49 婚約式の始まりと予期せぬ事態
いよいよ婚約式が始まる時間となった。
チェリシアはレイドの腕に手をかけ、彼と共に教会の扉の前で待機した。
「――レイド・フォン・ベレニウム第二皇子殿下、チェリシア・ロクサーヌ公爵令嬢です!」
門の前に立っていた皇家直属の騎士の一言で、二人は会場に足を踏み入れた。
会場に入ると、ロクサーヌ公爵家、そして皇族たちの姿が視界に入った。
チェリシアたちから見て右側にロクサーヌ家、左側に皇家の面々が揃っていた。
ステイン、彼の実母である皇后、ステインの婚約者アンリーシェ、そして……
(皇帝陛下がいるわ……)
興味の無さそうな顔でこちらを眺めている皇帝陛下――この国の最高権力者であり、レイドとステインの父親まで。
レイドはそんな視線を気にすることもなく、ただ前を向いて歩き続けていた。
虐げられた妾腹の皇子とは思えないほどに、堂々とした出で立ちだった。
(レイドはそういうところがとっても素敵ね。どんなときも臆することなく、堂々としているわ)
チェリシアはそんな彼を一瞥し、フッと笑みを零した。
一歩一歩、ゆっくりと着実に正面にある祭壇の前まで歩みを進めていく。
しばらく歩くと、祭壇の前に到着した。
チェリシアとレイドは向かい合い、視線を合わせた。
(……どうして、そんなに優しい笑顔を)
人前で仲良く見せる用だということはわかっていたが、やっぱり照れてしまう。
チェリシアはバクバクと鳴り止まない心臓を必死で抑えた。
「――令嬢、手を」
「はい、殿下」
チェリシアは軽く頷き、差し伸べられたレイドの手に自分の手をそっと重ねた。
(婚約指輪をはめるのよね、前に一度見たことがあるわ)
定例通りであれば、男性が女性の左手の薬指に用意しておいた婚約指輪をはめるのだ。
そのときに、どれだけ高価な指輪を用意されたかで相手にどれくらい愛されているかが決まる……というのは言わずもがなである。
(偽装婚約だし、どうせやっすいヤツだろうなぁ……)
チェリシアは嘲笑されることも覚悟で、指輪がはめられるのを待った。
しかし、彼は予想外の行動を取った。
レイドはそのままチェリシアの手を自身の口元にまで持ち上げた。
チュッ――という音と共に、彼が手の甲にキスをした。
「あら……」
貴族の礼儀作法には疎い義母が思わず声を上げた。
それほどに、レイドの行動は会場にいる人々に衝撃を与えた。
「で、殿下……何してるんですか?」
「いいから、ちょっとだけ付き合えよ」
「は、恥ずかしいですよ……両親も見ているというのに」
「気にしてるのはお前だけだ」
どうしてこんなことを平然とできるのか。
チェリシアはレイドの考えを理解することができなかった。
「は、早く指輪をはめてください……視線が痛いです……」
「ああ、そうだな」
レイドは面白そうに笑いながら、侍従に指輪を持ってこさせた。
「俺が用意した婚約指輪だ、受け取ってくれるか?」
「……ええ、もちろんです」
一体どのような物が出てくるのか。
どうせ高価なものはもらえないのだから、せめて平均以上だったらいいな。
そう思っていた彼女の前に姿を現したのは――
「…………とっても、素敵だわ」
侍従が手に持つリングピローには、レイドが用意したチェリシアの婚約指輪が乗せられていた。
中央には大きなペアシェイプダイヤモンドがセットされており、アームの部分にもダイヤが輝いている。
存在感のある、華やかなデザインの指輪に、チェリシアは目を丸く見開いた。
(こんなのセレブが着けてるところしか見たことがないわよ……)
前世の自分には到底縁のないものだった。
レイドはチェリシアの右手の薬指に、その指輪をそっとはめた。
「気に入ったか?」
「……はい、とっても綺麗です」
チェリシアは指で光り輝くダイヤモンドを眺めた。
サイズがかなり大きいせいか、ズッシリと指に重みが増した。
「ぐぬぬ……どうしてチェリシアがあんな豪華なものを……」
「レイチェル、何てことを言うんだ。みっともないからやめなさい」
悔しさで拳を握りしめた義母を、父が注意した。
義母は父に愛されて結婚したが、不倫の末の再婚だったため婚約式なんて行っていないし、婚約指輪も貰っていない。
自分が手に入れられなかったものを、仇の娘であるチェリシアが手に入れて悔しいのだろう。
(知らないわよ、そんなに不快ならアンタの旦那に言って貰えば?)
チェリシアが不敵な笑みを浮かべると、義母は余計に顔をしわくちゃに歪ませた。
指輪をはめた彼女の手を、レイドは突然ギュッと握った。
「令嬢、婚約式を終え次第、すぐにここを離れるぞ」
「殿下……?」
彼女は驚いて彼を見上げた。
こんなにも早く?まだ招待客への挨拶すら済ませていなかった。
ロクサーヌ家はまだしも、皇帝一家にはきちんと礼を言うべきではないのだろうか。
そんな疑問を感じ取ったのか、レイドは素早く付け加えた。
「嫌な予感がするんだ、早く教会を出た方がいい」
「嫌な予感……?一体どういうことですか?」
指輪をはめ、全員に向かって軽く挨拶をしたレイドはそのままチェリシアの手を引いて早足で歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってください殿下……!」
有無を言わさないという様子で歩き出すレイド。
そのとき、どこからか不気味な声が聞こえてきた。
――「逃がさないわ」
その一言と同時に、辺り一面が真っ暗な闇に包まれた――




