喉越しは良く、この瞬間は幸せだ。 ちなみに、ネット通販で購入した水である。 俺が店に赴いて買うわけがない。
「ん?」
そんな細やかな幸せを邪魔してやろうと言っているのか、言いたいのか、電子音が部屋に響いた。 そして応答する前に、扉が開く。
……やべ、そういや鍵をかけ忘れていた。 というか、俺の部屋を尋ねるってどこの誰だ? 学校の教師……がこんな夜遅くに来るわけがないし、だとしたら誰だ? というか、勝手に部屋の扉を開くって……別の部屋の奴が間違えたか? それとも強盗か。 俺の部屋に金になるものなんてないし、何より物理的な強盗なんて今更流行りじゃねえ。
なんて思いながら、その扉を警戒しながら見つめる。 すると、そこに現れたのは。
「やっほ。 シンヤ……ってきゃぁあああ!!」
「ランカ!? つか、お前どうして俺の家を!? それになに悲鳴あげてんだよ!」
「だ、だって……」
突如として現れたランカは俺に背を向け、その場にしゃがみ込む。 そしてそのままの姿勢で俺を指さす。
そこで改めて自分の格好を確認した。 今日は珍しく、シャツに下は下着一枚。
……こいつ、それだけで悲鳴あげたのか。 なんつうか、このリアル対人での免疫力不足は俺と似たところがあるよな。 俺も誰かの下着姿を見たら悲鳴をあげる自信はあるし。 なんか少しだけそれとこれとは違うか。
「クソ……今着替えるからちょっと待ってろ」
「……馬鹿シンヤ」
「勝手に入って来といてそれ言うとか、尊敬するレベルだな。 あとでしっかり真実を聞かせろ」
俺は言い、玄関でしゃがみ込みその場から動こうとしないランカを一瞥して、着替えるのだった。
「で、なんで俺の家を知ってるんだランカ。 ストーカー?」
「失礼だなぁ。 ちょっと調べただけだよ、シンヤの個人情報」
「……俺、さっきの発言一切訂正しねえわ。 ラーメンとフードと、それにストーカーっての追加しといてやる」
あれから、落ち着きを取り戻したランカを部屋の中へと入れる。 普段は一日中電気を点けない俺だが、さすがに客人が来たときは点けないとマズイとの思いから、渋々電気を点けた。 散らかりもせず、かと言って無駄な物は殆ど置かれていない俺の部屋。 自分のことながら、簡素なものだ。
そしてランカは俺のベッドの上にダイブし、ごろごろと転がりながら話をしたという運びである。
「そういえばさ、この部屋乾燥してない? よいしょ」
ランカは言うと、エアコンのリモコンに手を伸ばした。 本来ならば声帯認証で指示を出せば勝手に作動してくれるが、コードが登録されているのは当然この部屋に住む俺だけ。 それをランカも当然知っていて、リモコンというアナログ機器を手に取ったのだ。 勝手に付けないで欲しいんだけどな、俺は。
「十分な」
「十分? 何が?」
「エアコンを使って良い時間だ。 地球温暖化を防止するんだ」
「またそういう適当なことを。 電気代でしょー? お肌の乾燥は女の子の天敵なのに」
「へえ。 なら仕方ねえな……」
俺がそこまで言うと、ランカはパッと顔をあげる。 馬鹿め、俺が甘やかすと思ったのか。
「帰れ」
言いながら、思いっきり楽しそうに笑って俺は玄関を指さす。 帰ればそんな心配も要らなくなるからな。 双方ともにウィンの関係だ。
「むうー」
ランカは俺の言葉に頬を膨らませ、そして布団に包まった。 こいつ俺の家でリラックスしすぎだろ……早く出て行けよ。 他人が踏み入って良い聖域じゃねーんだよここは。 マイテリトリー、マイハウスだ。
「てか、あれは? 一応病室で暮らしてんだろ? 良いのかよ、勝手に外出とかして」
「だって、具合は別に悪くないもん。 なのに一日ベッドの上とかやってられないよー。 あと数年の命ならさ、どうせならやりたいことやらせろって! 分かる?」
「さーな。 俺は生憎、あと数年の命になったことはねーから分からねえよ」
俺が壁にもたれかかりながら言うと、ランカは「言いそうだと思った」と言った。 それを受け、俺はバツが悪くなってランカから顔を逸らす。
「シンヤってさ、絶対悲しそうにしないよね」
「あ? そうか?」
「うん。 だから私も、悲しそうにしないようにしてるんだ。 ま、この病気も諦めるつもりはないけど」
笑えば楽しくなる。 ランカもそれを知っているんだ。 だから、ランカは今もこうして笑っている。 自分がもうすぐ死ぬということを理解していても、笑える。 俺もそういう風に生きてはいるけど、ランカと同じ状況で笑えるかどうかは分からねえな。
「今日さ、実はね。 外出許可取ってきたんだ。 お昼くらいは結構検査検査って感じだけど、夜は基本空いてるから」
「んで、俺の家に来たと」
「そういうことだー。 ふふ、驚いたでしょ?」
「お前が来たってことより、お前が俺のストーカーだったってことにな。 ああ、これだからイケメンはつらい……」
俺が冗談混じりに言うと、ランカはベッドから飛び降りる。 そして、俺の目の前までとことこ歩き、止まった。
「顔はね、私好きかも」
「は……な、なに? なんだよ? おま、お前な……そういうの、あれだ、あれ。 やめてっていうか、やめようみたいな、良くない? だろ? やっぱり。 あ、あは、あはは」
「……すごいキョドりっぷりだね。 顔はそうだけど、その性格がなー。 正直キモい」
……この野郎、死ねば良いのに。 俺をからかうとか、万死に値するレベル。 今度不意打ちをしてやろう。 リアルではなくゲームで。 リアルでの暴力行為は犯罪です。
「ん、んん……本題すんぞ。 ……それで、そっちはどうなった? ノーラムの攻城戦、もう終わってるだろ?」
咳払いをして、俺はニタニタと笑うランカから視線を逸らしながら尋ねる。
それが終わったからこそ、ランカは戻ってきているのだろう。 そして俺の家へやって来た……と。 こいつにRMT内で喧嘩を売りまくったら、マジでリアルPKされそうだ。 家を特定してくるとかヤベえだろさすがに。 ドン引きだ。
「ノーラム城はグラグルトが保有で終わり。 というか、ぶっちゃけ勝負にならなかったね」
ランカは俺のそんな思考も知らず、ゲーム内であったことを話始める。 つうか、勝負にならなかった……?
