61 神殿の闇
チェリシアは踏み込んだ質問をしているという自覚があった。
しかし、どうしても聞かずにはいられなかったのだ。
(もし、その噂が真実だとしたら……)
今もこの神殿のどこかで辛い思いをしている少女たちがいるということだ。
そのことを考えると、チェリシアはとてもじっとしていることなどできなかった。
「……さぁ、それに関しては私にもわかりません」
アンリーシェは何も知らないという態度を貫き通した。
しかし、先ほどの表情の変化からして、きっと何か心当たりがあるのではないだろうか。
「社交界で流れている噂をご存知ではありませんか?聖女候補になった女の子たちがことごとく社交界から姿を消しているそうです」
「……聞いたことはあります。ですが、真偽はわかりません。ただ聖女になれなかったから、悔しくて表舞台に出たくなくなっただけでは?」
「家族から失踪届が出されている子も中にはいるそうです」
「ただの家出でしょう。元々住んでいた家を出て、外の世界を知ってしまったから自由になりたくなったんですよ」
チェリシアがどれだけ深く聞いても、彼女は知らない振りをし続けた。
できれば関わりたくない、というような気持ちが見て取れた。しかしそれでも、チェリシアは退かなかった。
「もし……神殿が少女たちを奴隷として売り飛ばしているのなら、見過ごすわけにはいきません」
「本当にそれをやっていたらの話ですけど」
ベレニウム帝国において人身売買は重罪であり、最大で死刑を課される可能性もある。
アンリーシェは馬鹿馬鹿しい、というように口を開いた。
「奴隷にして売り飛ばすだなんて……そんなことをやって何の得があるのでしょうか?チェリシアさんは知らないでしょうが、神殿には潤沢な資金があります。そのようなリスクを冒してまで、犯罪行為に手を染めるとは思えませんが」
「――神殿内部の情報流出を防ぐため」
チェリシアが放った一言に、アンリーシェは僅かに眉を動かした。
「それが理由ではありませんか?聖女候補たちは、神殿の秘密情報を知っている可能性がある。外部に漏らされると大変なことになるから……口封じをしているのでは?」
「……」
神殿に関しては原作でも詳しくは書かれていないため、彼女は憶測でしかものを言うことができなかった。
しかし、考えられる理由はその一つだけだった。
神殿が聖女候補たちを外に出したがらない理由。
自分たちに不都合な事実を外部を漏らされるのを恐れているのではないだろうか。
「……それが仮に本当のことだったとして、チェリシアさんに何ができるというんですか?」
「彼女たちを救うことくらいはできるでしょう」
「相手は神殿ですよ?考えが甘すぎます。あなたが今やろうとしていることは、皇家を敵に回すのと同じです」
そんなことはチェリシアもわかっていた。
神殿は今でも大きな力を誇っており、トップである神殿長は公爵家の出身だった。
神官たちもそこそこに名のある貴族家の出身であり、例えるなら神殿という一つの国があるかのようなものだ。
「……アンリーシェが反対するのはわかっています。ですがそれでも、私は行きます。退くわけにはいきませんから」
「……」
チェリシアは元々、困っている人を見ると放っておけない性格だった。
草むらで泣いているアルセリアのことも、彼女が救ってみせた。
少女たちが監禁されていることはまだ確定していないが、神殿が何か犯罪行為に手を染めていることは間違いないだろう。
アンリーシェは覚悟を決めたようなチェリシアの後ろ姿を、何も言わずに凝視していた。
「一人で行くだなんて、死にに行くようなものです」
「……アンリーシェ?」
彼女はチェリシアの傍まで来ると、耳元でそっと囁いた。
「聖女候補だった頃、噂に聞いたことがあるんです――少女たちを監禁している地下室が、神殿に存在しているのだと」
「……!」
アンリーシェの青い瞳が、鋭く光を放った。
「地下へ行きたいのなら……私が案内しましょうか?」
「い、いいんですか……?」
喜びで表情が明るくなったチェリシアに、アンリーシェは困ったように眉を下げた。
「……あなたは、本当に死にに行くのが好きですね」
「……?」
「ついて来てください、地下室へは秘密の通路を通らなければなりません。私の聖女の力を使えば、誰にも気付かれることなくそこへ行くことができます」
「あ、はい!」
チェリシアは慌てて前を歩きだしたアンリーシェについて行った。
(何だかんだ連れて行ってくれるのね……漫画で見たリーシェとはずいぶん違うけれど……)
でも、やっぱり優しい人に違いはない。
彼女は斜め後ろから、アンリーシェの顔をじっと見つめた。
そのとき、突然背後から声をかけられた。
「――聖女様?どうしてここにいらっしゃるのですか?」
「……あなたは」
振り返った先にいたのは、神官の一人だった。服装を見るにまだここへ来て日が浅い、下級の神官だろう。
「ここは立ち入り禁止の場所のはずでは?隣にいらっしゃるご令嬢は一体何者で……」
「……」
チェリシアはバレたと思ったが、アンリーシェが動じることはなかった。
彼女はニコッと目を細めて笑った。
「実は、お気に入りの服を置いてきてしまったの。だから取りに来たんだけど……一人だと不安だから仲の良い友人にもついて来てもらっていたのよ」
「何だ、そうだったのですね。最近は物騒ですから、一人で行動するのは危ないですよね」
神官は表情を緩めると、すぐにチェリシアたちの前から立ち去って行った。
「さぁ、行きましょう」
「は、はい……」
アンリーシェは何事も無かったかのように前を向き、再び歩き出した。
チェリシアはそんな彼女の変わり様に驚きながらも、何も言わずについて行った。




