Episode16
「ここらもそろそろ潮時か? 人が通らなくなってきたな」
ノーラム地方近くのエリアでは、一帯が雪で覆われている場所が多い。 普通に立っていると目立ってしまうが、起伏があるおかげで突っ伏していれば隠れることも容易い。 そんな地形を利用し、俺たち三人は新たな獲物を待っていた……のだが。
「かーもーねー。 あーあーあー、もう飽きてきたよー。 シンヤー、寒いー」
ぶつぶつ文句を言いながら、ランカは雪だるまを作り始める。 静かにすることが嫌いなランカにとって、この待っている時間ってのはとてつもない苦痛らしい。 長く待ったあとに何もないときとか、何故か俺に愚痴を吐く。
「寒いのも暇なのも俺の所為じゃねーだろ……。 ロイフ、なんか一発芸やろうぜ」
「断る。 お前がやれ、シンヤ」
俺かよ。 いやでも、俺って一発芸になりそうなネタすらないしな……。 ゲーム内でしか人とコミュニケーションを取らない俺にとって、それは最悪の提案でしかない。
「あ、私ちょっと見たいかも、シンヤの一発ネタ。 なんなら、なんか面白い話でも良いよ」
「面白い話か」
ランカは雪だるまを少しずらした場所に置くと、俺に期待の眼差しを向ける。 そして同時にローレイフも興味があるように俺のことを見ていた。 そう期待されても困るがな……まぁここはひとつやってやろう。
「んじゃ少しだけな。 ランカもロイフもさ、リアルでRMT内のスキル使えたらなーって思うことってあるよな?」
「あるよそりゃ。 私の場合、攻撃系の魔法が殆どだけど」
「俺もあるな。 酔っ払ってどうしようもない客がたまにくるんだ。 スキルで追い出したいと思うことはある」
俺の問いに、ランカもローレイフもすぐさま答える。 でもそれ本当に使ったら死ぬからな、お前ら。 こいつらマジでその内リアルPKとか言い出しそうで俺は怖いよ。 間接的にはそういうことを俺だってしてるかもしれないが、あくまでもゲーム内でのことはゲーム内で、リアルとは無関係だ。 俺が殺したことによって自殺した馬鹿だって、それを見極められなかっただけでしかない。
「……なんつうか、なんつうかだけどさ。 俺の場合、それがハイドなんだ」
「変態だ!!」
「おい待て、お前何か勘違いしてるだろ」
「ああ、俺は分かるぞ。 たまにあるからな、そういう周期が」
「お前らいい加減にしろよ……。 俺が言ってるのは、ハイドを使えば人から見られることもないってことだよ。 昼間でも安心して外に出られるじゃん」
主に夜行性の俺である。 そして、ランカも同時に夜行性だ。 太陽は俺たちの敵でしかない。
「……うん、良いかも」
ランカは腕組みをしてしばし考えたあと、言う。 ようやく気付いたか。
「んで、そう思ってから気付いたわけよ、俺ってハイドしなくても空気みたいな存在だから、常時ハイド発動しているんだなって」
「シンヤ、静かに。 なんか来た」
おいこら。 俺の面白い話を最後まで聞けよ。 というか、最後まで聞いた上で話を逸らしたか今。 だとしたら怒るぞ、お前も常にハイドしてるよなって言うぞ。
「五、六……七人。 シンヤ、サーチアイ」
「ん、ちけえのか?」
「大分ね。 ロイフ、タウン帰還の準備もしといて。 足音が、普通の人と違う」
……すっげえ五感だな。 俺なんて全然分からないし、足音すら聞こえない。 ローレイフもそれは同様のようで、ランカに言われるがまま、アイテムパネルからタウンスクロールを取り出す。
それを見てから、俺はサーチアイを発動させる。 百メートル圏内に……居た。 確かに、七人だ。 つうか、なんだこいつら……? 全員が、同じ装備? いや、同じなのは顔だけか?
