11 二人の住む世界
「かっこ悪いところ見せちまったな」
「ううん、だってヒロも初めてだったんでしょ?」
「あ、ああ」
浩人はオリビアからもらったペットボトルの水を飲む。
「次は何に乗る?」
「じゃあ、あれ」
オリビアが指差したのは観覧車だった。
「分かった。あれなら大丈夫だろう」
浩人は別に高所恐怖症ではない。
観覧車なら問題ないだろうとベンチから立ち上がり二人で観覧車の方に向かった。
二人は観覧車の列に並ぶ。
順番が来て観覧車に乗った。
二人を乗せた観覧車はゆっくりと上昇して綺麗な景色が見える。
今日は天気がいいので遠くの富士山まで見ることができた。
「うわあ、景色いいね。ヒロ」
「そうだな。あそこに富士山が見える」
「あれが富士山?」
「そうだ」
オリビアは興味深げに富士山を見ている。
その綺麗な横顔は何かを企んでいるようには見えない。
(だが女は化ける生き物だ。見た目通りと違うことは経験して来たじゃないか)
油断すればオリビアの美しい顔を見ていたいという欲望に浩人は支配されそうになる。
浩人に近付いてきた女たちは下心のある女が多かった。
その女たちは浩人の金目当てだったり敵組織から送り込まれてくる女もいた。
だから浩人はなかなか自分の女を作らない生活をしていたのだ。
そんな昔のことを思い出していた浩人にオリビアが声をかけてくる。
「ねえ。ヒロ」
「何だ?」
「ヒロは私のこと好き?」
景色を見ていた浩人はオリビアの顔を見た。
魅惑的な緑の瞳と視線がぶつかり浩人の心が揺さぶられる。
浩人の心を見透かすような眼差しから逃げるように浩人は視線を外して答えた。
「何だ? 藪から棒に」
「だってお付き合いしてくれたってことは多少は好意があるってことでしょ?」
「ま、まあな」
浩人は口ごもる。
(付き合うって言ったって、ほとんど押しかけ女房じゃねえか!)
そんな悪態をつきたくなるがグッと浩人は我慢した。
「私はヒロのこと好きよ」
「そんな簡単に好きとかよく言えるな。俺たちまだ出会って間もないじゃねえか」
漫画や小説の世界じゃあるまいし出会ってすぐに「この人が運命の相手」などという奴の言葉は信じない浩人だ。
簡単に「好き」とか「愛してる」という女にろくな奴はいないことを浩人は経験で知っている。
「あら時間は関係ないわ。私の運命の相手はヒロだもの」
「あのなあ。もう少し考えた方がいいぞ」
オリビアが敵組織の人間ではなく単なる世間知らずのお嬢様という可能性も考えて忠告してやった。
もし仮にオリビアが単なる一般人なら極道と関わる人生など送らない方が幸せに決まっている。
「ヒロが極道だから?」
「まあ、そうだな」
するとオリビアの顔が暗くなった。
俯き少しの間二人に沈黙の時間が流れる。
「ヒロは私が何者でも好きでいてくれる?」
「はあ? 何者って。お前は何者なんだ?」
浩人はオリビアの正体を聞くチャンスだと思った。
オリビアの正体が分かれば対処の仕方を考えられる。
「私の結婚相手ってお父様の会社で働かなければならないの」
「つまり、オリビアは金持ち社長の一人娘ってことか?」
「まあ。そんなものね。兄がいるから会社を継ぐ必要はないけど」
やはりオリビアの親は会社経営者のようだ。
(この女は金持ちの社長令嬢で世間知らずということか。いや、まだ決めつけるのは早い)
浩人は言葉を選びながら質問する。
「俺に堅気になれと?」
将来オリビアと結婚するなど今のところ浩人は考えていない。
だが自分に父親の会社で働けというなら浩人が堅気になるしかない。
「今すぐじゃなくてもいいの。ただそのことは考えていて欲しいの」
「分かった」
浩人は返事をしたが浩人には極道を辞める気は無かった。
組長の白石には恩義があるし長い間裏社会で生きてきた自分が普通のサラリーマンになれるとは思っていない。
そんな生活を望むなら最初から極道になんてなっていなかっただろう。
そのうちオリビアも自分とは住む世界が違う人間だということに気付くはずだ。
恋だの愛だの運命の相手だの言っても所詮は生きている世界が違う。
この世には望んでも手に入らないものはたくさんある。
オリビアがそれに気付いて浩人の元を去っていく姿を想像して浩人の胸がチクリと痛んだ。
(しっかりしろ! それがこいつにとっては一番いいことなんだから。それにこの姿だって真実の姿だって決まったわけじゃない。俺を油断させるための嘘かもしれねえしな)
浩人に向けて言ったオリビアの言葉が全て本当のことかは分からない。
だがなぜか浩人にはオリビアが嘘を吐いているようには感じられなかった。




