95 通じ合う想い
突然レイドにキスをされたチェリシアは、目を丸くして固まった。
(わ、私……レイドにキスされてる……?)
そのことを理解するまで、かなり時間がかかった。
我に返ったチェリシアが、慌ててレイドを押し返したのは一分近くキスしたあとだった。
「やっと愛してるって言ってくれたな、チェリシア」
「きゅ、急に何するんですか!というか、デボラに操られてるのは演技だったの!?」
「当たり前だろ、俺があんな女の魔術にかかるか」
こっちは本気で心配していたというのに。
チェリシアはレイドをジロリと睨んだ。彼女の視線を受けたレイドがアハハッと笑った。
「悪かったって。まぁ、でもこれでもう安心だろ?」
「……ええ、そうですね」
チェリシアは腕を広げたレイドの胸にギュッと抱き着いた。
彼が剣を持っていない方の手で彼女の背中に腕を回して抱きしめた。
「本当に……よかった……あなたが無事で」
「俺を誰だと思っているんだ」
二人はしばらくの間、お互いの無事を喜んで抱き合っていた。
ずっとこうしていたかったが、今はあいにく再会を喜び合っている場合ではなかった。
「……殿下、それより大変なんです!アルセリアが……」
そう言いかけた瞬間、遠くから女性の叫び声がした。
レイドとチェリシアは、すぐに声のした方に視線を向けた。
「リア……!」
「……ステイン」
ちょうどそこでは、ステインが床に座り込んだアルセリアに剣を向けていた。
剣先が徐々に彼女に迫っており、アルセリアは絶望的な状況だった。やはり、彼女が時間稼ぎできるような相手ではなかったのだ。
そんな二人の姿を見たデボラがニヤリと笑みを深めた。
「レイドが魔法にかからなかったのは残念だけど……ステインは忠実な私のしもべよ」
「アイツ……!」
チェリシアはレイドの腕から抜け出し、デボラに向かって叫んだ。
「ちょっと、アンタ一体何が目的なのよ!」
「言ったでしょう?皇家に対する復讐だと」
「もう復讐は済ませたでしょう!?初代皇帝アルベルトは悲惨な末路を迎え、リーナも死んだわ!これ以上、何をすれば気が済むというのよ!」
デボラのアルベルトとリーナに対する憎しみは理解できないこともない。
しかし、それをステインやレイドに向けるのは間違っている。逆恨みというやつだ。
デボラは声を張り上げるチェリシアを冷めた様子で見下ろしていた。
「アルベルトは呆気ない最期だったわ……リーナも私が手にかける前にポックリ死んでしまった……そんなものでこの私が満足するとでも?」
「こんなもの、何の意味もないわ……あなたのしていることは間違っている……」
一歩前に出ようとしたチェリシアを、レイドが肩を掴んで制止した。
「あんな女に何を言ったって意味がない。それより今は……あちらの方をどうにかする必要がありそうだ」
「殿下……」
チェリシアがデボラと話している間にも、ステインはアルセリアとの距離を縮めていた。
アルセリアは恐怖からか、その場から動けなくなっていた。
チェリシアはすぐに親友の元へ向かおうとした。
「リア……!」
しかし、それをレイドが阻んだ。
「――チェリシア、お前は下がっていろ」
「……レイド?」
チェリシアを押し退けたレイドが、剣を手にステインへと向かって行った。
――「ステイン!」
「……お前」
彼はレイドの剣を受け止め、互いの刃がぶつかる音が響いた。
レイドとステイン。
術にかけられる前ならばレイドの方が優勢だっただろうが、魅了魔法でステインがパワーアップした今は互角だった。二人はしばらく剣を交えた。
「リア!」
チェリシアはレイドがステインと戦っている間に、アルセリアに駆け寄った。
「リア、あの扉から外へ出られるわ!私はあとで行くから、先に出て!」
「リシア……」
アルセリアは不安げにチェリシアを見つめていたが、彼女の決意を感じ取ったのかゆっくりと頷いた。
「助けを呼んでくるからね、リシア!」
彼女はそのまま、扉へ向かって駆け出した。
デボラはアルセリアの逃亡に気付いていながらも、特に何もしなかった。
「あらあら、逃げちゃうのね。まぁいいわ、あの女はどうでもいい。どうせ帝国民は皆殺しにするつもりだし?」
「……」
チェリシアは玉座に座っているデボラを見上げた。
レイドはステインの相手で手一杯だった。皇帝も近衛騎士も、怪我で戦えるような状況ではない。
――デボラの相手をできるのは、自分しかいない。
チェリシアはいよいよ覚悟を決めた。
手に持っていた剣を、デボラに向けて構えた。
「――あなたの相手は、私よ!」
「……!」
自分に剣を向けるとは思っていなかったのか、デボラが僅かに目を見張った。
「チェリシア!?」
遠くからレイドの驚く声が聞こえる。
いつまでも彼のことを頼っているわけにはいかない。いつも守ってもらえるわけではないのだ。
デボラは面白そうに笑い声を上げ、玉座からゆっくりと立ち上がった。
