6 若頭の彼女
次の日、大学が終わった後にオリビアは浩人へのお礼のハンカチを持って白石組の組事務所に出かけた。
白石組の組事務所まで来るとオリビアは入り口にいた組員らしき人に声をかける。
「こんにちは。波戸場浩人さんはいらっしゃいますか?」
「若頭なら今出かけてるがあんた誰だ?」
組員が不審そうな目でオリビアを見る。
「出かけているなら中で待たせてください」
オリビアは事務所内に入ろうとした。
慌てて組員がオリビアの前に立ちはだかる。
「おい! ちょっと待て! 勝手に入るんじゃねえ!」
「あら女性に外に立って待ってろっていうの?」
「そうじゃなくて! あんたは若頭の知り合いなのか? 見たところ一般人にしか見えねえが」
「私は大学生よ。浩人さんに用事があって来たの」
「用事? 大学生が若頭に何の用事だ?」
「何であなたに言わないとなのよ。浩人さんが帰って来たら浩人さんに言うからいいじゃない」
「勝手に堅気の人間を事務所に入れる訳にはいかないんだよ。嬢ちゃん!」
組員はオリビアを鋭い目つきで睨むが動じるオリビアではない。
これくらいで怖気づいていたらドレイクヴァロの組織では生きていけないのだ。
それに父のアランや母のひかりのお説教の方がこの世で一番怖い。
兄のルーカスやマテオも大人になった今でも両親のお説教を怖がっている。
冗談でも何でもなく両親の言いつけを守らないと「お説教」と称して武術有段者の両親に自分がいけないことをしたと分かるまで身体に「反省」を叩き込まれた。
そんな両親の怖さに比べたら組員の男に睨まれるぐらいオリビアは何とも思わない。
「いいじゃない。中で待つくらい」
「だから何者かも分からん嬢ちゃんを組事務所に入れるわけいかないんだって言ってるだろ!」
オリビアと組員が言い争っていると京介が外から帰って来た。
「何騒いでるんだ? あれ? オリビアさんじゃないっすか!」
「あ、佳賀里さん」
「京介さん、この女性と知り合いですか?」
組員が京介に確認してくる。
「ああ。この女性は兄貴の…」
「浩人さんの彼女です!」
『ええ!?』
オリビアの一言に組員たちは騒めいた。
その言葉に一番驚いたのは京介だ。
「オリビアさん! ご両親の許可が出たんですか!?」
「はい。佳賀里さん。父が浩人さんをよく知るためにお付き合いをしていいと言ってくれました」
「マジですか!?」
「はい。本当です」
オリビアは自信満々に答える。
「京介さん。この方、本当に若頭の彼女さんですか?」
「ああ。とりあえずそうなるな。事務所に入れてやってくれ」
「分かりました。どうぞお入りください」
京介に言われて組員はオリビアを組事務所の中に案内する。
「とりあえずそこに座ってください。オリビアさん」
「ありがとう。佳賀里さん」
勧められるままにオリビアはソファに座る。
すると組員がお茶を出してくれた。
組員の顔にはまだ不審そうな表情が残っているが若頭の彼女だと言ったオリビアのことを粗末には扱えないのだろう。
「浩人さんはお出かけなんですよね?」
「兄貴はもうすぐ帰って来ますよ。親父と出かけてるんで」
「親父って組長さんのこと?」
「そうですよ」
オリビアは組員が出してくれたお茶を飲んだ。
「でもよくお父さんが極道と付き合うの許してくれましたね?」
京介がオリビアの向かいのソファに座りながら訊いてくる。
「だって付き合ってみないとお互いのこと分からないし。極道だっていろんな人がいるでしょう?」
「確かにそうですが……」
確かに極道と一言で言ってもいろんな人間がいるがそれでも京介はオリビアの父親が浩人の交際を許可するとは思わなかったので驚きを隠せない。
対するオリビアは余裕の笑顔だ。
(兄貴も驚くだろうな。でも女のいない兄貴には朗報かも)
そんな考えが京介の頭を過る。
京介がそんなことを考えているとは知らないオリビアは浩人がいないうちに浩人のことを京介に聞いてみようと思い立った。
(この佳賀里さんは浩人とは仲が良さそうだったわよね。少し浩人のこと教えてもらおうっと!)
「ねえ、佳賀里さん」
「あ、俺のことは京介でいいっすよ」
「じゃあ、遠慮なく京介って呼ぶわ。京介から見た浩人さんはどんな人?」
オリビアに尋ねられて京介は少し考える。
京介にとって浩人は自分が目指す極道の生き方をしている人物だ。
「そうっすねえ。喧嘩は強いし舎弟の面倒見はいいっし兄貴みたいな人には一生ついて行きたいっす」
「ほらあ。京介だって浩人さんが良い人って言ってるじゃない」
「いや、確かに良い人ですが俺たち極道っすからねえ。人殺すこともあるんすよ?」
「大丈夫。私、強いからそんな簡単に殺されないもの」
「まあ、確かに、一人で極道の組事務所尋ねて来る度胸は凄いとは思いますけど…そういう問題じゃないような…」
先日同様にオリビアの言動に京介もどうしていいか分からない。
(兄貴とオリビアさんはお似合いの気もするけどオリビアさんはちょっと天然入ってるかなあ…)
すると事務所の前に車が停まる音がした。
「組長のお帰りだ!」
京介を始め組員は事務所から出て組長の白石と若頭の浩人を迎える。
「お帰りなさい! 組長」
「うむ。変わったことはなかったか?」
「は! それが……」
組員は言いよどむ。
「何かあったのか?」
「若頭の彼女さんが遊びに来てて……」
「浩人の彼女?」
白石は浩人を見た。
浩人は一瞬何を言われたか分からなかったが昨日から自分の脳裏から離れない緑の瞳の女を思い出す。
「まさか!? あの馬鹿か!?」
自分たちを迎え出た京介に視線をやると京介は「その通りです」というように僅かに頷いた。
慌てて白石と一緒に組事務所に入った浩人はオリビアの姿を見て絶句する。
思わず固まった浩人にオリビアの緑の瞳が向けられた。
その瞬間、浩人の背筋がゾクリとした。
まるで誰かに自分の心臓を鷲掴みにされたような感覚が突き抜ける。
だがそれは一瞬の出来事で浩人の前にいるオリビアはニコリと笑みを浮かべていた。
(なんだ? 今の感覚は…気のせいか?)
そしてオリビアの視線は白石に向けられた。
「白石組長さん。初めまして。オリビア・ブラットです。浩人さんの彼女です」
オリビアは白石に頭を下げる。
白石はオリビアのことを見ながら好意的な笑みを浮かべる。
「ほお。浩人はいつの間にこんな可愛い女性を手に入れたんだ?」
突然訪ねてきたオリビアのことを怒ることもなく白石は浩人に訊いてきた。
「いや、組長。こいつは、その…」
「まあ。女っ気のないお前に女ができたことはいいことだ。オリビアさん。ゆっくりして行きなさい」
「はい。ありがとうございます」
オリビアはニコリと笑って白石にお礼を言う。
このままではオリビアが浩人の白石組長公認の彼女になってしまう。
(マジで冗談じゃないぞ!)
「ちょっと来い!」
慌てて浩人はオリビアの腕を掴み事務所の外に連れ出す。
「組長! すみません。ちょっと外に出てきます!」
そのままオリビアは浩人に引きずられていった。




