58 チャリティーパーティー②
扉の方に目をやると、アンリーシェとステインが腕を組んで歩いていた。
来ることは事前にわかっていたものの、いざ直接会うと何だか緊張してしまう。
アルセリアは二人がパーティーに訪れることを知らなかったのか、かなり動揺していた。
「ス、ステイン殿下……」
元婚約者とその新しい女に会うなんて、誰だって嫌なはずだ。
チェリシアにはその気持ちが理解できる。
「リア、大丈夫よ。私の後ろにいて」
「え、ええ……」
チェリシアはアルセリアを背に隠すように前に出た。
彼女の目的はアンリーシェと話すことだったが、アルセリアがいる今はそうすることはできない。
(一旦あの二人が遠くへ行くのを待ってその後に……)
そう考えていたチェリシアだったが、彼女の思いとは裏腹に、アンリーシェが笑顔でこちらへ駆け寄ってきた。
しかもその後ろにステインを連れて。アルセリアの顔が真っ青になり、チェリシアはギャーと心の中で叫んだ。
「チェリシアさんではありませんか!お久しぶりですね」
「ええ、お久しぶりでございます、聖女様」
アンリーシェはチェリシアの前まで来ると、屈託の無い笑顔で彼女に話しかけた。
彼らがチェリシアより上の立場である以上、きちんと礼を尽くさなければならない。
チェリシアはドレスの裾を持ち上げてカーテシーをした。
「――聖女アンリーシェ様、第一皇子殿下にご挨拶申し上げます」
その後ろでは、アルセリアもチェリシアと同じポーズで礼を取った。
次期皇太子妃として数々の修羅場を潜り抜けてきているのか、動揺しているとは思えないほどに美しいカーテシーだった。
「顔を上げてください。チェリシアさん、アルセリアさんも」
アンリーシェの声で、二人は頭を上げた。
家名ではなく名前でさん付けするところが、平民であるアンリーシェらしかった。
彼女の後ろにいたステインは、アルセリアを見て眉間にシワを寄せた。
「……何故お前がここに」
「で、殿下……」
ステインにとってはレイドの婚約者であるチェリシアも、元婚約者のアルセリアも気に入らない人間なのだろう。
せっかくの場を台無しにされた、とでも言わんばかりに顔をしかめている。
「俺とリーシェが来ることを知っていて来たのか?」
「殿下……?」
「何が目的か知らないが……皇太子妃の座がお前のものになることなどあり得ない」
「な、何を……」
ステインは氷のように凍てついた目でアルセリアを見下ろし、心無い言葉を浴びせた。
アルセリアは何もしていない。
(ちょっと!アルセリアに何てこと言うのよ!)
いくら何でも言いがかりが過ぎる。
聞き捨てならなかったチェリシアは、一歩前に出た。
「お、お待ちください殿下」
「……ロクサーヌ令嬢?」
会話を遮られたことが不快だったのか、ステインが眉をピクリと動かした。
しかし、チェリシアにとっては彼のアルセリアへの態度の方が何倍も不愉快だった。
「エルンバッハ令嬢にそのようなことを言われるのは、どうかと思われます。彼女はまだ何も言っていないではありませんか」
「何だと?お前は何も知らないみたいだな。この女は皇后の地位が目当てで俺の婚約者になったんだ」
「な……私はそんなこと……」
アルセリアは信じられないというような顔で、ステインを見つめていた。
それはチェリシアも同じだった。
アルセリアは地位が目当てではなく、心からステインを愛していた。
彼のために厳しい皇太子妃教育を耐え抜き、良き妻になるための努力を怠らなかった。
ステインは、そんな彼女の気持ちに気付かなかったのだろうか。
もはやチェリシアは、我慢の限界だった。
「殿下は大きな勘違いをしていらっしゃいます。憐れですね」
「……何だと?もう一回言ってみろ」
ステインの表情が険しくなる。
「ええ、もう一度言ってさしあげます。殿下は憐れです」
「お、お前……!」
「ステイン殿下は周囲が見えていらっしゃらないのですね」
「リシア……!」
後ろに控えていたアルセリアが、焦ったように彼女の背中に手を触れた。
しかし、彼女は今さらそのくらいで怖気づいたりはしなかった。
(血まみれのレイドに比べたら大したことないわ)
一度あのような経験をしているからか、彼女は並大抵の脅迫では動じなくなった。
「お前、レイドの婚約者になったからって調子に乗りすぎだ。俺が誰だかわかっているのか?」
「ええ、知っていますよ。わかっていてあえて申し上げているのです」
「頭がおかしくなったのか?」
関わってから気付いたことだが、ステインはかなり短気だった。
人前であることも気にせず感情を露わにしているところを見ると、皇帝には向いていないようにも思える。
(いっそレイドの方が向いているんじゃないかしら?)
二人の視線がぶつかり合い、火花を上げていた。
「――やめてください、殿下」
チェリシアとステインの間に割って入ったのは、アンリーシェだった。
「殿下、あまりにも言葉が過ぎていますよ。今の発言は……流石にアルセリアさんが可哀相です」
「アンリーシェ……」
「もう行きましょう?別の方々にもご挨拶をしないと」
機転を利かせたアンリーシェが彼の腕を引き、二人から引き剥がそうとする。
ステインは彼女には強く言えないのか、素直に応じた。
「アンリーシェが言うから特別に見逃してやる」
「……寛大な御心に感謝いたします、殿下」
ステインは不満げに顔を歪ませながらも、その場を立ち去って行った。
チェリシアは去って行く二人の背中をじっと見つめていた。
(アンリーシェ……)
――間違いない、やっぱり彼女は何かを隠している。
チェリシアの直感が、そう言っていた。




