48 マフィアになる覚悟
「マフィアかあ……」
浩人は今朝オリビアのマンションを出て今は組事務所で書類仕事を片付けていた。
極道だからって切った張ったばかりの仕事ではない。
組に関する書類仕事もある。
書類を眺めながらも浩人が思い出すのはオリビアの言葉だ。
『私、マフィアの娘なの。父は総帥をやっていて』
おかげで大体のことは分かった。
オリビアを狙っているのはオリビアの父がボスを務めるマフィア組織の敵組織だろう。
そして今までのオリビアの言動はマフィアの娘という特殊な環境で育ったから目の前で人が殺されても動揺することもなく金回りがいいのもマフィアの娘なら納得ができる。
だがおかげで新たな問題も浩人は抱えることになった。
当初は白石組を抜けて堅気になりオリビアの父親の会社で会社員になればいいと思っていた。
しかしそうではなく白石組を抜けて今度はアメリカのマフィア組織の一員として働く覚悟が必要になった。
浩人はアメリカのマフィア組織の現状をあまり知らない。
それは白石組が直接外国のマフィア組織と取引をしたことがないからだ。
浩人も日本の極道社会のルールは分かっているつもりだがマフィアのルールはまた違うだろう。
裏社会で生きることになること自体は浩人は何とも思わないが自分がマフィアとしてやっていけるか悩む。
(まず言葉は英語が基本だろうしなあ。俺に今から英会話を覚えるところから始めろって言うのか?)
しかし以前オリビアは日本でも働くことはできるようなことも言っていたのを思い出す。
もしかしたらそのマフィア組織は日本にも組織の一部が存在するのかもしれない。
(オリビアの叔父だって言ってたエドワードって人物も日本に住んでるみたいだったしな。あの男は間違いなくマフィアの男だろう)
秋葉原で出会ったエドワードから立ち昇った一瞬の他者を圧倒するオーラはあの男がマフィア組織の幹部なら納得できるというものだ。
だが日本での仕事を希望してもそれがすんなり通るとは思えない。
なにしろオリビアはそのマフィア組織のボスの娘だと言うのだから。
きっと父親のいるアメリカでの仕事をさせられる気がする。
「はあ……」
考えることが多くて浩人が溜息をついていると白石がやって来た。
「どうした、浩人。溜息なんてついて。何か厄介事か?」
「組長……」
(親父には話しておくべきだな)
「組長にも耳に入れておきたい情報がありまして」
「ほお。何だ?」
「はい。オリビアの正体についてです」
「正体が分かったのか?」
「はい。本人が自分はマフィアのボスの娘だと言っていました」
「なるほど。マフィアか……オリビアはアメリカから来たからアメリカのマフィアということだな」
白石は真面目な顔になる。
「するとお前はオリビアと結婚するならそのマフィア組織に入らねばならないということか?」
浩人は一瞬戸惑ったが答える。
「はい。そうなります。ですが……」
「何だ? 他に何かあるのか?」
「俺には組長に命を救われた恩があります。そんな組長の組を自分の都合で抜けていいのか迷ってるんです」
浩人は真剣に自分の気持ちを白石に伝えた。
恩を返さず自分だけ幸せになることへの抵抗感は強い浩人だ。
「なるほどな。お前の気持ちも分かる。だがな浩人、お前はもう十分に私に恩を返してくれた。だから迷うことはない。お前が組を抜けることは私が許そう」
「しかし組長! 俺はまだ十分には…」
「浩人。よく聞け。子供の幸せを願わない親はいねえ。だがな、アメリカのマフィア組織の世界は日本の極道世界とは違う。危険も多いだろうしなにより組織によっては汚れ仕事が多い組織もある」
「はい」
「極道の常識が通じねえと思った方がいいだろうな。そんな世界にお前を送り出すのは私としても不安はある。だが好きな女のために全てをかけてアメリカに行くなら止めはしねえ」
「組長……」
「それにオリビアはいい娘だ。変わってるとは思ったがマフィアのボスの娘なのにあんなに純粋で綺麗な心を持ってるんだ。きっとオリビアの父親ってのもそんなに変な漢じゃないと私は思う」
それは浩人も思っていたことだった。
極道にもいろんな組織があるのと同様でマフィアもいろんな組織が存在する。
オリビアはとても心の優しい娘だ。
そんなオリビアの父親がボスを務める組織ならまだマシな思考を持った組織ではないかと。
自分の仁義に反することはなるべくしたくないと浩人は思っているが組織によってはクソみたいな仕事を平気で行うところもある。
もちろん浩人は裏社会で生きてきたからその組織の一員になったらその組織のルールには従うつもりだ。
それに綺麗ごとが通じる世界じゃないことも分かっている。
自分が納得した上での仕事ならこの手を血に染めることも厭わない。
「組長。俺は自分で納得した上で組を抜けたいと思います」
「そうだな。オリビアの留学期間はまだある。お前が納得して覚悟が決まったら私に言いなさい」
「はい。ありがとうございます。組長」
浩人は白石に頭を深々と下げた。