「あ? んな戦力差あったっけか。 一応あれでも、攻め側は結構な人数が居たろ?」
確かミトと呼ばれた奴が探っていたはずだ。 街に四百……見学なんかも含まれているとしても、三百ほどの戦力は居たはず。 なのに、勝負にすらならなかったというのはどういうことだ。
「そりゃーそうだよ。 伝説のドラゴンさんが三匹、グラグルト側に居たんだから。 一匹はグラグルトの誰かが、一匹はガーラの里の奴だね。 もう一匹は、所属不明。 あれを見たら、全員戦意を失ったみたい」
「……三匹? んな馬鹿な」
「あり得ない話じゃない。 グラグルトにもガーラの里にも、高レベルの龍騎士は居るから。 それにあの巨体だけど、結局は召喚術に分類されるからね。 隠すことだって可能だよ」
ってことは、今回行われたノーラム攻城戦に全力を注いできたってことか。 持っている手札の重要であるカードを切ったということだ。 そしてノーラム城は目論見通り、グラグルトが保有したってわけだ。 それがどう影響を及ぼしていくのかもまた、考えねえとな。 グラグルトは既に、俺たち神楽を敵として認識している。 当然、潰しにだって来るはずだ。
んなの、当然俺たちも黙って待つわけじゃねえ。 潰されるどころか、潰してやろう。 RMT内最大規模のギルドと言われるグラグルトを。
「ま、今は適当に手の内を探ろう。 あいつらが手配書を出してる時点で、敵同士だ。 早い内に潰したいけど、準備は必要だしな」
北部にグラグルト、南部にハーメルンか。 そんで、俺は今東部に居ると。 北部にはティアレット以外の咲う名無しの会と、ローレイフにランカ……か。
「そーいや、クズレはどうしてる?」
「落ち着いているよ。 アルメリーって人も見つかったし、ロイフも無事回収完了。 今はシンヤとティアレットを待ってる状態だね。 お互いがお互いを牽制している空気だけど」
「なんだ、てっきりランカは全員殺しにかかってると思った」
「まさか。 だって、シンヤは嫌でしょ?」
……俺が、俺が? 嫌ってのはつまり、クズレたちが死ぬのを嫌がってるってことか? まさか、それこそまさかだ。 あり得ねえ。 あり得なさすぎて、笑いが込み上げてくるほどだ。
「どうだか。 でも、クズレの奴は俺が殺してやりたいな。 面白そうだ」
「だったらやっぱり私は手出しできないよ。 もしやったら、シンヤに殺されちゃう。 それよりさ、戻るのにどれくらいかかりそう? 今、みんなアルゴーラに居るんだけど」
「ん、あー。 二日くらいはかかる。 つってもそこまで遠い場所に飛ばされたわけじゃないから、明日で帰れるかもな。 ティアとはもう別行動だし」
俺が言うと、ランカは目を丸くしていた。 なんだ、俺って今妙なことでも言ったか?
「殺さなかったんだ、ティアレット」
殺さなかった。 それは、違う。 俺はあいつを殺さなかったんじゃない。
「……いいや、殺せなかった」
今、思い返す。 シンヤとしてではなく、神谷として。
あいつも結局俺と似ていた。 境遇もそうだけど、人を怖がっているという点で。
だから、手が動かなかった。 もしも相手がクズレやその他の奴だったなら、間違いなく殺していたと思う。 けれど、ティアレットだけは……自分自身を殺すようなそんな気が、一瞬したのだ。 ティアレットというガキに、俺は昔の自分を重ねていたのかもしれない。 そして、一度引っ込めてしまった手は……恐らく、出ることはない。
殺人の手引きその二、躊躇った場合、同じ奴は二度と殺せないと思え。




