89 アンリーシェと魔女との出会い
チェリシアはその発言の真意を確かめなければならなかったが、それ以上に気にかかることが一つあった。
彼女は拘束された体を捻りながら、魔女を睨み付けた。
「本物のアンリーシェは……どこにいるの?」
「あぁ、あの小娘のこと?さぁね、私が眠っている間、あの女が好き勝手してないか心配だけど……」
何気なく呟かれたその言葉で、チェリシアは確信した。
――今、アンリーシェの体の中には二つの魂が共存している。
一つは目の前にいる魔女、そしてもう一つは本物のアンリーシェ。
(私が前に会ったアンリーシェはきっと本物ね……そして、婚約式にいた彼女は間違いなく……)
――偽物の魔女だ。
実は、この世界に転生したときから不審に思っていた。
実際に会ったアンリーシェが、あまりにも前世で読んだ彼女とかけ離れすぎていて、まるで別人を見ているかのようだった。
(もし、原作でも魔女の魂が彼女を支配していたとしたら……?)
私が原作で見ていたリーシェは一体、誰なのだろう。
チェリシアは考えながら頭の中がグチャグチャになった。
「一体どうやってアンリーシェの体に入り込んだのかしら……魔女が聖女の体に入るだなんて、よくそんなことができたわね」
「何も私からそのことを望んだわけじゃないわ。先に話を持ち掛けたのは――あの娘の方よ?」
「……何ですって?」
アンリーシェが自分から魔女に関わりに行っただなんて、到底信じられなかった。
魔女といえば、聖女とは真逆で国に災いをもたらず邪悪な存在としてよく知られている。
一体何のために……?
どれだけ考えても、わからない。
「もう何十年も前の話よ……首都から離れた郊外で大人しく暮らしていた私の元に、ある女が訪れたの」
「……それって、」
魔女は薄ら笑いを浮かべながら、アンリーシェと出会った過去についてを語り始めた――
彼女が聖女アンリーシェと出会ったのは、雪が帝国内を覆い尽くしていた真冬の日のことだった。
暮らしていた家の外で、一人の若い少女が倒れていた。雪に覆われていた少女を、魔女が偶然見つけたのだ。
彼女は魔女の姿を見るなり顔を上げ、懇願した。
『――私の望みを叶えてください、そうしたら何でもします』
『いきなりこんなところへ来てとんでもないことを言うのね、お嬢さん?』
面白い、と魔女は少女を家に入れた。
魔女と呼ばれる彼女の元をわざわざ尋ねる者は数少ない。
最初はそのような物珍しさからだった。
家に上げた彼女を、キッチンにある椅子に座らせた。
その顔をよく見た魔女は驚いた。
金髪に青い瞳。あの頃は雪で良く見えなかったから気付かなかったのだ。
『あら、あなた新聞で見たことがあるわ。もしかして、今話題になっている聖女様かしら?』
『……そういう風に呼ばれているのは事実です。ですが今は、何の力も持たない一人の女としてここへ来ました』
聖女アンリーシェの噂は、郊外に暮らしていた彼女の耳にも届いていた。
歴史に残る大悪党レイド・フォン・ベレニウムと悪女チェリシア・ロクサーヌを打ち倒した、心優しい慈愛に満ちた聖女アンリーシェ。
たしか次期皇帝のステイン第一皇子の婚約者だったっけ。
皇帝……と聞いた魔女の眉間にシワが寄った。
この女を殺してしまえば、憎き皇族たちに痛い目を見せてやれるだろうか。そんな考えが頭をよぎったが、今はまだ我慢しなければならない。
『あなたの噂は聞いているわ。大変だったわねぇ、悪女に何度も命を狙われたようで』
『……そのことで、あなたに頼みがあるんです』
アンリーシェは真剣な顔つきで縋るように魔女を見つめた。何を言うつもりなのか。何となく想像はできるが、受け入れるかはまた別の話だ。
『あなたはとても優秀な魔女だとお聞きしました――どうしても、生き返らせたい人がいるんです』
『……』
彼女の願いに、魔女は呆れてものも言えなかった。
(……この子ったら、私が死者を生き返らせることができるとでも思っているのかしら)
いくら彼女が普通の人間ではないとはいえ、死人を生き返らせるのは神しかできないことだ。
アンリーシェは何を勘違いしているのか、魔女である彼女ならそれが可能だと思い込んでいるようだ。
『よほどの覚悟を持ってここへ来たようね……』
『……彼女ともう一度会えるのなら、私は悪魔に魂を売っても構いません』
アンリーシェは迷う隙も見せずにそう答えた。
こんな何の変哲もないただの小娘が、聖女だと?
(……だけど、案外この女は使えるかもしれないわね)
このとき、彼女は下劣な考えを抱いていた。
――自分と正反対の存在であるこの女は、都合の良い復讐の駒となってくれるのではないか、と。
『死者を蘇らせることはできないけれど……時間を巻き戻す方法なら知っているわ』
『ほ、本当ですか……!?』
アンリーシェがガタンッと音を立てて椅子から立ち上がった。
それは、黒魔法と呼ばれる危険極まりない魔術だった。
魔女である彼女ですら失敗する可能性が非常に高く、仮に成功しても四肢欠損などの例が数多く報告されている。
そのようなリスクを考えて、魔女は黒魔法を使うことができなかった。
だけど、今は違う。
目の前に、失敗したときの身代わりとなってくれる馬鹿な女がいるではないか。
『ええ、だけどそれは魔女である私しか使えない魔法なの……私が使ったところで、私だけが時間を巻き戻っておしまいよ』
『では、どうすれば……』
アンリーシェが困ったように眉を下げた。
彼女は聖女ではあるものの、魔術師ではないため、魔法に関する知識はほとんどない。
そのせいで、魔女の言い分をあっさりと信じてしまったのだ。
不安げなアンリーシェにそっと近付いた魔女は、彼女の顎を長い指で持ち上げた。
『――簡単よ、私があなたの体に入り込めばいいだけだわ』
無知な少女を一人騙すことくらい、魔女にとってはどうだってことはなかった。
アンリーシェは彼女のそんな考えに気付くこともなく、希望に目を輝かせた。
『そうすれば……私は記憶を持ったまま時間を巻き戻せるんですか?彼女にもう一度会えるんですか?』
『ええ、もちろんよ』
アンリーシェは悩む隙もなく、差し出された魔女の手をギュッと握り、その提案を受け入れた。
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