七人全てが、シンプルな能面を付けている。 笑っている能面だ。 そしてローブを身に纏い、それぞれが一定の距離を置き、縦に若干長い配置で歩いている。
「なんか話し声が聞こえる。 シンヤ、スキルで聞き取れる? 私があいつらの監視に回るから」
「お、おう。 分かった」
性格が、対人モードになるとガラリと変わるよな……。 そんなランカに圧倒されつつも、俺は指示された通りにスキルを変える。 地面に手を付き、目を瞑る。 言わばサーチアイの聴覚バージョンみたいなものだ。 それを使用すると、その七人の声はすぐに聞こえてきた。
「でさでさ、僕の剣でずっぱずっぱってしたの! ほんと、あれ見て欲しかったよ。 ヤコリに見せたかったなぁ!」
男にしては高い声。 楽しそうな声が聞こえる。 どうやら、ヤコリと言う奴に対しての発言か。
「タラクモのは適当すぎんだよ。 やっぱり芸術的に考えて、オレの魔法が一番綺麗にやれるんだって。 な、そう思うだろクズレさん」
それに答えたのは、低い声の持ち主だった。 タラクモと呼ばれた男の声に反応したということは、こいつがヤコリという奴だろう。 少し砕けた態度のそれは、今時の若い奴という雰囲気を感じる。
「私に振るなようるさいな……まぁでも誰が一番見応えあるかって言われれば……そうだなぁ……やっぱ私かなぁ……」
そして次に、眠そうな、やる気のなさそうな声だ。 落ち着いているようで、さん付けで呼ばれているということは先二人の上の奴か?
「ひひひ! クズレさんのほんとすっごーいからね! 僕はクズレさん派!」
「ねぇねぇ、タラクモ。 君、この前俺様のが一番すごいって言ってなかった? 裏切り裏切り? ちょっと、アルメリー泣きそう」
次に聞こえたのは、女の声だ。 一人称は「俺様」であったが、聞き間違いようのない女の声。
「……いやぁ! そりゃもうアルメっちゃんもすごいよ!? まじまじ、僕ってこうさ、ついつい物を大きく言っちゃうタイプでさ!」
「お前ら少しうるさいよ。 あたしさ、今日は頭痛いって言ったろ。 少し黙れほんと。 クズレさんも面倒がってるだろうが」
そんな一同に言い放ったのは、またしても女。 女にしては少々低く、冷たい物言いだ。
「ほら怒られた。 はは、ざまあみろ。 浮気ばっかしてっから、そういう目に遭うんだよ。 蓮火怒らせるとこえーぞ」
その女に、ヤコリが加勢する。 そのやり取りは、どこにでも居る普通のギルドの会話に聞こえた。 しかし、ランカは警戒を解かない。
「ん、ん……なんか空気変わった。 皆、分かる?」
幼い女の子のような小さな声。 透き通るような声が、全員の会話を一度止める。 雰囲気が変わったような、そんな空気がひしひしと伝わってくる。
「ティアレット……どうした?」
少しの沈黙のあと、クズレが口を開く。 すると、ティアレットと呼ばれた少女は答えた。
「見つけた。 左前方六十四メートル、三人隠れてる」
「バレた……? おいランカ! ロイフ! 奴らにバレたぞッ!!」
「やっぱり、普通の奴らじゃないよあれ。 同業者で間違いなさそう。 数的にも不利だし、あいつら構成が凄く良い。 前衛が四人に、後衛が三人。 騎士二人暗殺二人、聖魔が二人、召喚士が一人」
しかしそれでもランカは落ち着いて返す。 それを受け、口を開いたのはローレイフだ。
「なるほど、ということは上のあれがそうだということか」
ローレイフの言葉に、俺とランカは頭上を見上げた。 すると、そこには鳥のようなものが飛んでいる。 あれは……召喚士のガキが出してるやつか?
