75 聖女とは
「――聖女って何なのかしら……」
「リシア?突然どうなさいましたの?」
「あ、いや……」
無意識に口に出していた言葉に、正面に座っていたアルセリアが反応した。
今日は第二回目のアルセリアとの茶会だった。
とはいえ、彼女が今いるのはロクサーヌ公爵邸ではない。
今回のお茶会は、アルセリアがチェリシアをエルンバッハ邸に招待したのだ。
(エルンバッハ侯爵邸はとっても広いわね……さすがは皇后候補の家柄)
本邸の他にも、敷地内には大きな建物が二つもあった。
アルセリアの父であるエルンバッハ侯爵は国内有数の資産家としても知られていた。
「さっき、聖女がどうとか言ってらっしゃいましたよね。聞いておりましたわ」
「あ……ごめんなさい……不用意な発言を……」
申し訳なさそうに眉を下げたチェリシアに、アルセリアは首を横に振って笑った。
「お気になさらないでください。今はもう気にしていませんから。私、結構立ち直るのが早いんですのよ?それに、リシアが私の背中を押してくれたではありませんか」
「リア……」
チェリシアは感動したかのような目でアルセリアを見た。
アルセリアは次期皇太子妃として、チェリシアよりも多くのことを知っている。
「聖女とは……一言で言えば、神の恩恵を受けた少女ですわ」
「神の恩恵……定義のようなものはないのでしょうか?」
「あるにはあります。光魔法を持つ十代後半の少女が聖女候補として神殿に選ばれますわ」
アルセリアが言った聖女に関する情報は、あくまで神殿が皇族や高位貴族たちに向けて公表している内容だった。
しかし、チェリシアはもはやそのようなことを信じてなどいなかった。
「光魔法……神殿は、本当にそれだけで聖女候補を選んでいたのでしょうか?」
「……」
アルセリアは何も言えないようで、黙り込んだ。
神殿の闇が明らかになった今、とてもそれだけだとは思えなかったのだ。
(光魔法を持っているというだけで価値があるけれど……最初から奴隷として売り飛ばすつもりなのであれば、もっと他に何か特徴があるはず……)
人身売買についてはチェリシアもよく知らないが、容姿が美しかったり、特殊な能力があると価格は高くつく。
光魔法は珍しい魔法ではあるものの、持っていたところで操ることができなければ何の意味もない。
数少ない光や闇の魔力を持っていても、能力を覚醒できない者も中にはいるのだ。むしろ聖女候補にはそちらの方が多いと聞く。
じっと考え込むチェリシアに、アルセリアが呆れたように声をかけた。
「リシア、そんなに気になるのであれば、神殿長に直接聞いてみてはいかがですか?」
「し、神殿長にですか……?」
とんでもないことを言い出した彼女だったが、それは不可能ではなかった。
神殿長は大罪人として、裁判長より死刑判決を下された。
今は死刑を待つ身であり、皇宮の地下牢に閉じ込められている状態だ。
「世間には明かされていませんが、神殿長を倒したのはリシアの功績でもありますから」
「リ、リア……?どうしてそれを……!?」
「エルンバッハ侯爵家の情報網をあまり舐めないことね」
アルセリアは狼狽えるチェリシアにニコッと笑いかけた。
「皇家は、神殿の長年の悪事に気付けなかったという大きな失態を犯しています。そのせいで評判が最悪だというのに、平民上がりの聖女とロクサーヌ家の若き令嬢が事件を解決したともなれば……皇家に非難が殺到することは避けられません」
「それで、どの新聞社にもアンリーシェと私のことが書かれていなかったんですね」
「ええ、おそらく皇族が圧力をかけたのでしょう。いくら大手の新聞社とはいえ、皇族を敵に回して生きていられるわけがありませんから」
皇家が神殿の黒い噂に関してもっと調査していたとしたら、あんなにも犠牲者を出すことは無かったのではないか。
「私、決めました。一度神殿長に会いに行こうと思っています。悩んでいても仕方がありません。自分から動かないと」
「……リシア、何だか変わりましたね」
その言葉で顔を上げると、穏やかな顔で微笑むアルセリアが視界に入った。
そんな目で見つめられると、何だか照れ臭い。
「そ、そうでしょうか……?」
「ええ、私が知っているリシアは……失礼ですが、いつもオドオドしていて常に何かに怯えているようでした」
「あ……」
彼女が言っているのはおそらく、転生前の本物のチェリシアのことだろう。
たしかに原作のチェリシアは、いつもレイドに怯えているだけだった。
「あの頃は、ここまであなたと親しくなれるとは思ってもいませんでした」
「アハハ、私も有名なエルンバッハ侯爵令嬢とこんな関係になるとは想像してませんでした。人生、何があるかわかりませんね」
二人は笑い合い、和やかなムードのままお茶会は終了した。
馬車に乗り込む前のチェリシアを、アルセリアが門の前で見送った。
「早速神殿長に会いに行かれるのですか?」
「ええ、その前に……捕らえられている罪人に会いに行くには許可を取らなければなりません」
「……あら、そうでしたね」
神殿長が入れられているのは皇宮の地下牢だ。
そこに収容されている罪人に会いに行くには、皇族の許可が必要になる。いくら公爵令嬢とはいえ、それは絶対だ。
普通なら皇帝陛下に許可を取りに行くところだが、今回神殿長の捕縛を指揮したのは皇帝ではなく”あの男”だった。
チェリシアは戦地へ赴く前の騎士であるかのように、覚悟を決めてアルセリアの方を振り向いた。
「行ってきます――ステイン殿下の元へ」




