30 手が出せない理由
「ふわあ」
浩人は本日何度目かのあくびをした。
「兄貴。寝不足っすか?珍しいですね」
京介が車を運転しながら浩人に尋ねる。
今は京介とシマの見回りをしている最中だ。
昨夜は成り行きとはいえオリビアのマンションに泊ってしまった。
オリビアに手を出す気はなかったが隣にオリビアが寝ているというだけで夜中に何度も目が覚めた。
目が覚める度に自分の欲望のままオリビアに手を出しかけた。
だが、まるで無垢な少女のように眠る幸せそうな寝顔を見ると手が出せなかったのだ。
(ガキじゃねえのに情けねえよな)
散々オリビアには極道は悪い人間だと言いながら女一人に手が出せないなんて情けなくて絶対にオリビアには知られたくない浩人だった。
そして苦行に耐えるかのように寝ようとしたが熟睡などできるはずもない。
そのおかげで浩人は寝不足気味である。
今日も外は秋晴れのいい天気だ。
「なあ、京介。お前、好きな女と一緒に同じベッドに寝ても手を出さないでいられるか?」
「はあ? 何ですか、突然。好きな女と同じベッドに寝たら普通は手を出すんじゃないんすか?」
京介は浩人の突然の質問に戸惑いながらも律儀に答える。
「そうだよなあ……」
(俺もそう思っていたさ。だが、どうしてもあの女は汚せねえんだ…)
浩人は溜息をつく。
「兄貴、もしかしてオリビアさんと何かあったんですか?」
「いや……昨夜はオリビアのマンションに泊ったんだが、何もできなかった」
「ええ!?」
京介の驚きの声が車に響く。
浩人も自分が情けないことを言っている自覚はある。
気心しれた京介じゃなかったらこんな情けないことは告白できない。
だが昨夜オリビアは泥酔していた。
泥酔していた女を無理やり抱くのは浩人のプライドが許さない。
それに浩人は自分が既にオリビアに好意を持っている自分を認識していた。
好きな女を無理やりなんて浩人の中では言語道断なのだ。
「それで兄貴はオリビアさんに手を出さなかったんですか?」
「ああ。オリビアは酒に酔っていた。酒に酔った女を抱くのは俺の趣味じゃない」
「そうですか……兄貴、オリビアさんのこと本気で好きなんすね」
「なんだと?」
浩人は京介を見る。
「だって、オリビアさんを大事に想うから手が出せなかったんでしょ?そんな気持ちなら俺にも分かります」
(俺がオリビアに本気だというのか。ただの好意だけじゃなく心から本気でオリビアを愛してると?)
浩人は自分の心に問いかける。
確かにあの緑の瞳には心を揺さぶられる。
まるで「魔力」でもあるのではと思える魅惑的な緑の瞳。
だが一番はオリビアという人間そのものの魅力だ。
頭が良いのか悪いのか。世間知らずなようで全てを達観しているような不思議な女性だ。
そこで浩人はオリビアの叔父と名乗った人物のことを思い出した。
「京介。調べて欲しいことがあるんだが」
「何でしょうか。兄貴」
「日本のゲーム会社の社長でエドワードという外国人が経営している会社があるか調べてくれないか?」
「ゲーム会社の社長っすか?」
「ああ。特にアメリカ人はいないか調べて欲しい」
「分かりました。俺の知り合いの探偵に調べてもらいます」
「頼む」
あのエドワードの正体が分かればオリビアの正体も分かるはずだ。
オリビアはいったい何者なのか。
その謎さえ解ければ自分は安心してオリビアと付き合える。
(できれば単なる天然女だと助かるんだが……)
どんなにオリビアのことが好きになったとしても白石組の敵になるような人物ならオリビアを排除しなくてはいけなくなる。
そんなことはできれば考えたくない。
「今日はオリビアさんは組事務所に来るんっすか?」
「ああ、たぶんな。親父へのお土産を渡しに来るはずだ」
「親父もオリビアさんのことお気に入りですからね。最近はオリビアさんと話していると親父の機嫌がいいから助かってますよ」
「親父とは趣味仲間だからな」
「そうなんですよねえ。俺らは親父の趣味の話にはついていけやせんから」
京介はそう言って車を組事務所の方に走らせる。
今日は目立ったトラブルはなかった。
太田組の連中も見かけなかったし、このくらいで見回りは終わりでいいだろう。
「俺は兄貴の恋を応援してますから」
「恋ねえ……」
(いい歳した俺が恋か…ガラじゃねえな。だが……)
浩人の心は天気のように秋晴れとはいかなかった。




