37 殺し屋の踊り子
「踊り子」は仕事の依頼を受けていた。
踊り子はアジアを中心に活動している20代の女性の殺し屋だ。
年齢の割には仕事の成功率が高く最近は裏社会でも名が売れてきた。
踊り子の前の椅子には依頼者が座っている。
依頼者の男は香港マフィアだと言った。
「踊り子さん。ターゲットはこの女性です」
男が一枚の写真を見せる。
写真には黒髪に緑の瞳の女性が写っていた。
まだ若い一見してただの一般人のようにも見える。
(こんな素人みたいな女がターゲットということは何か裏でもあるのかしら)
民間人を暗殺対象にすることは時々あることだが民間人を対象にした案件にしては目の前の男が提示した請負金額が高過ぎる気がする。
この男が最初に提示した報酬は5億円という話だった。
不信感を持つ踊り子に男が説明を始める。
「名前はオリビア・ブラックウェル。N女子大の学生です」
「ブラックウェル?」
踊り子はその女性の名前に敏感に反応した。
「ブラックウェルというとブラックウェル貿易会社の社長の一族?」
「ええ。そうです」
「ならこの値段では請け負えないわ」
「いくらなら請け負ってもらえますか?」
男は慌てることなく冷静に踊り子に聞き返す。
「そうね。10億円はもらわないと」
「10億ですか……」
「ブラックウェル一族がドレイクヴァロの総帥の一族ってことを私が知らないと思ってるの?」
「いえ。裏の世界では常識ですからね」
本来ならドレイクヴァロの総帥の一族に手を出すことは踊り子でも避けたい話だ。
だが、それと同時に踊り子にはこの仕事はチャンスかもしれないという考えが浮かぶ。
ドレイクヴァロの総帥の一族を仕留めたとなれば自分の知名度も上がる。
そうすれば今後の仕事も増えるだろうし大きな仕事も舞い込んでお金も今よりもっと稼げるだろう。
そんな打算があったので仕事をすぐに断ることはしない。
しかし請負金額を上げるのは当然のことだ。
「分かりました。その金額でかまいません。それとこちらからも条件があります」
「条件?」
「はい。この男は波戸場浩人と言います」
男はもう一枚写真を見せる。
若い男性だが踊り子が知っている人物ではない。
「この男の正体は?」
「十和麗月会の三次団体白石組の若頭です」
「ふ~ん。で、この男がどうしたの?」
「オリビア・ブラックウェルを殺すのは彼と一緒の時にお願いします。そして彼は殺さないでほしいのです」
「なぜ?」
「それはこちらの都合です」
男はそれ以上説明する気はないようだ。
闇社会では余計な詮索はしないというルールがある。
だが妙な条件をつけられるとターゲットを狙うのに踊り子も不自由な思いをするので踊り子はさらに請負金額を上げるように要求することにした。
「そんな条件を付けるならもっと金額を上乗せしてもらわないとダメね」
「いくら欲しいですか?」
「20億円かしら」
男は少し考えたが答える。
「いいでしょう。20億円支払います」
「前金として5億円を先に貰うわ」
「分かりました。その条件でいいでしょう」
男は部下の者にジュラルミンケースを運んで来させる。
それを開けると中には一万円札の束が入っていた。
「ここに5億円あります。これは前金です」
「用意がいいことね」
踊り子が皮肉を言うと男は微かに笑う。
「私たちにも都合がありましてね」
「依頼は確かに受けたわ」
「ではよろしくお願いします」
男は踊り子に頭を下げて部屋を出て行く。
「久しぶりの大物の仕事だけど私の名前を世界に広めるにはいい機会だわ」
踊り子はいずれ世界で殺し屋の仕事をしたいと考えている。
ドレイクヴァロの総帥の一族を暗殺したとなれば一流の殺し屋の仲間入りだ。
ある程度の危険が伴うのはいつものことだと踊り子はこの時思っていた。
踊り子は鼻歌を歌いながら札束を数える。
「ドレイクヴァロの総帥の一族とはいえ女子大生を殺るぐらい簡単だわ」
踊り子はまだその若さゆえ分かっていなかった。
ドレイクヴァロの総帥の一族に手を出すということがどんな意味を持つのかを。




