50 魔物の襲撃
「な、何だ!?一体何が起きているんだ!?」
「あなた、どこにいるの!?ステイン!」
突然闇に包まれた教会に、招待客たちは困惑した。
予期せぬ事態だった。
(な、何も見えないわ……!一体何が起きて……)
不安であたふたしていたチェリシアの手を、大きな手が包み込んだ。
「――チェリシア」
「…………レイド?」
すぐ傍から温かい声が聞こえてくる。
レイドが近くにいるのだと、チェリシアは実感した。
(そうだわ、何回も言っていたわよね……俺の傍から離れるなって)
チェリシアは彼の手をギュッと握り返した。
例えどんなことが起こったとしても、彼が守ってくれる。
レイドは決してチェリシアを見捨てたりはしない。
彼は他の人たちとは違うからだ。
チェリシアは暗闇の中でレイドの腕にしがみついた。
「……何をするんだ?」
「不安だからこうしているんです。動きづらいなら、やめます」
「……俺がこの程度で戦えなくなるとでも?」
レイドのフッという笑い声がチェリシアの耳に入った。
わざわざ顔を見なくても想像することができる。
自信ありげなその笑みは、いつだってチェリシアの心を落ち着かせた。
「しがみついててもいいんですか?」
「ああ、絶対に離れるなよ。何が何でも守ってやる」
チェリシアは返事をすることはなく、コクッと小さく頷いた。
しばらくすると、獣の咆哮が辺り一帯に響き渡った。
「な、何の音だ!?」
「獣よ!どこかに獣が潜んでいるのよ!」
皇帝夫妻の慌てふためく声が聞こえた。
皇帝陛下はもう年で、とても戦えるような年齢ではなかった。
「……魔物だ」
そう呟いたレイドは腰に下げていた剣を、引き抜いた。
ちょうど同じ頃、ステインもアンリーシェを守るために剣を抜いたところだった。
そのとき、僅かに明るくなり、周囲が見えるようになった。
視界が開けた先には、犬の形をした真っ黒な魔獣が姿を現した。
特徴的な赤い目に、体中に炎を纏っている。
チェリシアはその生き物の正体をすぐに理解した。
「あれって……もしかして、ヘルハウンド!?」
「……何故、こんなところに」
レイドが驚いたように目を見張った。
ヘルハウンドは西の森でのみ生息する妖魔だった。
こんなところにいるはずがない。
「ヘルハウンドは夜にのみ出現する魔物のはずでは?」
「そうだ、首都に姿を現すことなどありえない」
――誰かが、仕組まれたような気がしてならなかった。
魔獣の姿を確認した皇帝は、慌てたように叫んだ。
「何をしている!さっさと騎士たちを呼んでこんか!」
「……陛下、不可能ですよ。この空間は魔法で作られたものです。魔物を倒すまで抜け出すことなどできません」
状況を一瞬で把握したレイドが説明を加えた。
皇帝やロクサーヌ家の面々の顔が、真っ青になる。
レイドの隣にいたチェリシアは、小声で彼に囁いた。
「私は魔法が効かないはずなのにどうして、この空間に閉じ込められたのでしょうか……」
「どうやら、お前が回避できる魔法はこの世にある全てではないようだな」
「なら、普通の攻撃魔法とかは……」
「ああ、おそらく当たったら終わりだな」
その言葉で、チェリシアの顔から血の気が引いた。
ヘルハウンドは上級魔物だ。
一般の騎士では敵わず、騎士団長クラスでなければ倒せることができなかった。
(私は足手まといになるだけだし……皇帝夫妻やロクサーヌ家の面々も戦えそうにないわ……)
でも何とかしなければならないと、近くに武器が無いかを探していたそのとき、振り返ったレイドがチェリシアに向かって微笑んだ。
「――俺がいるから、そんなに不安な顔をするな」
「殿下……!」
剣を片手に、レイドは魔物と向き合った。
そしてそれは、”彼”も同じだった。
「リーシェ、私の後ろから絶対に離れないでくれ」
「はい、ステイン殿下」
ステインはリーシェを守るように、彼女の前に立って剣を構えていた。
(わぁ、とっても絵になるわね……!)
レイドとステイン。
並ぶとこんなにも美しく、絵になるのか。
兄弟としてはあまり似ていない二人だが、どちらも絶世の美男であることに違いはない。
――そして、剣の腕は二人とも最強クラスだった。
そんな二人の背中を見たチェリシアは、とても安心することができた。
隣で縮こまっていたアンリーシェが、彼女に声をかけた。
「とっても頼もしいですね、私たちの婚約者は」
「え、ええそうですね……」
チェリシアとアンリーシェは、それぞれの婚約者の戦いをじっと見守っていた。
先に踏み込んだのはステインだった。
彼は自身の身長ほどもある剣を両手で持ち、一目散に獣へと向かっていく。
物凄いスピードで距離を詰め、巨大な剣を魔獣に振り下ろした。
斬りつけられたヘルハウンドの背中から血が噴き出した。
しかし、流石は上級魔物なだけある。一撃では倒れなかった。
それどころか、血を流したことでパワーアップしているようにも見える。
(上級魔物は一介の騎士ではダメージを食らわせることすら難しいのに……)
渾身の一撃を与えたが、致命的なものにはならなかった。
ステインは悔しさで唇を噛みながらも、もう一度突進していく。
しかし、その焦りがいけなかったのだろう。
彼は隙を突かれ、魔獣の攻撃を受けてしまった。
「グッ……」
「殿下!!!」
脇腹に攻撃を受けたステインは、床に膝をついた。
致命傷ではなくかすったものだったが、それでも上級魔物による攻撃は強力だ。
彼はなかなか立ち上がることができずにいた。
魔獣がステインに狙いを定めたそのとき、レイドが一歩前に出た。
レイドは片手で剣を振り上げると、それを勢いよく下ろした。
彼の一太刀が赤色の斬撃となって、ステインに向かっていたヘルハウンドを斬りつけた。
その一瞬の隙を彼は見逃さず、地面を蹴り、猛スピードで駆け出した。
その速度は、ステインをも凌駕していた。
チェリシアは目で彼を追うことすらできなかった。
あまりにも一瞬の出来事に目を奪われていたそのとき、一筋の閃光が走った。
――気付いたときには、ヘルハウンドの体が真っ二つになっていた。