「……エアランス!」
真っ先にランカはそこに手を向け、魔法を放つ。 作り出された風の槍は、正確に鳥を貫いた。 直後、その鳥は消滅する。
「どうする、戦うか?」
「いや、引いたほうが良いよ。 レベル自体は全員シンヤよりも下だけど、強い。 総合戦力じゃ厳しい」
「だったらタウンスクロールで帰還だ。 しかし、詠唱時間はどう稼ぐんだ?」
あいつらが気付いてから、既に数秒は経った。 恐らく、俺たちを発見したガキが召喚士で間違いない。 正確な場所もバレている今、考える時間は残されていない。
「……俺が囮になる。 俺の足なら、ある程度時間も稼げるだろ。 ランカもロイフも、その内に帰還しとけ」
「シンヤ!?」
俺は立ち上がり、敵を見据える。 数は変わらず七、全員がこちらを向いており、俺を認識した。
「またあとでな」
言い、地を蹴った。 その集団の中、一番後ろに控えている奴に狙いを定めて。 崩すなら、まずは後衛臭いところからだ。
「んあ……?」
声からして、先ほどのアルメリーという女か。 俺は一秒に満たない時間でそいつとの距離を詰め、そして首を刎ねた。
「お? つーかはやっ! アルメリー殺られちまったぞおい」
「ほんとだはっや! AGI型の暗殺じゃん! 僕が一番好きなタイプ!」
ヤコリとタラクモが言い、俺に視線を向ける。 すぐ横には、首がなくなったアルメリーの死体だ。
「……初めまして。 君は……中部の人かな……私たちは『咲う名無しの会』というギルドの者だ……ノーネームと呼ばれている……それで君は……?」
仲間が殺されたというのに、動揺も焦りも一切感じられない。 ヤコリとタラクモは多少なり驚いてはいるが、このクズレという男はまるで違う。 興味がないのか、それともあってこの態度なのか、底知れぬ奴だという印象だ。
「俺はシンヤ。 神楽ってギルドのもんだ。 残念ながらここは俺たちが今張ってんだよ。 つうわけで、入ってきた奴は全員殺すことにしている」
とは言ったものの、この状況はぶっちゃけマズイ。 一人は殺れたが……不意打ちのようなものだ。 俺の速度も、見られてしまった。
「神楽。 あー、あれか。 この前のインタビューでやらかした神楽か」
言っているのはランカのことか。 さすがに、情報を集めてはいるってわけだな、同業者は。
「ああくそ……頭いてぇのに。 なぁクズレさん、さっさとこのガキ殺っちまおう。 あたしはとっとと街に行ってログアウトしたいんだ、寝たい」
「……ボクは反対。 彼、かなり強そうだし。 それにボクたちに協力してくれるかも。 血の気が多い人は好き」
好戦派の蓮火と、それを反対するティアレット。 蓮火と呼ばれた女は背が高く、反対にティアレットの方は背が小さい。
「ああ……また意見割れか……ヤコリ、タラクモ、君たちはどうする……?」
「僕はそうだなぁ、やっぱ殺したいよ。 ひひひ」
「俺も殺しさんせー。 こいつ一人なら速攻殺れんだろ」
それぞれ武器を取り出し、言う。 タラクモは剣を、そしてヤコリは……杖、か。 ということは、このヤコリという奴が残された聖魔法師だな。
「……ミト、君は?」
「反対」
ミトと呼ばれたのは、大柄な男だ。 男にしては少々高い声で、抑揚なく言う。 先ほどの会話にも全く参加していなかった奴だ。
「……賛成が三……反対が二……アルメリーは?」
……なに? こいつ、死体に向けて聞いたのか? いや、ちょっと待て。 そもそも、どうして死体が未だに残っている? それに、あのアナウンスが……どうして流れていない?
その疑問も、横から聞こえた声によって消え去る。 違う、疑問は残っている。 どうして、俺が首を刎ねたはずのアルメリーが生きている?
「痛い痛い痛い! あーもう、俺様の首飛ばすとかサイッテー。 ムズムズするし、しかも不意打ちだし。 アルメリー泣きそう」
間違いなく殺したはずだ。 HPバーが消し飛んだのも見えたはずだ。 なのに、何故?