「お嬢さん、本気なのね?最強種の魔女である私を相手にたった一人で立ち向かうだなんて……」
デボラが右手を前に掲げ、黒い霧が周囲に渦巻いた。
霧はだんだんと小さくなっていったかと思いきや、長い剣となって彼女の手に収まった。
そこから間髪入れずに、チェリシアに向かって剣が振り下ろされた。
「――ずいぶんと、命知らずだこと」
チェリシアはその剣を受け止めたが、やはり受けきることができなかった。
力の差が圧倒的で、後方へと弾き飛ばされてしまう。
「あなたが剣で戦うのなら、私も剣でやりましょう。それくらいのハンデは必要でしょう?――勇敢なお嬢さんへの敬意も込めて」
「……ムカつくわね」
チェリシアは何とか着地をしたが、左足を少し痛めてしまった。そのせいで足が動かしづらい。
「そうやって舐めてかかると痛い目に遭うわよ?」
「あら、私を挑発する気ね……」
その手には乗らない、とデボラは笑った。
(まともに戦っても勝てるはずがない……)
明らかに手を抜かれているというのに、それでもまるで歯が立たないのだ。
最強種の魔女というのは、こんなにも力を持っているのか。チェリシアはデボラの力に圧倒された。
「さっきはあれだけ啖呵を切っていたのに、それで終わり?」
「そんなわけないでしょう?」
チェリシアは痛む足を押さえながら、何とか立ち上がった。
デボラは再び彼女に剣を振り下ろした。
渾身の力ではなく、軽く上げて下ろされただけだというのに、チェリシアにはあまりにも重すぎる一撃だった。
相手は片手で、こっちは両手であるにもかかわらず押されているのだ。
「体が別人のせいで……あまり力が出ないわね。私も衰えたわ」
「何ですって……!?」
余裕の無いチェリシアをさらに煽るような発言だった。
剣を構えるチェリシアに、デボラは容赦なく自身の刃をぶつけた。
本気の彼女に対し、デボラは遊んでいるようなものだった。
「キャアッ!」
戦いが始まってから数分、とうとうチェリシアの剣が、弾かれてしまった。
武器を失った彼女は窮地に立たされ、死を待つだけの状態となった。
「チェリシア……!」
「お前の相手は俺だ」
レイドが彼女に慌てて駆け寄ろうとするが、ステインがそれを瞬時に阻んだ。
「お前、そこどけよ!」
「そういうわけにはいかない、全ては我が愛するリーシェのために」
ステインは完全に正気を失っていた。
レイドはそんな彼一人を相手にするだけで精一杯だった。
(ここで私がやられたら……デボラがレイドに行っちゃう……)
いくら彼でも、強敵を二人同時に相手するのは大変だろう。彼のためにこうして命をかける日が来るだなんて、想像もしていなかった。
いつの間にかレイドは、自分の命よりもずっと大切なものになっていたようだ。
「今、アイツを殺ればこのあとが楽に……」
デボラも状況に気付いているのか、不吉なことを言い出した。
チェリシアはそんな彼女の足元にしがみついた。
「――レイドの元へは、絶対に行かせないわよ」
「……煩わしい」
デボラが蹴り上げた靴のつま先が、チェリシアの腹にめり込んだ。
「ッ……!」
軽い一撃でもその衝撃は強く、彼女の口から胃液が吐き出された。
それでもチェリシアはデボラの足を掴んだまま離さなかった。
「ええい、いい加減に放しなさい!」
「キャアッ!」
デボラが声を荒らげながら、チェリシアを強く蹴り上げた。
先ほどよりも強いその蹴りに、彼女は数メートル勢いよく吹き飛んだ。
「そんなに死にたいなら、あなたからやってあげるわ……そうね、考えてみればそっちの方がいいわ」
「……ッ」
デボラはニヤッ……と口角を上げた。
獲物を前にした猛獣のように、瞳が鋭い眼光を放った。
「――今ここであなたを殺せば、間違いなくあの男は壊れるでしょうから」
「……そんな、やめて」
徐々に近付くデボラに、チェリシアは思わず後ずさりした。
デボラが剣を持った腕を持ち上げ、チェリシアに向けて振り下ろそうとした。
その瞬間彼女は死を覚悟し、恐怖で目を閉じた。
しかし、いつまで経っても何も起こらない。
「…………?」
拍子抜けしたチェリシアが、ゆっくりと目を開けた。
目の前に広がる光景に、彼女は呆然としていた。
「な、何よ……やめなさい……放しなさいよ……!」
デボラは剣を振り上げたまま、額に汗を滲ませて微動だにしなかった。
まるで姿の見えない霊がその腕を押さえつけているかのように、デボラの行動は制止されていた。
(な、何が起きているというの……?)
チェリシアは理解が追い付かなかった。
そんな二人を横目で見ていたレイドが、あることに気付いて声を上げた。
「――もしかして……本物の聖女アンリーシェの魂が、魔女に抵抗しているのか……!?」
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