84 ギオバート師団長
チェリシアはギオバートと話を続けた。
「私が謎の声に悩まされるようになったのは、時空の杖を使ったのが原因だということですか?」
「あぁ、それしか考えられないな」
彼はチェリシアと目を合わせることなく、頷いた。
相変わらず手元の書物を読んでばかりで、どんな顔をしているかわからない。
彼は書物を読みながらも、憶測で話し始めた。
「おそらく時空の杖を使い、時空間に入ったことによって死者と本格的に繋がれるようになってしまったのだろう。最初は夢の中だけでだったのが、時空の杖のおかげで夢以外でも声が聞き取れるようになったんだ」
彼の言っていることは筋が通っており、信憑性も高い。
しかし、そうだとすると疑問が残る。
「その人物は……一体誰、なのでしょうか」
チェリシアは控えめに尋ねた。
その問いに、ギオバートはようやく顔を上げてチェリシアと視線を合わせた。
こちらを探るような、意味深な目つきだった。
彼は椅子から立ち上がると、閉じた書物を本棚にしまった。
「……さぁな、そこまでお前に呼び掛けるということはお前の知ってるヤツだろう。逆に心当たりはないのか?」
「それが……全くなくって……」
ギオバートは呆れたようにチェリシアを一瞥した。
彼女は一瞬だけ視線を合わせたのをチャンスと思い、続けざまに彼に尋ねた。
「あの、もう一つお聞きしたいのですが……」
「何だ、言ってみろ」
「その方と……会うことは可能でしょうか?」
次に読む本を本棚から探していたギオバートの手が止まった。
彼はチェリシアの方をゆっくりと振り返った。
「……会いたいのか?」
「少し、興味があります」
あんなにも何度も呼びかけられては、気にならない方が変だろう。
それにこのままでは、その人物も永遠に成仏できないままだ。
どちらにせよ、放ってなどおけなかった。
ギオバートは考え込むように、顎に手を当てた。
「どうだろうな……お前が死にでもしない限りは不可能だと思うがな」
「や、やっぱりそうですよね……」
彼の返答は、チェリシアの予想通りのものだった。
こちらは生身の人間であり、向こうは既に亡くなった人。
死者に会うなど、普通に考えたら不可能なのだ。
(せめて、その声と会話をすることができればいいのにな……)
それもきっと一筋縄ではいかないだろう。
皇家に仕える最高峰の魔術師ができないだとハッキリ言っているのだ。
諦めた方が賢明である。
「声を失くすことはできないが……そうだな、気持ちを落ち着かせる魔法だったら私がかけてやることができる」
「ほ、本当ですか……?」
「ああ、声など関係なくよく眠れるようにはなるはずだ。起きている時間も、作業に集中できるようになるぞ」
ギオバートはチェリシアに、椅子から立ち上がるように指示を出した。
彼の前に立ち、自分よりも少し背の高い彼を見上げると、緊張感が走った。
「目を閉じて、楽にしろ」
「は、はい……」
彼はチェリシアの肩にそっと手を触れ、自身の魔力を彼女の体に流した。
その瞬間、チェリシアの体から余分な力が抜けていくようだった。
体に溜まっていた悪いものが一気に流されていくような感覚である。
(あれ……何だか体が軽い……)
ギオバートの手が離れ、目を開けたときには彼女の思考がいつもよりクリアになっていた。
「どうだ?変化はあるか?」
「体がさっきより軽くなりました……」
「そうか、それはよかった」
解決には至らなかったものの、ギオバートのおかげで今日の夜はよく眠れそうだった。
声の正体に関する手がかりも掴めたし。
チェリシアはギオバートに深々と頭を下げた。
「ありがとうございました、ギオバート師団長様」
「ああ、また何かあったらいつでも来い」
チェリシアは見送るギオバートに、嬉しそうに手を振った。
最初は怖いと思っていた人だが、関わってみるとそうでもなかった。
彼女は螺旋階段を下り、塔の外へ出た。
扉の前を守っていた魔術師に一礼すると、そのままロクサーヌ家の馬車に乗り込んだ。
(それにしてもレイドがそんな風にして杖を手に入れたなんて驚いたわ……)
とても一国の皇子だとは思えない行動である。
しかし、彼がそこまでして手に入れた杖は結局チェリシアのものとなった。
(……彼が何を考えているのか全くわからないわ)
――それほどまでに、私にプレゼントしたかったのだろうか。
『今日はゆっくり休め』
脳裏に、レイドの優しい笑顔が浮かんだ。
この世界で最も、自分のことを思ってくれている人。
(そうだ、どうせなら香りの良い入浴剤でも買って帰ろう)
そう考えたチェリシアは、前にある窓から御者に声をかけた。
「ちょっと皇都の商店街まで寄ってくれる?行きたいところがあるのよ」
「承知致しました、お嬢様」
御者は笑顔で返事をした。
既に塔からだいぶ離れていた馬車は、森の中を通ってあっという間に皇都まで来た。
「お嬢様、皇都に到着しました」
「ありがとう」
チェリシアは頼みを聞いてくれた御者に礼を言いながら馬車から下りた。
商店街に向けて歩き出した彼女の後ろを、騎士がついて歩いた。
チェリシアは第二皇子の婚約者。
何かあってはいけない、と護衛騎士は常に二人もつけられている。
(何だかんだ皇都に来るのは久々かも……どこで買おうかな)
商店街でキョロキョロと辺りを見回していたチェリシアに、ある少年が声をかけた。
「――お姉さん、号外だよ!今日はビッグニュースだ!」
彼女に話しかけたのは、新聞売りの少年だった。
護衛騎士が咄嗟に前に出て、彼を牽制する。
「ちょっと待って、彼はどう見ても危険人物ではないわ。下がりなさい」
チェリシアはそんな騎士たちを後ろに下がらせつつ、彼に尋ねた。
何だか不吉な文章がチラッと見えたような気がしたのだ。
「何かあったのかしら?」
「お姉さん、一部買っていくかい?」
「そうねぇ……いくら?」
チェリシアは少年から提示された金額をきっちり渡し、新聞を一部購入した。
少年は嬉しそうに礼を言いながらその場を立ち去って行った。
「お嬢様、急に新聞なんて買われて一体どうなさったのですか?」
「……」
騎士の問いかけにも、チェリシアは答えることができなかった。
一番大きな見出しに書かれていた一文に、彼女は動揺して固まってしまったのだ。
そこに書かれていたのは――
『――第一皇子ステイン、皇太子就任へ動き出す』
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