第二章 一日一回
最初の三日は、一日に一回と決めた。
決めたのではなく、書いてあったから、そうした。
*
一日目は、夕方に入った。
脱衣所は板張りで、かごが六つ並んでいた。六つのうち、一つだけ中に物が入っていた。たたんだ浴衣と、手ぬぐいと、その下に薬の袋があった。袋は伏せてあった。名前の面を下にして置いてある。慣れた人の置き方だと思った。
自分のかごは、いちばん端を選んだ。そこが空いているからではなく、そこしか選びたくなかった。
浴室は思っていたより暗かった。窓は高い位置に一つだけで、曇りガラスだった。湯気が天井に当たって、そこから下りてきていた。天井の梁が黒い。煤ではなく、湯気が何十年かかけてそうしたのだろう。
浴槽は木で、縁が丸く削れていた。削れたのではなく、磨り減ったのだと思う。人の手と尻が触れつづけた場所だけ、色が違っていた。色の違う場所は、三か所あった。
湯は白かった。白いというより、濁っていた。
足を入れると、かかとが見えなくなった。膝まで入れると、膝が消えた。腰まで入ったところで、自分の身体が湯の中で終わった。
終わったところから下は、あるはずだった。あるはずのものが見えないというのは、思っていたより静かなことだった。
熱かった。使用位置四十一・五度と書いてあったが、それより熱く感じた。
三分。
時計はない。心の中で数えた。数えているうちに、数えているという感覚のほうが薄くなって、途中で数字が飛んだ。あわてて戻して、続きから数えた。
上がるとき、鎖骨の下に湯の線が残っていた。線から上は白く、線から下は赤かった。
浴後は身体に付着した温泉の成分を水で洗い流さないこと、と書いてあったので、流さなかった。
浴衣を着ると、腕の内側が少しつっぱった。乾いていく感じがした。夜、布団の中で自分の腕の匂いを嗅いだ。硫黄と、それから、覚えのない匂いがした。金属に近い匂いだった。
*
二日目も、一回だった。
朝は炊事場で米を炊いた。三合炊いて、一合だけ食べた。残りはタッパーに入れて冷蔵庫に入れた。
冷蔵庫には、ほかに麦茶のボトルが一本と、卵が四つ入っていた。わたしのものではない。卵は四つとも、同じ向きに並べてあった。尖ったほうを奥にして。
昼、外に出た。砂利道を下って、石の土台のところまで行って、戻った。往復で三十分かからなかった。
土台の一つに腰かけて、山の斜面を見た。横一文字の段が、昨日より低い位置に見えた。光の当たり方が違うだけだと思う。
戻ると、玄関の土間に、湯守の老人が座っていた。ざるを膝に載せていた。ざるの中は白かった。
「何ですか、それ」
「湯の花です」
それだけ言って、老人はざるを軽く揺すった。白いものが、ざるの中で寄った。寄ったあと、また少しだけ散った。
夕方、入った。
昨日と同じ時間に入るつもりだったが、少し早くなった。脱衣所のかごは、やはり一つだけ使われていた。薬の袋は、まだ伏せてあった。位置が昨日と一ミリも違わないように見えた。
湯に入って、五分数えた。三分から十分程度、と書いてあった。五分は範囲の中だった。
*
三日目も、一回だった。
ただし、時間が長くなった。
数えるのをやめて、窓の曇りガラスが暗くなるまで入っていた。出てから計算すると、たぶん十二分だった。十五分から二十分程度というのは、慣れてきたらの話で、わたしはまだ三日目だった。
上がったあと、脱衣所の板に座って、しばらく動かなかった。
心臓が耳のところにあった。
板は冷たかった。冷たいものに触れていると、湯の線がどこにあるかがよくわかった。
その日の夜、廊下で人とすれ違った。
六十代くらいの男だった。浴衣の襟を深く合わせていた。すれ違いざま、こちらを見なかった。見ないというより、見る必要がないという通り方だった。
歩幅が、狭かった。足を前に出すというより、置いていくという歩き方だった。
男が行ってしまったあと、廊下に湯の匂いが残った。わたしの腕の匂いと同じだった。
*
四日目に、二回入った。
朝に一回、夕方に一回。
その後は一日当たり二回ないし三回までとすること、と書いてある。四日目は「最初の数日」の外側だろうか、内側だろうか。最初の数日、という言葉には、終わりの日が書いていない。
書いていないことは、決めていいのだと思った。
朝の湯は、夕方の湯と違った。
温度は同じはずなのに、朝のほうが芯に届くのが遅かった。誰も入っていない湯だったからかもしれない。白い濁りが一晩で沈んで、上のほうだけ澄んでいた。手でかき混ぜると、下から白いものが立ち上がってきた。立ち上がったものは、しばらく形を持っていた。形はすぐ崩れた。
澄んだ湯に入るのと、濁った湯に入るのは、別のことだった。
夕方の湯は、もう濁っていた。
その日は十五分入った。
*
五日目も二回だった。
朝、脱衣所に行くと、かごの薬の袋が動いていた。
伏せてあるのは同じだが、角度が変わっていた。昨日までは、かごの縁と平行だった。その日は、少し斜めになっていた。
それだけのことなのに、しばらく見ていた。手は出さなかった。
昼、炊事場で麺を茹でた。
湯を切っていると、後ろで声がした。
「湯の花、買いますか」
振り向くと、老人が立っていた。手に、紙の袋を持っていた。袋の口は、糊ではなく、二回折って留めてあった。
「いくらですか」
「一袋、四百円です」
「何に使うんですか」
「家の風呂に入れます。入れると、こっちの湯に近くなります」
近くなる、と言った。同じになる、とは言わなかった。
「お客さんは」
老人が言った。
「何日いる予定ですか」
一週間で、と答えた。答えてから、宿帳にもそう書いたことを思い出した。老人は、それを見ていなかったはずだった。
わたしは湯の花を買わなかった。
まだここにいるので、と言った。老人はうなずいて、袋を棚に戻した。棚には同じ袋が十二ほど並んでいた。並べ方は、丁寧だった。
夕方、入った。
その日は、二十分入った。慣れてきたら十五分から二十分程度、と書いてある。わたしは五日目だった。
上がったとき、湯の線が、鎖骨の下ではなく、喉のあたりにあった。深く入っていたということだった。
*
五日目の夜、寝つけなかった。
暑いのでも寒いのでもなかった。身体のどこかが、まだ湯の中にあるようだった。仰向けになると、背中の下に湯があるような気がして、横を向いた。
廊下で音がした。
サンダルの音だった。すのこの上をゆっくり歩く音で、それから戸が引かれる音がした。時計を見ると、二時を回っていた。
湯は夜も落としたままにしてある、と初日に聞いた。止めると木が傷むのだそうだ。だから、誰でも、いつでも入れる。書いてあるのは回数と時間だけで、時刻のことは何も書いていない。
音は、しばらく途切れた。
戻ってくる音がしたのは、それから四十分ほどあとだった。四十分。三分から十分程度でも、十五分から二十分程度でもない。
足音は、行きより遅かった。
朝、浴場の入口を見た。
サンダルが二足、並んでいた。履き古されたほうの爪先が、昨日と逆を向いていた。外ではなく、浴場のほうを向いていた。
戻したのか、戻さなかったのか、わたしにはわからなかった。
*
回数だけを書いておく。
一日目 一回
二日目 一回
三日目 一回
四日目 二回
五日目 二回
六日目のことは、書かなくていいと思う。




