60 オリビアの兄との初対面
浩人はオリビアのマンションにやって来た。
部屋に行くとオリビアが玄関で出迎えてくれる。
「ヒロ。忙しいのにごめんなさい」
「かまわねえよ。オリビアの兄貴が来てるなら挨拶しないとな」
浩人はオリビアに続いてリビングに行く。
そこには一人の男がソファに座っていたが浩人の姿を見ると立ち上がった。
身長は浩人より高い。
黒髪に黒い瞳の日本人のような顔立ちでどことなくオリビアに似ている。
(この男がオリビアの兄か。見た目はまともそうな奴だが)
着ている服はブランド品でどこかの金持ちの人間としか見えないがオリビアの兄であるならこの男はマフィアの人間なのだ。
僅かに浩人は緊張する。
「やあ、初めまして。オリビアの兄のルーカスです」
その男は握手を求めてきた。
「俺は波戸場浩人です。オリビアとお付き合いさせていただいています」
浩人はルーカスと握手を交わす。
「立ち話もなんだからソファにどうぞ」
「あ、はい。どうも」
浩人はソファに座った。
(オリビアは緑の瞳だが兄貴の方は黒い瞳なんだな)
オリビアが浩人にコーヒーを淹れてくれる。
「ありがとう。オリビア」
「どういたしまして」
「オリビア。悪いが波戸場さんと二人で話したい。席を外してもらえるか?」
ルーカスの言葉にオリビアは不機嫌そうな顔をした。
「オリビア。俺もお兄さんと二人で話したい。心配するな」
浩人がそう言うとオリビアは仕方なさそうに頷いた。
「分かったわ。じゃあ、私は大学の勉強の復習してるから話が終わったら呼んでくれる?」
「ああ。分かった」
オリビアは奥の部屋に行ってしまう。
浩人はルーカスと対峙した。
「君が波戸場浩人さんか。私は堅苦しいのは嫌いだから普段は浩人って呼んでいいかい?」
ルーカスは人好きの良さそうな顔をする。
だが浩人には経験上分かっていた。
(こういう笑顔を浮かべる奴に限って腹の中じゃ何考えてるか分からねえんだよな)
「ええ。かまいませんよ。ルーカスさん」
「そうか。では浩人。私のことも普段はルーカスと呼んでくれ」
「分かりました。ルーカス」
浩人がルーカスと呼ぶとルーカスは満足気な顔になる。
そして笑みを消した。
「単刀直入に訊くことにする。浩人はオリビアの正体を知っているか?」
「オリビアの正体? オリビアがマフィアのボスの娘ということか?」
ルーカスは一瞬何かを考えるような仕草をする。
(何だ? 他に何かあるのか?)
疑問に思った浩人だがオリビアからはそのくらいのことしか聞いていないのでそう答えるしかない。
するとルーカスはさらに質問してきた。
「それはオリビアがそう言ったのか?」
「ああ。オリビアが自分はマフィア組織のボスの娘だと言っていたが……違うのか?」
「マフィア組織のボスの娘ねえ……浩人は組織の名前を聞いたか?」
「いや、俺はアメリカのマフィア組織の名前は聞いても分からないから別に聞いてないが……」
するとルーカスは口元に笑みを浮かべる。
「そうか。まあ、アメリカには無数のマフィア組織があるからね。それにオリビアの言っていたことに間違いはないよ。私もオリビアもマフィアのボスの子供だ」
(そうか。オリビアの言っていたことは本当だったんだな……)
浩人は心のどこかでオリビアが一般人だったらという思いが微かにあったがオリビアの兄のルーカスにハッキリ言われて逆にスッキリとした。
オリビアと結婚するならやはり自分はマフィアになる道しかない。
「オリビアから聞いたがルーカスがボスの跡継ぎなんだろう?」
「そうだよ。私はいずれ父の跡を継ぐ。浩人がもしオリビアと結婚したいなら組織の幹部になってもらいたいがそのためには少し勉強してもらわないとな」
「勉強?」
「浩人は英語が話せるかい?」
「いや、ほとんど分からない」
「それではアメリカでの仕事は無理だ。まず英語は完璧に覚えないとね」
(確かにこの男の言う通りだな。英語が話せなければアメリカでは生活できない)
今から勉強してどのくらいのことができるか分からないがやるしかない。
自分にはオリビアを諦めるという選択肢はないのだから。
「まあ、他にも教えることはたくさんあるがそれより大事なことが聞きたい」
「何でしょうか?」
「浩人はオリビアのためなら何でもできるかい?」
ルーカスの目は真剣だった。その目は嘘は許さないと言っている。
浩人は姿勢を正す。
「俺はオリビアと結婚するためならどんなことでもやるつもりだ」
「どんなことでも?」
「ああ。たとえこの手が血に染まろうともオリビアと一緒にいられるなら本望だ」
ルーカスは黙って浩人を見つめた。
浩人もルーカスの視線を受け止める。
ここでルーカスに認められなければオリビアとの結婚は難しい。
「行き先は地獄かもしれないぞ」
「かまわん。オリビアがいるなら俺は魔王に心を売ってもいい」
「ククク、魔王に心を売ってもいいか……その言葉忘れるなよ、浩人」
ルーカスは黒い瞳を細めて浩人を見た。
その瞬間、浩人は背筋がゾクリとする。
(何だ? この威圧感は。こいつ、もしかしてとんでもねえ奴なんじゃないか)
浩人は明らかに自分より年下のルーカスに恐怖を感じた。
見つめられただけで浩人の身体にグッと力が入る。
そうしなければこの場から逃げ出したくなるほどの威圧感だ。
「浩人の決意は分かった。浩人のことを気に入ったよ。君にならオリビアを託してもいい」
ルーカスの気配は元に戻った。
浩人の体から緊張が解かれる。だが握っている手には知らずに汗を掻いていた。
(とりあえずこの兄には認められたか)
「認めてもらえて嬉しいよ」
「とりあえず交際はね。結婚するのを認めるのはこれからの浩人の働きしだいさ」
「分かった。肝に銘じておく」
「じゃあ。私は帰るよ」
「オリビアに会わなくていいのか?」
「オリビアの勉強の邪魔はしたくない。それに私にも仕事はあるし」
ルーカスはそう言うとオリビアのマンションを出て行く。
「ルーカスか……特に変な奴ではなさそうだがあの威圧感は只者じゃねえな」
浩人はそう呟きながらオリビアのいる部屋に向かった。




