82 謎の声
眠りに就いたチェリシアは、久しぶりにあの夢を見た。
『――チェリシア』
心地の良い声が、寝ている彼女の耳に入った。
この世界に転生してからというもの、何度も耳にした柔らかい声。
それは、ついさっき聞いた声ととてもよく似ていた。
(あぁ、この声はきっと……)
確信したところで、彼女は目を覚ました。
***
「お、お嬢様……!大丈夫ですか……!?」
「……」
数日後、不眠症が続いたチェリシアは目の下に大きなクマを作って現れた。
「……最近、眠れないの。やっと寝れたと思っても数時間後には目が覚めてしまって……」
「お、お医者様をお呼びします!」
侍女の計らいで、彼女は緊急で医者にかかることとなった。
数時間後、帝国内でも名医と名高い医師が公爵邸にやって来た。
彼はチェリシアを一通り診察したあと、特に異常はなしと診断した。
(やっぱりね……医者にかかったところで治るわけがないとは思っていたけど……)
チェリシアは名医の彼なら何か知っているかもしれないと思い、夢の中での出来事を包み隠さず話した。
「ふむ……謎の声ですか?」
「はい……その声が最近になって毎日夢に現れるようになったんです」
「それは不思議ですね……」
彼ですら聞いたことのない症状のようで、じっくりと考え込んだ。
「それはいつからですか?」
「三日くらい前からです……寝るたびにその声が夢に現れて……それ以外、起きているときでもたまに聞こえてくるんです」
チェリシアは数日前から、正体不明のその声に悩まされていた。
最初は夢の中だけにとどまっていたその声が、今では日常生活でも聞こえてくるようになった。
そのせいで彼女は日中何をしていても集中できなかった。
「そのような症例は聞いたことがありません……」
「どうにかできないでしょうか……」
「そうですね……不眠症に効く薬を処方しましょう……それと」
「……それと?」
不自然なところで言葉を切った彼に、チェリシアは聞き返した。
「――皇立魔術師の方に聞きに行かれてはいかがでしょうか?」
「皇立……魔術師……ですか?」
皇立魔術師とは、その名の通り皇家に仕える魔術師たちのことである。
帝国でも最高峰と言われるほど膨大な魔力を持ち、高度な魔法を自由自在に操ることができる。
チャリティーパーティーのオークションで時空の杖を本物だと判断したのもまた、皇立魔術師の一人だった。
皇宮に仕える魔術師は、全ての魔法使いたちの憧れの存在なのである。
「皇立魔術団の団長とは知り合いなんですよ。私から掛け合ってみましょう。彼なら、きっと何かわかるはずです」
「あ、ありがとうございます……」
もしかすると、何か解決策が見つかるかもしれない。
チェリシアは近いうちに、魔術師団長に会いに行くことを決めた。
***
その日は、思ったよりも早く訪れた。
医者にかかった翌日、チェリシアは皇立魔術師団からの招待を受けた。
彼女の元に、魔術師団を表す黒い鷲の紋章が刻まれた手紙が届いたときはずいぶん驚いたものだ。
その手紙を受け取ったチェリシアは、早速魔術師たちが暮らす塔へと向かった。
馬車から降りた彼女は、まるで魔王でも住んでいそうな塔を前にポツリと呟いた。
「何かすごいところね……」
王都からだいぶ離れた場所にそびえ立つ真っ黒な塔は、古くから皇帝に忠誠を誓った魔術師たちが暮らしている場所だった。
彼らはあまり外部の人間と接触を持つことはなく、皇帝ですらその塔に気軽に入ることができなかった。
チェリシアは招待状を門の近くにいた魔術師の一人に見せた。
彼女が渡したその手紙に刻まれた紋章を、魔術師はしっかりと手で触って確認した。
(偽造されていないかを確かめているんだわ……用心深いわね、招待を受けていない者は絶対に入れないという姿勢が見て取れる)
彼は招待状をしっかりと確認すると、入口の扉を開けた。
「どうぞ、お入りください」
「あ、ありがとうございます……」
「団長は最上階にある部屋におります」
チェリシアは軽く会釈をしながら中に入って行った。
中は予想とは打って変わってそこそこ綺麗だった。
木造の床や壁に、最上階まで続くであろう螺旋階段が上まで伸びている。
(この階段を……上らないといけないのかしら?)
チェリシアは覚悟を決め、階段を一段ずつ上り始めた。
道中で部屋はいくつか見えるものの、景色は全く変わらないままだった。
しばらく上り続けていると、チェリシアはようやく最上階にある部屋へと辿り着いた。
彼女は息を軽く整えたあと、扉をノックした。
「――失礼します、師団長様。チェリシア・ロクサーヌです」
その瞬間、部屋の扉が自動で開いた。
チェリシアは導かれるように中へ足を踏み入れた。
「初めまして……師団長様……」
中では、黒いローブを身に着けた老年の男性が奥の椅子に座っていた。
部屋にあるテーブルにはたくさんの書物が積み上げられており、魔法陣のようなものを書いた痕跡があった。
気のせいか、何かの薬品の匂いまで。足の踏み場が無いともいえるほど、散らかった室内だった。
(彼が……)
――この国で最も魔術を極めたと言われている魔術師団長・ギオバート。
チェリシアはその姿を生で見たのは初めてだった。
彼はローブの隙間から見える口角をニコッと上げた。
「――ロクサーヌ令嬢、アイツから話は聞いているよ。私に聞きたいことがあるそうだな」
「は、はい……今日は忙しい中、お時間を作って頂きありがとうございます」
「堅苦しい挨拶はしなくていい、座れ」
チェリシアは物を踏まないように細心の注意を払いながら、中央に用意されていた椅子に座った。
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