……いや、考えるな。 集中を切らすな。 一瞬でも気を抜けば、俺が殺される。
「……警戒を怠るからだよ。 それで……賛成と反対……どっちがいい……?」
「ん! 俺様はんたーい。 ちょっと面白そうだし、勿体ないし」
「あー綺麗に割れたね……。 んー、それじゃあ私も反対っと……。 というわけで……ここでのPKは終わり……で良い? シンヤくん」
真っ先に俺が感じたのは、舐められているということだ。 ボケが、ぶっ殺してやる。
「あははは、おいおい、なに寝ぼけてんだ。 殺させろよ」
俺が言うと、ヤコリとタラクモは構える。 しかし、クズレはやはり動じない。
「……私たちもただじゃ済まないと予想するよ。 でも……あそこの二人もたたじゃ済まない。 シンヤくんは逃げられたとしても……ね」
クズレはそのまま、後ろを向く。 そこに居たのは……あんの、馬鹿ども。 なんでまだ残ってやがるんだ。 俺の言ったこと、聞こえてなかったのかよ。
俺の足ならば、逃げることはできる。 だが、こいつら中にはランカが言ったように暗殺師が二人だ。 速度自体は不明だが、逃げ切れるという保証はない。 だったら。
「……クソが。 分かった、ここで手打ちだ。 手打ちついでに一つ教えろ。 さっきのアルメリーって奴が生き返ったのはどういう原理だ」
「おいおい、答えると思ってんのか? どんな手品だとしても、ただで教える馬鹿はいねーんだよ」
ヤコリの言葉を受け、俺は返す。 んなこと、百も承知だ。
「別に良いぜ、教えなくても。 ただし、俺の仲間が既に罠を張り終えてる。 気を付けろよ」
「あ? んなハッタリ――――」
「嘘、じゃない。 ヤコリ、ボクでやっと設置されているのが分かるってレベル。 どこにあるかまでは分からない」
ランカの魔法が設置されているということに気付けたのか。 こいつも相当ヤベえな。 クズレの次にヤバそうなのは、この召喚士のガキか? 他の面子は、ほぼ同じ程度だと思われるが……。
「……フォースサンクチュアリ。 一度の死を無効にできる魔法だよ……その触媒も馬鹿にはならないけどね……。 アルメリーが習得している魔法だ……」
「クズレさん!」
あまりにも潔く説明したクズレに、ヤコリが声を荒げる。 だが、クズレはそれでも淡々と答えた。
「良いんだ……。 どうせ、彼らとは近い内に協力することになる……。 さて……罠を解除してもらっても良いかな……」
「バーカ、断るに決まってんだろ。 ハイド」
律儀にも説明している間に、ハイドを唱え終える。 そしてそのまま数百メートルは離れた場所に居たランカとロイフのもとへと戻る。
咲う名無しの会と名乗った連中は、その場から動けずに居た。 俺のことを見えては居ない、そして罠の所為で。 だが、一人だけ。
ティアレットと呼ばれていたガキは、俺に視線を向けているようにも感じた。
「お疲れ様。 どうだった、あいつら」
「どうだったじゃねえよ……なんでお前ら残ってんだ」
ランカの魔法は既に、そこら中に張り巡らされている。 俺でも気を付けなければ踏んでしまいそうな量が。 それらを丁寧に避けながら、ようやく到達した俺にランカはあっけらかんとそう言いやがった。 正直、死ぬ思いがかなりしたんだよ。
「お前が俺たちを逃したからだよ、シンヤ。 いくらプレイヤーキラーと言えど、仲間まで見殺しにする真似を俺はしない。 ランカも、そうだったというだけだ」
「……背中が痒くなるようなセリフどーも。 とにかく街に戻るぞ。 この辺りはもう駄目だ。 あいつらが通ってきたってことは、この道を利用する奴はもういねぇ」
言いながら、咲う名無しの会と名乗った連中を遠目に見る。 見る限りでは、なんだか、ヤコリ、タラクモ、アルメリー、蓮火が言い合いをしているようにも見えた。 多分、俺のことについてだろう。
ま、生きて会えたら今度こそやり合おう。 やっぱ、遠出をすると面白いことが起きるもんだ。 あんな強そうな連中、中部には確実に存在しない。 東か、西か、或いは南か。 歩いてきたということは、北部の連中ではないはずだ。
「クズレとティアレットつったか、覚えとこう」
「……珍しいな、カインの名前すら忘れていたというのに」
呟いた俺に、ローレイフが反応する。 そのローレイフに、俺は返す。
「そりゃ、強そうな奴のことは覚えるさ。 ランカとかロイフのことだって覚えてんだろ?」
「ふふ、私はちゃんと覚えてるよ。 あ、でもローレイフって長いから覚えづらいんだよね。 だからロイフ」
「一秒前に言った言葉を矛盾させるな」
しっかし、クズレの奴は「協力することになる」とかなんとか言っていたっけか。 この場面、状況で協力する状況と言えば……。
「戦争か」
ノーラム城の戦争、それくらいしかない。 ってことは、あいつらはその攻城戦に参加するため、歩いてきたってことだろうか。
……少し、面白いことになりそうだ。




