96 チェリシアvs魔女デボラ
レイドの言葉を聞いたチェリシアは、目の前のデボラを驚愕の目で見上げていた。
今すぐにでも振り下ろされてもおかしくない剣が、一向に動きを見せない。
(それって……本物のアンリーシェがデボラの行動を止めているということ?)
アンリーシェの体の中に入り込んだデボラ。
今、デボラとアンリーシェの魂は体の中で共存している状態だ。
だから、彼女たちは闇魔法も光魔法も両方使うことができた。
一方で、片方が表に出ているときはもう片方の魂は眠りに就き、出てくることは無い。
しかし、その様子を見るとどうやら、デボラがアンリーシェの体で活動しているときに本物の彼女の魂が出てきているようだ。到底信じられない光景だった。
「ど、どういうつもりよ……!いいところで邪魔しないでよね……!」
彼女は動けなくなっているデボラをよそに、気持ちを落ち着かせて立ち上がった。
寸でのところで死を免れられたようだ。燃え盛る火の中に閉じ込められたときといい、運が良い。
「――チェリシア!」
そのとき、立ち上がった彼女にレイドがある物を投げた。
チェリシアは軽くジャンプをし、空中に浮かぶそれを受け取った。
(……これは、レイドが公爵邸に来るときに使っていた魔石?)
真っ赤な宝石のように輝くその石に、チェリシアは見覚えがあった。
たしかレイドがロクサーヌ家を訪問するときにいつも欠かさず持っていた魔石だ。
彼は立ち尽くすチェリシアに向かって叫んだ。
「チェリシア、それを使って家に帰れ!あとは俺が何とかする!」
「そんなこと、できないわ!」
チェリシアは咄嗟に反論した。
今ここで自分が家に帰ってしまえば、レイドはステインとデボラを両方同時に相手にしなければならなくなる。
魔術でパワーアップしたステインと、最強種の魔女を両方相手にするだなんて、いくら彼でもただでは済まないだろう。
レイドが無事でいられないことをわかっているのに、彼を置いておくなんてできなかった。
「逃げるだなんて……――そんなこと絶対にさせないわ」
「ちょ、ちょっと離して……!」
そのとき、一瞬だけ拘束から抜け出したデボラがチェリシアの腕を掴んだ。腕にくっきりと跡が残るほどに、強く掴まれる。
そのまま空いた方の手をかざし、魔術を唱え始めた。
しかし、チェリシアも大人しくしているようなタマではない。
「二度とアンタの好き勝手にはさせないわよ!」
「ぐっ……」
彼女は決死の思いで抵抗した。
アンリーシェとチェリシア両方に体を押さえつけられ、デボラは彼女ともみくちゃになった。
――その弾みで、チェリシアの持っていた魔石が発動してしまったのだ。
赤い光が放たれたことに気付いた頃には、既に遅かった。
デボラは不快そうに眉をひそめた。
「グッ……何よ、この光……!不快だわ……あの女の瞳の色にそっくり……」
「キャアッ!」
二人は眩い光に包まれ、そのままロクサーヌ公爵邸へと転移してしまったのだった――
「ウッ……!」
「キャッ!」
チェリシアとデボラが移動したのは、公爵邸の彼女の部屋だった。
二人とも床に転がり、うめき声を上げた。
「こんなところに連れてくるだなんて、どういうつもりよ……」
「知らないわよ、アンタが私の手を掴むから……一緒に来ちゃったのよ」
デボラは前髪をかき上げながら立ち上がった。
「まぁいいわ、ここなら誰の邪魔もないから……思う存分戦えるし」
彼女はふーっと部屋にあった花瓶に向かって息を吹いた。
その瞬間、花瓶に生けてあった花があっという間に枯れ、最終的には黒い炭となってしまった。彼女の体は全てが闇でできているとでもいうのだろうか。
(私のこともああいう風にするつもりなのね……)
せめて死体くらいは残してくれたらいいものを。
帝国への復讐に取り憑かれたデボラは、そのような慈悲すらかけてはくれないようだ。
「一つだけ聞いていいかしら?」
「なぁに?今から死ぬくせに、気になることでもあるわけ?」
時間稼ぎをするつもりでの質問だった。
何か、打開策が浮かんだらいいなという気持ちでチェリシアはデボラに尋ねた。
「ラリサさんの部屋から解毒剤を盗んだの、アンタでしょ?」
鋭い視線に、デボラは不思議そうに首をかしげた。
「……最後の質問がそれとは、呆れたわ。ええそうよ、私がやったの。あなたたちを魔物の空間に閉じ込めたのも私、あなたの妹を唆したのも私、アンリーシェの体で行った大体の悪事は私よ」
「そう、やっぱりアンタは性根が腐っているわね」
ハッキリとそう言い放ったチェリシアに、デボラは眉間にシワを寄せた。
手のひらに闇の魔力を集めると、それを彼女に向けて放った。
「性根が腐ってるのは……アンタたち皇族の方でしょうが!!!」
「私、皇族じゃないし!逆恨みだし!」
先ほどの戦いで武器を失っていたチェリシアは、咄嗟に机の上に置いてあった棒を手に取って彼女の攻撃を受け止めた。
結局、何の考えも浮かばず、正面からデボラと戦うほかなかったのだ。
チェリシアは自身の体を守るように、棒を構えた。カキンッと音を立てて、棒はデボラの魔法を受け止めた。
そこで、彼女はあることに気が付いた。
「…………時空の杖?」
何と、彼女が咄嗟に手に取ったのは時空の杖だった。
何故、引き出しに大切に閉まっていたはずのそれが机の上に置かれていたのか。チェリシアは理解が追い付かず、デボラもまた驚いたように目を見開いていた。
「な、何なのよ……どうして、私の闇魔法が……」
彼女は信じられないというように呟いた。
「――そんなチンケな杖に、吸収されていっているのよ……!」
「な、何が起きているの……!?」
時空の杖が、闇の魔力を取り込んで巨大化していっている。
ただ時空間を移動できるだけの魔道具だと思っていたが、こんなことができたのか。
「このままだと爆発するわ!!!」
チェリシアの持つ杖はデボラの持つ闇の魔力を次々に吸収していき、そのまま大爆発を起こした。
「ギャアアアアア!!!」
「キャアッ!」
デボラはもろに直撃し、チェリシアも反動で吹き飛ばされた。
その瞬間、彼女は前と同じように暗闇の中に包み込まれた――
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