69 神殿の末路と義母の追放
チャリティーパーティーから一週間近くが過ぎた頃、ようやく神殿長たちに対する処分が下された。
まず、全ての事件の主犯格である神殿長は斬首刑となった。
犯した罪があまりにも多く、公爵という身分を配慮しても死刑は免れなかった。
そして、人身売買に関与していた神官たち二名にも同様の刑が下された。
彼の行動を知っていながら黙認していた者たちは直接罪に問われることは無かったものの、社交界での居場所を失くしたそうだ。
神殿が裏で行っていた悪事に、帝国民たちは驚愕した。
人身売買の他に寄付金を横領していたこと、そして犯罪組織とも繋がりがあることまで明らかになった。
チェリシアは公爵邸の部屋で一人、今朝発行された新聞を読んでいた。
大きな事件だったせいか、どの新聞社もそのことを取り上げていた。
「オークションに出品されていた商品たちは、犯罪組織のアジトから押収した盗品だったなんて……とんでもない大悪党ね」
チェリシアは紅茶を飲みながら、ポツリと呟いた。
神殿は時に、皇家から重大事件の調査を任されることもある。
事件の捜査は基本的に騎士団の担当ではあるが、詐欺や貴族の横領などは神殿が担当することとなるのだ。
(それより、どの新聞にも聖女アンリーシェと私のことが書かれていないなんて……何か闇を感じるわ)
新聞には第一皇子殿下直属の騎士団が神殿長を捕まえた、と書かれているが実際には違う。
神殿長を倒し、神殿の闇を暴いたのは紛れもなくアンリーシェとチェリシアだった。
「アンリーシェが最後に言っていた言葉も気になるし……」
手元の新聞から目を離したチェリシアは、部屋にある窓から外を眺めた。
ちょうどアンリーシェが暮らしている皇宮が見えた。
そしてその奥には、第二皇子が暮らす第二皇子宮まで。長年近付くことすらしてこなかったところだが、今ではもはやもう一つの家のような存在だった。
実家よりも楽に過ごせる、彼女のお気に入りの場所。
現在、あの場所で暮らしている人は一人しかいない。無意識にレイドの顔が浮かび上がった。
(今、何してるんだろうな……)
――何故か、とても彼のことが気になった。
そのとき、突然キャーという叫び声と同時に大きな音がチェリシアの耳に入った。
「……一体、何の騒ぎ?」
何があったのか確認するため、チェリシアは一度部屋から出た。
公爵邸のとある一室に、騒ぎを聞きつけたのであろう使用人たちが多く集まっていた。
(……お義母様の部屋?)
義母レイチェルのものとなって十年以上が経つ、公爵夫人の部屋。
元はと言えばチェリシアの実母が暮らしていた場所だが、彼女が亡くなってから一ヵ月でそこはレイチェルの部屋となった。
レイチェルの手により、実母に関連する物は全て燃やされてしまった。
そのため、チェリシアは母の遺品を一つも持っていなかった。
彼女は部屋の外で立ち尽くしているメイドに、事情を尋ねた。
「何が起きているの?」
「そ、それが……旦那様と奥様が……」
チェリシアはメイドを置いたまま、一人部屋の中へ入った。
「――いい加減にしないか、レイチェル」
「旦那様はどうしてそんなに落ち着いていられるのですか!」
義母の部屋の中央で、彼女と激しい言い争いをしていたのは父だった。
「私はマリーナがいなくなってからというもの、一睡もできません!あの子が今頃北の修道院で辛い思いをしているのではないかと思うと……耐えらないんです……」
「レイチェル……」
義母は目から大粒の涙を流した。
「だからといって、マリーナを修道院から戻す手続きするだなんてどうかしている。そんなことをすれば、皇家に目を付けられてしまうぞ」
「構いません、マリーナのためなら皇家を敵に回すことになっても……!」
「いい加減にしろ!」
父が珍しく声を荒らげた。
いつも冷静沈着な父が、そこまで怒鳴るのをチェリシアは初めて見た。
「マリーナが何をしたか、忘れたのか!彼女は皇帝陛下や皇后陛下のいる場で馬鹿なことをしでかしたんだぞ!処刑されなかっただけでもありがたいと思うのが普通だろう!」
「旦那様!あれはマリーナのせいではありません!あの子はきっと何者かに嵌められて……」
なかなか引き下がらない義母を、父は呆れたような目で見つめていた。
「……お前のそういう育て方が、マリーナをあんな風にしてしまったのかもしれないな」
「…………旦那様?」
悲しげに呟かれたその一言に、義母がショックを受けたかのように固まった。
「とにかく、余計な真似はするな。マリーナはこの先ずっと修道院で暮らすこととなる。それだけは絶対に覆らない」
「そんな……」
膝から崩れ落ちた義母に、父は手を差し伸べることすらしなかった。
「……一度、首都を離れたらどうだ」
「……どういうことですか?旦那様」
「今は気持ちが落ち着かないだろう。領地で療養でもしなさい」
「ま、待ってください……私は……」
母は、頼みの綱である夫に縋りつこうと手を伸ばした。
しかし父は振り返ることなく、そのまま部屋を出て行こうとした。
「チェリシア……?」
「お父様……」
父が振り向いた瞬間、入口付近にいたチェリシアは彼と目が合った。
さっきまでのやり取りを全て聞いていたせいか、何だか気まずい。
(な、何て言おう……)
悩んでいたそのとき、チェリシアに気付いた義母が怒声を上げた。
「――全部アンタのせいよ!!!」
「……!」
義母は傍にあった鏡を手に取ると、チェリシアに向かって投げつけた。
突然のことで避けきれず、直撃すると覚悟したそのとき――
「……うっ」
「………お父様?」
チェリシアを守るように前に立ったのは何と父だった。
義母の投げた鏡は彼の顔面を直撃し、頭から血が流れた。
父は軽くうめき声を上げると、そのまま額を手で押さえて地面に膝をついた。
「だ、旦那様!」
義母は顔を真っ青にし、執事が慌てて駆け寄った。
チェリシアはそんな父を、驚愕の表情で眺めていた。
――どうして、お父様が?




