29 一番恐ろしい存在は母親
オリビアは見悶えていた。
浩人と一夜を共にして何もなかったとはいえ、朝食を食べて自宅から送り出すなんて新婚のようではないか。
先ほどは気が動転していたがこれは大きな進歩ではないだろうか。
鼻歌を歌いながらオリビアは朝食の後片付けをする。
オリビアも今日は大学の授業があるため、急いで準備して大学に行かないといけない。
例え恋愛に夢中になってはいてもやるべきことはやらないと父に怒られてしまう。
ブラックウェル一族は実力主義だから総帥の娘だからといって特別扱いにはならない。
むしろブラックウェル本家の者としてより高度な教養を求められる。
「さて、準備しないと」
オリビアが大学に行く準備をしているとピピピッとパソコンが鳴った。
「誰かしら?」
パソコンを開いて通信を開くとそこにはオリビアの母のひかりの姿があった。
「お母様」
「オリビア。元気にしてる?」
「はい。元気にしてますよ。大学の勉強もちゃんとやっています」
思わずオリビアは浩人と恋愛ばかりしているわけではないと強調してしまう。
オリビアの母親は日本人だ。
だが独身の頃、父親と出逢い若干17歳で父の婚約者として渡米したほどの猛者だ。
父は母のことを溺愛している。
母はドレイクヴァロの総帥夫人として誰から見ても完璧な存在だった。
でも母はオリビアに言ったことがある。「私は最初から完璧な人間ではなかったけれどお父様の横に立つ者として努力したのよ」と。
そんな母に父を始めオリビアもオリビアの兄たちも頭が上がらない。
もちろん母はドレイクヴァロの仕事について口を出す立場ではないが父の執着愛とも呼べる愛を一心に受けているのでその存在がドレイクヴァロに影響をもたらさない訳がない。
誰もが恐れる父に面と向かって意見をぶつける母の姿を見て周囲の者はいつもヒヤヒヤしているらしい。
だが父が母を怒ることはない。何でも母の言うことを聞く訳ではないが可能な限り母の要望を父は受け入れている。
父も恐ろしい存在ではあるがオリビアはドレイクヴァロで一番恐ろしいのは総帥の父よりも母の方ではないかと思っているぐらいだ。
「オリビア。アランに聞いたけど、お付き合いしている男性ができたんですって?」
まるで今朝の出来事を見られていた気がしてオリビアは落ち着かない。
もし浩人がオリビアと関係を持っていたら母は浩人に責任を取らせかねない。
そんな既成事実を作って浩人と結婚する気はオリビアにはない。
「はい。ヒロはとてもいい人です。極道だけど」
「極道が皆悪い人とは限らないわ。私も極道の養女だったからね」
そう、母親は一般人ではなかった。
実の両親が亡くなった後に極道の養父に引き取られて育てられた人物だ。
だから極道の世界を知っている。
「ええ。だからお父様にもヒロがドレイクヴァロで働くのに相応しいか見極めなさいって言われてるわ」
「そうね。アランからもそう聞いてるわ。でもオリビア。恋は魔物よ」
「魔物?」
「私とアランが恋に落ちて結婚した時も様々な障害があったけど全てを乗り越えたわ。それだけ恋の力はすごいのよ。あなたはその浩人さんにどこまでもついていける?」
オリビアは少し考えてみる。
浩人と出会う前の自分にはもう戻れない。
これからの人生は浩人と歩む以外の道が自分にできるとは思わなかった。
「はい。私はヒロとどこまでも一緒にいたいです。お母様」
「そう。なら、あなたは浩人さんをブラックウェル一族の者たちに認めさせなければならないわ。実力の無い者は排除される。そのことは分かっているわね?」
「はい。分かっています。浩人は優秀な人間だわ。きっとドレイクヴァロで働いても結果を残せるわ」
オリビアは自信を持って答える。
浩人はけして頭の悪い人間ではない。ドレイクヴァロで働くのに必要な知識はこれから身に着ければ問題ないはずだ。
「オリビアがそう思うならその人物はそれなりの人物なんでしょうね。交際には反対しないけど節度は守るようにね」
母の言葉にオリビアは背筋に冷たい汗を掻く。
浩人と一晩過ごしたなんてバレたら大変なことになる。
「分かってるわ。清い交際を心掛けるつもりよ」
「それでいいわ。オリビアの恋を応援しているからね」
「ありがとう。お母様」
母はニコリと笑って通信を終える。
「危なかったわ。お母様にヒロと同じベットで寝たなんてバレたら殺されるわ」
思わずオリビアは胸をなでおろす。
ちなみに殺されるのはオリビアではなく浩人の方だ。
「あ、いけない。急いで大学行かないと」
大学の帰りに白石組長に渡すアイドルナ〇トのレアカードをオリビアはカバンに入れる。
「白石組長さん、喜んでくれるといいけど」
オリビアはマンションを出て大学に向かった。




