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【第二章完結】処刑エンドの悪役令嬢に転生したので破滅回避を目指したら、悪役皇子に溺愛されました  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)
第三章 聖女アンリーシェvs悪女チェリシア

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78 悪魔の囁き

突如目の前に現れた女は、名乗ることもなく優秀で真面目な男の耳元で囁いた。



『――より高い地位が欲しくはないか?』



悪魔の囁きに、彼は悩む間も無く答えた。



『興味が無いな』

『何故だ?お前なら、もっと高い地位を手に入れられる』



その言葉を聞いてもなお、彼は揺れる素振りすら見せなかった。



『そういうのは苦労して手に入れるからこそ、意味があるんだ。狡い手を使ったところで何の価値も感じない』

『そんなのは凡人の考えだ』



女は、彼の考え方を根本から否定した。

彼女は彼の肩に腕を回し、抱き着いた。

彼は不快感を覚えたが、女を振り払うようなことはしなかった。



『ただ待っているだけの人生の何が面白い?本当の天才は、いちいちその座がやってくるまで待ったりはしない。天才ほど自分の才能と価値をわかっているからだ。自分に相応しい場所を、自分自身で理解しているからだ』

『……』



彼は何も言えなかった。

たしかに、今の神殿長は穏やかで優しい人ではあるが、まともに魔法を使うことができなかった。

神殿長よりも自分の方が優秀なのに――と思ったことが一度だけあったことを彼は思い出した。



あのときの感情が、何故今になって蘇ってくるのか。

その女と話していると、何だか不思議な気分になった。



『西の国の王弟は愚かな兄を打ち倒し、自らがその座に就いた。あの弟は兄の何倍も優秀だ。あれは反逆などではない。自らの優秀さを証明してみせたんだ』

『優秀さの……証明……』

『お前は誰もが認める天才だ。お前はやらなければならない、帝国のために』



愚かにも、”誰もが認める天才”という言葉に彼は反応した。

今までも、少なからず自分でそう感じていた節があった。その気持ちが、今になって何故こんなにも膨らんでいくのか。

彼は自分の感情に説明がつかなかった。



そうだな、私は上に立つべき人間だ。自分のためではなく、国のためにも、私は神殿のトップに就かなければならない。



(……何を迷っているんだ、簡単なことではないか)



――そして彼はその日、何かとよくしてくれた神殿長を何の迷いも無く殺害した。



「アンリーシェから聞きました。あなたは前の神殿長を殺害してその座に就いたと」

「……あぁ、そうだ。先代の神殿長は……私の直属の上司だった。魔法は使えなかったけど……とても優しくて、ほとんどの部下から好かれていたよ」



そこで彼はそれ以上起きているのが辛いのか、ぐったりと床に横たわった。

チェリシアは最後の質問として、神殿長に尋ねた。



「……あなたを意のままに操ったその人物は一体、誰なのですか?」

「――それは言えない」



神殿長は悩む隙もなく、キッパリとそう答えた。

この期に及んで、一番大切な部分を言わないつもりか。



「どうせ死刑になるのですから、いちいち隠す必要も無いのではありませんか?」

「……お嬢さん、理解できないだろうが君のことを思って言っているんだよ。もし、その人物の名前を知ってしまえば……命は無いだろう」

「……どういう意味ですか?」



思わず聞き返したそのとき、遠くから見張り役の騎士が大慌てでやって来た。



「令嬢!そろそろ時間だ!ステイン殿下に令嬢を地下牢から戻すようにと急かされてる!」

「……このタイミングで」



彼女は最後の言葉の意味だけでも聞こうと神殿長を見下ろした。

しかし、彼はもう話をする気力が残っていないのか、目を閉じてぐったりしていた。



(……これ以上は何も聞けなさそうね)



そのことを察したチェリシアは、大人しく騎士について外へ出た。



「神殿長と話はできたか?」

「ええ……あの件に関しては内緒でお願いしますね」

「ああ、もちろん。俺もバレたらどうなるかわからないからな」



二人は約束として、固く握手を交わした。



「ステイン殿下が寄り道せずに真っ直ぐ公爵邸に帰れって言ってたぞ」

「そうさせてもらうわ。じゃあ、またね」



騎士はチェリシアをロクサーヌ公爵家の馬車まで送った。

何だか今日は彼に世話になってばかりだ。



(評判最悪だけど、何だかんだ結構いい人だったわね)



窓の外から見える彼の姿を眺めながら、チェリシアはクスリと微笑んだ。



「ていうか、ドレスの裾に血付いてるんだけど!それに何か体が臭い気が……」



最悪だ、帰ったらすぐお風呂に入ろう。



***



その頃、チェリシアが出て行ったあとの地下牢では。

長く眠りに就いていた神殿長が、ゆっくりと目を開けた。

年老いているとはいえ、彼は元々百戦錬磨の魔術師だった。人の気配には敏感な方だった。



――まぁ、正確にはその人物は人ですらなかったが。



「………私を消しに来たのか?」



気配を察知した彼が、誰もいない空間に向かって話しかけた。

それからしばらくして、暗闇の中からある人物が姿を現した。

神殿長は予想通り、とでも言いたげに口角を上げた。



厳重に施錠されているはずの地下牢に、一体どうやって入り込んだのか。



「あの女に、ずいぶんペラペラ喋ってくれたな」

「……見ていたんだな」



一体いつから、と聞きかけて彼は口を閉ざした。

どうせ死ぬ命、聞いたところで何の意味も無い。



「命が惜しくはないか?」

「……惜しくないな、私にはそのように思っていい資格すらないだろう」



彼は死の間際にて、ようやく自分の罪を認めたのだ。



「そうか……そうだな、長い間ご苦労だった」

「後悔しているよ……お前に出会ったことを……」



彼は最後の力を振り絞り、そう言い残したあと、永遠の眠りに就いた。

一人の人間の命が失われていくその瞬間を、女はじっと眺めていた。



「……思ったより役に立たなかったな。光魔法の最強の使い手だというから期待していたのに」



冷たく吐き捨てられた言葉は、長年苦楽を共にしたパートナーに向けるものとは思えないほどに熾烈なものだった。

彼女は来た道を戻りながら、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。



「チェリシア・ロクサーヌ……どうやら我々のことを嗅ぎまわっているネズミがいるようだ」




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